さて、初めての記事でいきなり「死」をテーマにした講座を

始めます、と書いた訳ですが、まだ読んで下さる方も

殆どいないのに、無謀かも?と思います。

 

でも、生活に関わって始める訳ではないので、いつか

ボチボチと受講して下さる方が来て頂ける様になれば

それで良いと思っています。

 

今日は何故「死」を題材に講座を開こうと考えたのかを

書こうと思います。

 

スピリチュアルという言葉は今では多くの人が認識して

いる言葉ですが、その言葉の意味はと言うと幾つかあると

思いますが、日本ではあまり正確に使われていなくて、

解釈が広がりすぎているといった感想を持っています。

 

私が一番この言葉の意味を表している言葉だと感じている

のは「霊的真理」ということです。

 

今は信仰はしていませんが、以前は母親の実家の関係で

「天理教」という宗教に関わっていました。

 

天理教では、魂は生き通し、つまり肉体は脱いでも魂は

死なないと教えていました。

 

また、若い時にご先祖さんが、私の身体に訴えかけてくると

いった経験もしていて、死んで終わりという考えは全く

なく、今まで生きてきました。

 

話は飛びますが、日本ではまだ精神性という事が重要視されて

いると感じていますが、それでも潮流としては世界は唯物論に

流されているように思います。

 

その事による社会全体の弊害が強くあると感じていて、

いつまでも波動の重い世界、地球に留まっていると

感じています。

 

例を挙げると、有名人が亡くなられると、テレビでは集中して

ニュースとなり、多くの人がその「死」を悼み、悲しみ、

「死」というものが良くない事の代表みたいな、扱われ方を

します。

 

別れは確かに悲しく辛い、そこは共感しますが、「死」は

恐怖でもなく、罪悪でもなく、ましてや無でもありません。

 

重大な犯罪を犯す人たちも、人を物として捉えている所から

過ちが起きやすくなっているとも思います。

 

地球では長い間、戦争や搾取によって世界の至る所で

苦しみが生じてきました。

 

「死」はそういうネガティブな状況を意図的に作り出す存在

に、人を支配する恰好の材料にもなっていました。

 

しかし、「死」を正しく理解する事によって、世界は激変すると

ある頃から漠然と想うようになりました。

 

地球の波動が軽く、ポジティブな周波数に上がる要素の一つ

として、人は正しく「死」を理解するべきだと思うように

なりました。

 

漠然とした想いでしたが、急に最近になり、「死」をテーマに

講座を開こうと思い始めて、準備も未完成なのに

講座を開催する事に決めてしまった次第です。

 

こんな風変わりな講座ですので、なかなか普通には受けようと

思う人はいないと思います。

 

でも、まあ、ゆっくりと歩んでいこうかなと思います。

 

今後ともよろしくお願いいたします!