鎧は、そももそどんなモノで出来上がっているのか。
それは、『観念』 と 『信念』 です。
『観念』については、【鎧を脱ぐ(外す)方法(1)】で、触れています。
では、『信念』とは何か。
辞書で引くと、「正しいと信じる、自分の気持ち」とあります。
例えば、
・感謝する
・自分を信じる
・自分に限界をつくらない
・諦めない
等々
『信念』が、「正しいと信じる、自分の気持ち」であれば、
『観念』と同じ意味合いになってしまいますよね。
では、どう違うのか
大きく言えば、『観念』は、外の世界を見た自分が、
自分にとって都合がいいから、都合が悪いから と言うような判断をして信じたこと。かな。
『信念』は、自分が、内にいるもう一人の自分に対して、信じたこと。かな。
・・・ うまく説明できたかなぁ
ただ、『信念』も、内にいるもう一人の自分に対して、励ましたり、元気づけたりするために
使うには、自分を成長させ、また一つ階段を登れることにつながりますが、
これを、自分以外の人に強要したり、説得させようとしたときは、もともと「信念」ではなく
『観念』であった可能性があります。
『信念』は、あなたを助けてくれたり成長させたりと手助けしてくれますが、
『観念』は、あなたを苦しめます。
あなたが進みたいと思うのに、壁となって立ちはだかります。
でも、この『観念』
あなたが、自分がどんな『観念』を持っていたかに気づいた途端、消えてなくなり、
あなたを別の世界へ連れて行ってくれます。