騒音ノイローゼになった頃からの願いはひとつ。
引っ越して、静かなところで平穏に暮らしたい。
騒音が軽減したのは有難い!
でも、騒音がまったくなくなったわけじゃないんです。
騒音がない、静かな暮らしができるところに引っ越ししたい。
っていうと、ポツンと一軒家状態なところになるんですかねぇ。
騒音には参っていますが、生活音のある程度は許容範囲です。
まあ、許容範囲なんて個人差が結構ありますよね。
具体的な場所にはこだわっていないです。
寧ろ、隣近所の人間性の方が重要だと思っています。
ただ、こればかりは住んでみないとわからない。
うちみたいに、後から引っ越ししてきた隣人なんて、全くわからない。
引っ越ししたいのに
引っ越しできない。
引っ越しができない理由は、住宅ローンが結構残っていて、売るに売れず。
(夫が売るのを反対しているのもありますが)
もし売れたとしても相当額のローンが残ってしまうから。
家を失って、残った住宅ローンと賃貸の家賃を払えるほどの収入がありません。
これですよ。
これ!
この思い込みが、私が引っ越しできない現実を創っているんです。
現実的な道理が、どうしても勝ってしまう。
引っ越ししようと思えば、できなくもないのだと思います。
でも、どんな場合でも住宅ローンや金銭的な負担がネックになるんです。
お金が足りない。
生活ができない。
願いを叶えようとした時に、引っ越ししたいを願うべきなのか?
お金が欲しいと願うべきか?
とよく迷いました。
引っ越ししたい!には、お金が欲しい!もセットなんですよね。
願望実現の本をたくさん読んできましたが、お金を目的にするのは叶いにくいと書かれてあることが多かったんです。
じゃあ、引っ越しすることを叶えていこう!
と長年願ってきました。
でも、ぜーーーんぜん引っ越しできる気配がない。
あ、リーマンショックの時は、破産で家を追い出されるかもしれないという気配はありました。
現実は何でできているのか?を学んでわかったんです。
今思っていることが、現実にタイムラグを経て反映されるのだと。
つまり、引っ越ししたい!を叶えている。
10年前から引っ越ししたいと思っていて、引っ越ししたいって想いを今も叶え続けている。
ということは、引っ越しできた!と思っていれば、引っ越しできたって思いを叶えることになりますよね?
理屈はね、わかるんです。
でもねぇ、引っ越ししてもいないのに!
いまだに騒音があるこの家に住んでいるのに!
『静かなところに引っ越しできた!』
なんて思えます?
私はそれができなかった。
長年何度も何度もトライしてきましたが、できなかった。
続けられなかった。
その度に、引っ越ししたいという願望が残り、それが叶っている状態です。
いい加減、変えたい。
アラ還になって、よく考えることがあります。
あと何年生きていられるのだろう?
あと何年元気でいられるのだろう?
このままこの家で生涯を終えるのだろうか?
この家を買って、わずか数年後から始まった隣近所の騒音に悩み苦しんできた私の人生って、なんなのだろう?
今日の気温は27℃もあって、隣の家は早速窓を開けていました。
いろんな音が響いてきます。
また窓を開ける季節が始まった。
これから半年以上窓を開け続けるんだろうなぁ。
隣のお風呂場からめっちゃ音が響くよなぁ。
はぁ。。。いつまでここに住まなきゃならないんだろう?
と思ったら、久しぶりに心臓がキューっと締め付けられて、重苦しくなりました。
この感覚から騒音ノイローゼが始まり、騒音だらけの現実を望まずして創ってきました。
久しぶりのこの感覚を持ち続けてしまうと、新たな騒音を創り出してしまいそう。
なので、気持ち新たに何百回目かの実践にトライします。
静かな環境に引っ越しできて平穏だー! 幸せだー!
を叶えます。
そう決める!
決めました!
今夜から、私は静かな環境に引っ越しできて、平穏な生活をして幸せになりました!
一応、現象創造とか宇宙の法則とかを知らない方に説明します。
静かな環境に引っ越すのはリアルではありません。
脳内で!です。
現実で考えたら、今の我が家では幸せな引っ越しなんて無理です。
道理的に無理だ!を唯一の真実だと認識してしまうので、それが観念となり、その通りの現実を創るんです。
じゃあ、観念が現実に反映するのなら、その観念はなんでもいいのか?
いいんですよ!
ただ、アラ還の観念はそう簡単に変わってくれないので、いまだにリアルに引っ越しができていないんです。
今日、久しぶりに心臓が締め付けられて、もうこの観念を変えなきゃダメな時が来ているなと思ったんです。
なので、今夜引っ越しして幸せになりました。
平穏な生活バンザーイ!
ご存知の方もいるかもしれませんが、これはなるという方法です。
なってしまえば、することはありません。
だって、願いは叶ってしまったのだから。
さて、これは脳内の世界。
五感を持った身体は現実に生きています。
どうしたって、現実の出来事に反応してしまいます。
そこにいつも矛盾を感じてしまうんですよね。
でも!
今回はできそうな気がする。