「がん」と聞いたその瞬間に、「死」が浮かびました。

 

 

私は、手術室で看護師として働いていた経験があります。

 

外科の手術の、ほぼ8~9割は、「がん」の手術でした。

 

その経験から、

 

「がんは、手術で取り除く。それができなければ、死んでしまう。」

 

それが、私にとっての常識でした。

 

 

 

 

ですから、幸太郎の時も何とか手術ができないかと望み、東京女子医科大学にゴットハンドと言われる医師がいるからと、大学病院の担当医がセカンドオピニオンをすすめてくださり、大雪で新幹線のダイヤが乱れる中、東京へ向かいました。

 

幸太郎の胸の中にある腫瘍が巨大すぎること。そして、腫瘍に傷をつけると、止血できないこと。そのため大量の輸血を行わなければならないこと。それだけの輸血をしても、手術中に亡くなるか、体内に「がん細胞」の血液をまきちらすことで、再び3か月もしないうちに再発すると言われました。

 

この話しを聞いた時、大学の担当医は、幸太郎が手術を受けるためのセカンドオピニオンではなく、私を納得させるためにセカンドオピニオンをさせたのだと気づきました。

 

 

手術することを諦めたことで、退院する選択に気づいたのです。

 

抗ガン治療の副作用で、入院中は1日にお茶碗1杯のごはんさえ食べれず、どんどん体力がなくなっていく幸太郎を見ていたけれど、退院を決断して、副作用が無くなり、もりもり食べるようになった幸太郎と3ヶ月一緒に暮らすことができました。

 

 

 

 

幸太郎が亡くなって、私は、幸太郎の「死」を乗り越えることも、向き合うことも、寄り添うこともしませんでした。

 

私は、幸太郎と一緒に生きることを選択しました。

 

 

 

 

私の中にいる幸太郎と、常に話しをすることが、

結局、私の「本当のわたし」とつながっていくことになり、

それは、この世界の法則の存在を知ることになっていきました。

 

 

その一つが、

 

「思考の現実化」

 

 

 

 

思考には、自分が認識できている思考と、自分の無意識に存在している思考が存在しています。

 

 

何かを「望む」ということは、

「望まない」何かを観ているからです。

 

 

この「望まない現実」が、自分の潜在意識を映し出しています。

 

 

 

私たちは、心の奥底で、いつも「安心、安全」を願っています。

 

初詣に行ったとき、「今年も、家内安全で幸せでありますように」と、家族を持つと、自分のことより、家族のことを願います。

 

その根本には、

 

「何事もなく生きたい」という想いがあり、その裏側には、

 

「不安や恐怖から逃れたい」という想いがあります。

 

 

 

 

幸太郎が、「がん」だとわかった時、「不安と恐怖」しかありませんでした。

 

「がん」が治らないという不安。

 

「がん」が治らなければ、幸太郎は死んでしまうという恐怖。

 

 

毎日が、真っ暗な中で、光を求めて崖の淵を歩いている気分でした。

 

 

 

 

主人が「がん」だとわかった時、

 

「大切な人を「がん」で亡くす。」

 

という記憶が蘇りました。

 

幸太郎が亡くなってから、わずか11年です。

 

 

 

でも私は、「死」の方向に意識は向けませんでした。

 

11年間かけて幸太郎が私に教えてくれたこと全てを使うと決めました。

 

 

 

 

「がん」=「死」

 

 

医師や看護師など医療関係者ならともかく、私たちは何故、

 

「がん」=「死」

 

と、思ってしまうのでしょうか。

 

 

 

何故、

 

「高血圧」=「死」

 

にならないのでしょうか?

 

 

 

「お米が無い」「お米が高くなる」

テレビで報道されると、何故、スーパーに長時間並んででも、お米を買おうとするのでしょうか。

 

 

私たちは、情報で動いているからです。

 

 

「お米がないと困る、高くなると生活が厳しくなる」

 

そんな意識が働くから、行動に出ます。

 

この世界は、「情報とエネルギー」です。

 

 

 

 

「がん」=「死」 これも情報です。

 

不安になるから、「がん」のことを調べる。

不安になるから、「がん」から意識をそらせる。

 

いろんな意識が動き始めます。

 

でも、その意識が、行動を決定しています。

 

 

 

 

 

私のなかではもう、

 

「がん」=「死」の概念は無くなってしまいました。

 

 

「がん」と聞いても、ひらがなの「が」と「ん」がくっついた文字にしか観えません。

 

 

 

ここまでくるのには、たくさんの現実を観て、自分の潜在意識の中にある自分の中の常識を、知識や体験でくつがえして、「ゼロ」地点にもっていきました。

 

その一つとして、

 

「がん」になったけれど、生きている人の本を読みました。(最後に紹介します)

 

「なんだ、「がん」になっても生きてる人はいっぱいいるんだ。」

 

それが、自分の常識にしてしまったのです。

 

 

 

私の観ている現実世界で、大切な人が「がん」になった。それは事実です。

 

その「現実」を観て、どう生きるか。

 

「がん」は、決して闘うものでも、憎むものでもありません。

 

「がん」は、生き方を教えてくれていると、私は思っています。

 

 

 

 

『お勧めの本は、

 

杉浦貴之著「がんステージⅣ克服」「医者は軌跡というけれど」

船戸崇史著「がんが消えていく生き方」

前田 浩著「最強の野菜スープ」

佐藤典宏著「がんが治る人、治らない人」

竹内久米司著「脳は都合よく使えばいい」

ケリー・ターナー著「がんが自然に治る生き方」←購入したばかり

 

他にもいっぱいあります。

大切なのは、自分が読みたいと思う本や情報をインプットすることです。