小学校に入学できることが、自分にとっても家族にとっても一大イベントで、新しいランドセルや勉強机を買ってもらったりして、今まで、べーべーえーん 泣いてばっかりいたのに、お兄ちゃんぶったり、お姉ちゃんぶったり。

 

どんな勉強をするんだろうかと、ワクワクする。ドキドキする。

 

 

初めて習う足し算や引き算。

習い始めると、6-□=2 みたいに、ちょっとづつ難しくなってくる。

 

私は、私なりに一生懸命、答えを出そうとする。

段々わかってきた。

 

でも、また次の問題がやってくる。

掛け算や割り算が始まった。

 

九九を覚えないと答えを導き出せない。

だから、一生懸命に九九を覚えた。

 

先輩達は、いいなぁ~ショボーン

掛け算や割り算を、スラスラ解いていく。

 

 

 

やがて私も6年生になった。

 

1年生の時に悩んでいた、足し算や引き算、掛け算や割り算が、何の苦労もなく解けるようになった。教えることもできる。

 

 

 

あの時、先輩達を羨ましく思ったけれど、先輩達もそうだったんだ。

一生懸命、足し算や引き算の答えを導き出そうとしてたんだ。

学校を休まずに来て、勉強をしてたら、段々わかってくるんだ。

 

私は、今年の3月小学校を卒業して、中学生になる。

 

 

 

きっと、また悩むんだろうけど、今わからなくても、きっと未来の私はわかってる。

 

 

 

 

って言う、しくみになってるんです。

この世のしくみは。

 

 

最初は、本当に、本当に何を言ってるんだか、どういう意味なのか、さっぱりわからない。

 

 

人は、楽しい時や充実してる時には、前を向いて進もうとするけれど、何か強烈な出来事が起こると、自分の事を考えだします。

例えば、ガンになったとか、大けがをして動けなくなったとか、私のように大切な人を亡くすとか。

他には、今の人生が嫌で嫌で、いいことなんか全くなくて、何で私だけって思うような生き方をしていたり、人間関係がうまくいかなくて、いつも寂しい思いをするとか。

 

そう言うふうに、今自分が観ている世界が、あまりにも辛いと、こうなった原因を自分の中に探し出す。人のせいにしたり、自分があの時あんな事をしたから、こんな人生を歩むことになったのか? などど、この運命は変えられないのかと考えだす。

 

 

これが、この世のしくみを知る、トリガーになる。

逆に言えば、このトリガーがないと、この世のしくみを知る機会は、今世はないかな? 

 

もちろん、そう言った辛い出来事がきっかけで、もっと深く人間意識に入り込むと言う体験をされるスピリットもみえるとは思います。

 

 

 

この世は、望みが叶ってしまいます。

 

「なんで、こんな人生になったのか、神様がいるなら教えてよ!!プンプン

 

そう言った瞬間、その答えを導き出せるようなプロセスが開始されてしまいます。

開始されているんだけど、当の本人は何気なく言ったことだし、そんな事言った覚えもないから、目の前に展開される世界が、それを教えてくれるためだと知らないでいる。

 

ちょうど、小学1年生の子が、今学んでいる足し算や引き算が、これからの算数や数学、科学、物理学等々の答えを導き出すための、大切な1歩だと知らずに学んでいるような感じかな。

 

 

この世は、時間が存在しタイムラグがあるから、色んな質問をしても直ぐには返って来ないことが多い。

あとになって、これって、あれの答え?キョロキョロ みたいなことになるから、よほど自分が意識していないと気づけない。

 

 

毎日々通う学校。毎日々勉強して、テストして・・・

何も変化していないように思えるけど、6年生になれば、1年生の問題は難無く解けるようになってる。そんな事意識してなかったのに。

 

 

たまに、どえらい頭のいい子がいて、飛び級でいけそうな子供もいるけれど、大抵は1年生から2年生へと順番に上がっていく。

 

この世のしくみを知るのも、多分、1年から急に6年生にはなれないんだと思う。

でも、早く6年生になりたい。そう思ってしまう。

 

何故なら、何かわからないけど、それを知りたいと思うから。

6年生が観ている世界を見て見たい。そう思ってしまうから。

 

 

 

でもね。

勉強しない限り、答えは導き出せない。

ただ学校に行って、一切勉強せずに、足し算もせず、九九も覚えなかったら、体は6年生になってるかもしれないけど、答えは導き出せない。

 

 

 

学校で先生に授業をしてもらって、それでも家で勉強して、塾に行ったり、参考書を買ったり、ネットで調べたり、辞書を引きずりだしたり。

そう言う結果が、自分が望む学校に入れるチャンスを創る。

親にやってもらっても、友達にやってもらっても、意味はない。

 

本気でその大学に入りたいと思ったら、がむしゃらに勉強したり、時にはその勉強を一旦止めて思いっきり遊んでリセットして、また勉強始めたり・・・

自分の勉強方法を見つけて、何度も何度も繰り返して、そして自信がついて、希望する大学に入れる。

 

 

この世のしくみを知るのも、同じ感じです。

がむしゃらに本を読んだり、誰かに聞いたり、自分に質問したり・・・

その中で、腑に落ちることがあったり、閃いたりして、また次に進む。

 

今のこの出来事が、何につながっているのかなんて、わかりもしないまま。

 

でも、そうやっていくと、段々と霧が晴れるように、観えてくるんです。

 

 

私は、まだまだ、この先にどんな世界があるのか、観たくて仕方がない。

だから、私は自分に言うんです。

 

 

もっと、成長させて!!

 

ってね。