日本中のあらゆる活動が停止していた「緊急自粛宣言」が緩和され、やっと「活動しても良い雰囲気」が戻ってきたと思ったら、東京を中心にした首都圏では、またしても日々の感染者が増加する状態になりました。今度は20代や30代の若者が中心だから、重傷者が続出して医療機関が混乱する事態にはならない、と政府も東京都も楽観的です。自粛制限=経済的補填がセットだとわかっている今は、懐具合が寂しくなった行政側は、安易な自粛要請など言えない状態なのかもしれませんが。

 

それどころか、来週には「Go To キャンペーン」が始まり、首都圏の無症状コロナ感染の若者が無自覚に地方へ出かけて、日本中にコロナ感染を撒き散らす事態になりそうです。経済優先政策に切り替えたそうですが、経済再建の美名のもとに国民の命が安売りされているような不安な情勢が続きます。

 

前回のブログ更新は、5月の前半でした。

その後の約2ヶ月間、なんとなくブログを書く気になりませんでした。コロナ自粛中はマスク作りに没頭していたこともありますが、それ以上に「今書くべきこと」が見えてこなくなったからです。「今までの価値観」が私の中で静かに崩れ、でも「新しい価値観」が見えてこないままの、自分の主軸を失ったような時間でした。

 

 

新型コロナのパンデミックによって、世界を動かしていた産業が停止し、数ヶ月間も地球規模で人類の活動が止まり、さらには、世界中の先進国で人が家に閉じ込められ外出さえできなくなるという、誰も想定しなかった事態になりました。その間に、地球環境は自然浄化されました。水がきれいになり、空気が美味しくなり、汚染されていると感じていた所が、いつの間にか元のきれいな姿へと戻っていきました。

 

このまま人類が滅亡したら、地球の自然は瞬く間に回復し、絶滅危惧種と言われている生物たちも、自然の摂理に従って増えていくことでしょう。たくさんの種を絶滅危惧に追い込んでいるのは、ほかならぬ人類の生存活動そのものだとはっきりとわかりました。地球が自分を汚す「害虫である人類」を一掃するために、新型コロナウィルスという「殺虫剤」を生み出したのではと思うほどです。

 

自然破壊=地球破壊=人類の生存活動であると世界中の人が気づいてしまった今回、人類の存在意義が改めて問われ始めています。地球破壊だけを続ける愚かなサルでいいのだろうかと?

 

日本では、自粛解禁後にやってきた梅雨で、かつてない長雨や集中豪雨を体験し、各地の一級河川が氾濫して大災害になりました。自然が持っている爆発的なエネルギーを目の当たりにした天災です。大自然が暴れだす天災の前では、人の力はあまりにも無力です。

 

 

 

新型コロナウィルスは、人の智力で開発できるワクチンが完成すれば、その流行をコントロールできると言います。でも、毎年流行するインフルエンザは、その年用の新しいワクチンが作られますが、それでも毎年たくさんの人が感染し、世界中で新型コロナウィルスの死亡者を上回る人数の方が亡くなっています。

 

私は「ワクチン神話」はほとんど信じていません。大人になってからは、インフルエンザ予防だけではなく、どんなワクチンも自分の意思で打つことはありません。

 

とはいえ、新型コロナウィルスに感染したときに、重症化する可能性が高いと言われる「高齢者・がん患者」であるので、新型コロナ対策には関心がありました。私個人だけではなく「高齢者のコロナ感染予防」は、第二波が想定されている今は、とても大切なテーマです。

 

それは「ワクチン」ではないと直感していました。では何か?

漠然とその答えを探していたら、こんな本に出会いました。

 

 

 

大胆に、そして簡単にいうと「ワクチンでは感染防止はできない。各人が自然治癒力を高める生活をして、自らの免疫力で新型コロナウィルスに立ち向かうのが一番。新型コロナウィルスといえども新型のインフルエンザにすぎないのだから」という見解をベースにして、自然治癒力を高める「日本の自然と調和した暮らし方」を提案している本でした。

 

著者はウィルス学・ワクチン学が専門の医師で、大学病院勤務やアメリカの国立衛生研究所留学などを経て、栃木県那須で自然にあった統合医療で地域医療をする「七合診療所」を開設している本間真二郎さんです。

 

この本は、高齢者を意識したものではなく、むしろ若者を意識した本だと思います。なんでも便利さ・手軽さを最優先させ、生まれてからこの方、自然に合った暮らし方など体験したこともない現代っ子たちに、自然のリズムで生きることの大切さ、体が求めている「本当の健康さ」を教えている本のようでした。

 

そうだよ、忘れていたなぁ・・・昔は当たり前だったのにねぇ・・・

 

そんな感じを随所で持ち、なぜ「忘れて、やめてしまったのか」を考えました。

 

一番の理由は「面倒だから!」

 

60年近く昔、私が幼かった頃には春夏秋冬の「地のもの」があり、それぞれの旬にそれぞれの土地の食べ方で食べていました。まさに「身土不二」です。さらに「もったいないから全部食べる」が当たり前でした。魚といえば「頭から尻尾」まであって当たり前で、切り身の魚の方が珍しかったと思います。畑から採ったばかりの泥付きの野菜は、丸ごと食べるのが当たり前で、硬い皮も金平のようにして食べていたように思います。

 

面倒だから、不健康でもいい!!

 

ではなかったはずです。「手軽で健康的」と信じたからこそ、レトルト食品やインスタント食品が増え、季節感がないハウス野菜を清潔だと喜び、世界中の健康志向の食材が揃ってきました。かつて「良い」と感じたものは、ちょうど良い範疇をはるかに超えて、今では健康阻害食品になってしまっているようです。

 

今の高齢者たちが捨ててきた暮らし方を「健康的な暮らし方」「日本人の暮らし方」として、医師までが再評価しています。

 

私には子供も孫もいませんが、子供や孫の世代に改めて伝えなおさないといけない「高齢者の宿題」かもしれませんね。

 

コロナ禍を期に、なんとなくモヤモヤしていた「新しい主軸」は、じつは身近なところにあるのかもしれません。「温故知新」という言葉を思います。