この日は朝から伯母と病院に連れて行き、昼からは県外の伯父と、仕事をしていた母もまじえてお寿司を堪能した。
夕方にはうなぎをとって、ケーキやフルーツが並ぶ食卓を囲んで早めの夕食をいただいた。
たくさん写真も撮って、昔話に花を咲かせた。
祖母は施設に入居のことは知らない。ケガのための入院だと思ってる。なので、伯父が自宅に来たことで豪華なご飯になっていると思っている様子だった
お寿司に鰻にケーキに、最高の日だね
といつもより饒舌に、ご飯の進みもはやい祖母でした。
私が自宅に戻るとき、いつもは気をつけてね!といって送り出してくれる祖母がこの日に限って
また明日!
と手を振ってくれた。
耐えきれず、車の中で号泣
入居が決まってから5日間、なるべく実家にいき、自宅にいる祖母を目に焼き付けた。お寿司やドーナツ、ケーキなど好きなものを一緒に食べて喜びを分かち合った。
これが最後だと思うと苦しくもなった。
しかし、ふと思ったのは、最後だから特別なのではないということ。大好きな祖母との出来事はみんな特別だ。
思い返せば、祖母が最後につくってくれたご飯を覚えていない。最後に散歩した日も。でも、祖母の親子丼がおしいかったこと、浴衣を着付けてくれて嬉しかったことを覚えている。
日常の中に最後は散りばめられている。
むしろ、最後と思って大切に5日間を過ごせたことが特別なのだろう。
最後を特別だと思うのではなく、それらを含めた祖母との日々を大切に、これからも会いに行きたいと思う。
