上にも書いた、李世民(唐王朝2代目皇帝太宗)の側室の一人です。
父親は前王朝(隋の国)の2代目皇帝煬帝(楊広)。母親は不詳(正室の簫皇后ではなく側室の子?)
本名さえもはっきりしてないのです。ただ楊妃、もしくは楊淑妃と呼ばれてたのみです。
最初は李世民の兄元吉に嫁いでたけど、玄武門の変で夫は殺され、李世民の側室となり、四妃(後宮の位の一つ、貴妃、淑妃、徳妃、賢妃のうちの二番目の位に上ったのです。第三皇子李恪(呉王)、第六皇子李愔の母親です。
李世民の正室長孫皇后や貴妃
というわけで彼女は前王朝のもと皇族でもあり、皇女でもありました。
某ドラマでも登場して私もそこで初めて彼女の存在を知りました。
父親の煬帝は日本では中国の有名な皇帝の一人だと思いましたが(あくまで個人的意見)
聖徳太子(厩戸皇子)が日本初の遣隋使に小野妹子を派遣して、そこで「日出処の天子、日没する処の天子に書を致します。恙なきや。」という意味の国書?を煬帝宛てに送って父帝は激怒したとかしないとか。そんなエピもありましたね。
あとは黄河と長江を結ぶ大運河を建設しようとしたり、隣の高句麗相手に戦を仕掛けたりかなりの暴君ぶりを発揮してたようですね。
まあ日本ともそれなりの縁はあったようですね。でもこの独裁政治?がよくなかったのか結局隋は滅亡。父帝は暗殺されます。
彼女は幼いながら唐王朝の皇帝一族に捕らわれの身となったかどうかはわかりませんが(何しろ資料が少ないのではっきりとしたことは言えないのです)
そして彼女は滅ぼされた方(隋王朝)のもと皇族として李淵(初代皇帝高祖)の息子元吉(斉王、第四皇子)の妻となります。
しかし、玄武門の変(李淵の死後の皇位継承争い)のせいで元吉は当時皇太子だった長兄の李建成ともども殺されます。下手人は次兄の李世民(太宗)だったのです。
そして李世民は即位。彼女はまたまた敗者の身内として勝者のほうにつく羽目になったのです。そして李世民の側室として入内することになり、やがて呉王李恪(第三皇子)や第六皇子、蜀王李愔の息子たちを儲けます。表面はおとなしくしてたけど、本性はなかなかの野心家で、息子を皇帝にして自分は皇太后になるのが夢でした。
まあ自分は前王朝の公主(皇女)という出自の高さという矜持もありましたから。韋貴妃や長孫皇后やほかの妃たちはしょせんその臣下にすぎないと内心見下してたと思いますね。
まあ長孫皇后がいなかったら間違いなく立后してたと思いますがね。でも長孫皇后は李世民の糟糠の妻ですし、長年正室の位を守ってきたし、たくさんの子供を産んでたからたとえ楊淑妃でも付け入る隙が無かったんですよね。
でも長孫皇后は40歳にもならないうちに崩御。長年の苦労がたたったのかもしれませんが。。。
その後釜に韋貴妃か楊淑妃のどっちかを皇后にするつもりだった李世民は結局朝臣達の反対にあい、どっちもそのまま妃の位で終わらせることになったのです。
やがて貴妃も亡くなり、彼女が後宮の責任者となります。
その後しばらくして李世民も崩御します。そして第九皇子の李治が高宗として即位します。本当なら第一皇子の李承乾(高宗の同母兄、母親は長孫皇后)が皇太子でした。でも皇太子らしからぬふるまいが多く、度重なる乱行がひどくて夫もとうとう愛想つかして廃太子、皇族の籍から外し庶民にしたのです。そして同じく同母兄の李泰(魏王、第二皇子)が皇太子候補といわれてたけど。。。結局彼も李世民の怒りを買って地方官吏へ赴任となったのです。ほかにも兄弟は居たし、楊淑妃の息子だって皇太子候補の一人だったけど、やはり長孫皇后所生の高宗のほうがいいと当時の宰相だった長孫無忌(皇后の兄)
の後ろ盾もあって即位が叶ったのです。でも、楊淑妃からしたらそれでは困るのでしょう。自分は隋王朝の皇女だから、彼女の血を引く李恪や李愔とかに皇位を継がせたいって野望は消えませんでした。でもそこを長孫無忌たち朝臣に突かれて李恪は失脚。彼女は自害します。50歳前後だったといわれてます。
ここまでが史実?の楊淑妃です。
某ドラマではほぼほぼ史実どおり?で同じく楊淑妃(本名不明)と呼ばれ、隋王朝の血を引く元公主ということで李世民やほかの妃たちからも一目置かれてました。まあ史実通り韋貴妃と彼女のどっちかが文徳(長孫)皇后の後釜の皇后になるといわれてたけど、結局朝臣達の猛反対に遭い誰も立后できないままでした。普段は韋貴妃たちの手前病弱なふりをしてなるべく目立たないようにふるまってました。でも実は長年毒を飲まされ体調が悪くなってたと武則天(ドラマでは如意)に話したことがあるのです。
でも内心は李恪を何とかして即位させて自分の野望や亡き父帝たちの無念?自分が李世民の側室に心ならずもなった雪辱を晴らしたかったのかもしれませんが。
当時入内したばかりの若き日の武則天に注力して陰に日向にと彼女の援護者となったのです。
そのために韋貴妃を怒らせて対立したりもあったようですが。その韋貴妃の失脚後は後宮の管理人となり仕切っていきます。
夫が崩御する前後に自害して果てます。
そのあとは李恪も結局失脚してしまいます。
これがドラマでの楊淑妃です。