「軽いギックリ腰ですね。」とスムルースのドミノの歌。 | 人間的行動学

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人間的行動学では、人生について真剣?に語ろうと思います。しかしまだそんな年ではない気がします。どうも自分と他人について考えてみたいです。
主に、生物好きです。宜しくお願いします。

私の今、最大級大事なのは、仕事だ。介護の仕事だ。皆勤賞だ。

今私は、生きている間に、何度かの、腰の不調があった。

高校のバスケ部の過酷な、4ヶ月。泣く泣く頑張ったときに、病院で知った背骨の事態。

「手術するほどじゃないから、」そういわれて、湿布を貰ったあの日。

他、色々。んで、ホテルの腰事件。最強コーヒーを売ってるの巻。

んで、知床短期間バイトでの、腰事件。

腰の痛みは、治る。そして、だいたい病院では、痛み止めと湿布。

そして、
介護二年目の最終章。この師走に、「軽いギックリ腰ですね。」事件である。

痛い。痛い。アホな私である。


しかし、仕事場の人に、「軽いギックリ腰なんで、」なんて、言えない。

しかし、この痛いみを耐えて、頑張るしかない。いつも以上のプレッシャーだ。

迷惑かけたくないけど、逆に迷惑だ。

介護の道だ。介護の道だ。失うわけにはいけない、目標だ。未来だ。ここ目の前にある。

乗り越えないといけない。年を取ると、病気がやってくる。

そして、知恵のない、年の取り方により、病気はいっぱいやってくる。

生活習慣病だ。日常生活の結果だ。仕事ではちゃんとやってても、家でちゃんとやってないと

家で、病気をもたらしてしまうのだ。ADLだ。

Activity of Daily Living

日常生活動作の失態にある。私は、気をつけるべきことだ。

スムルースのドミノのような事態にならないように、したいものだ。

痛いのは、嫌だ。ギックリ腰は嫌だから、これからもっと正そうと思う。

痛いときほど、失うのだろうか?でも、それを乗り越える力を

日常生活動作に見出したい。改善したい自分の日常生活動作を、倒れないように。。。。。

きっと恋愛も、そういうものに似ているのかもしれない。