あぁ、もうこんな時間か・・・
もうすぐ仕事が終わる。
父の所へ寄ってから帰ろう。
今日は、どんなふうになってるんだろう。
食事介助をしてから帰ろう。
コロナ感染の関係で、病院は面会が厳しくなってる。
父は個室にいるため、医師の許可が下りているので面会することができる。
もちろん、病院の入り口での自動検温器で発熱がないことや、アルコール消毒をしてからの面会になる。
父は、車椅子に座って詰所の近くのテーブルの横にいた。
夕食が配膳されるのを待っていた。
「ヨッ 父ちゃん! 体調どうですか?」
目を閉じていた父に、急に声をかけたので、少し驚いていた。
ん?んんん?
穏やかだ 落ち着いているぞ・・・
今日は、父が作った伊勢型紙を持って行った。
87歳から始めた伊勢型紙。独学で作りはじめて1年ほどでこのレベルになっていた。
向かいに座っていた患者さんや、看護師さんが驚いていた。
父は、
「気に入ったら、持って行くやわ。」
そう言った。
父はいつもそうだった。
自分が作った作品を、気にいってくれた人がいたら、惜しげもなく上げていた。
新しい年が始まる前に、干支を作品にして私や他の人にあげていた。
今日の父は、私の食事介助は必要なく、自分で食べれた。
入れ歯を洗ってきてくれと、私に頼む。
部屋に戻ってテレビを観たいといい、コーヒーが飲みたいから自動販売機で買ってきてくれと言う。
父の好きなコーヒーは、コーヒーと言ってもブラックではなく、果てしなくミルクに近い甘いコーヒーのこと。病棟内にある自動販売機を見に行くと、ありました
看護師さんに許可をもらい、父は嬉しそうに飲んだ。
「もう、そろそろ行くわ。」
私がそう言うと
「もうちょっと、おってくれ。」
父がそう答えた。
先日の、しばきたいジジイは、そこにはいなかった。
しばらく一緒にテレビを観ていたけれど、あまりにも穏やかな父のことを毎日心配してラインをくれる甥っ子に声を聞かせたくて、ライン電話をかけた。
甥っ子も、2歳の息子(父にとってはひ孫)をラインビデオでつないでくれた。
ひ孫も、いつの間にか言葉が増えて
「おじいちゃん!」
と父に向かって言ってくれた。
父もそれを聞いて、喜んでひ孫の名前を呼んでいた。
入院する前の、穏やかな父に今日は会えた。
私は、社会人になるまで、父のことが大嫌いだった。
何を質問しても答えてくれない。
相談もできない。直ぐに怒ってくる。
私にとって、父は必要ない人だった。
私が社会人になって、同じようなレベルで話しができたからか、段々と柔らかさが出てきた父だったが、それでも相談するのはいつも母だった。
年を取った父は、私が実家に帰ると喜んで迎えてくれるようになった。
帰る時は、わざわざ杖をついて歩いて、車に乗るまで見送ってくれる。
「気いつけて行けよ。」
そう、いつも言ってくれる。
父とのこの時間は、今までの時間を埋める為に存在しているのかもしれない。
そして、今日も
「気いつけて行けよ。」
そう言ってくれた。