今、私は、大石洋子著

 

「宇宙一ワクワクする お金の授業」

 

という本を読んでいます。

 

 

 

私は、気になった本は、直ぐに手に入れて、

 

同時期に、2~3冊読んでいます。

 

 

 

最近は、珍しく「朝井リョウ氏」の小説を読み始めていたのですが、

 

インスタを見ていたら、大石氏の本が目に入りました。

 

 

 

その本の帯には、

 

「1万人が変わった!感涙のレッスン、書籍化!老若男女から、感謝の声、続々。

知るだけ!お金がジャンジャン入ってくる!読むだけ!

3歳から知っておきたい

「人にもお金にも一生恵まれるメンタル」のつくり方

 

そう書いてありました。

 

 

 

そのタイトルを読んで、私は思いました。

 

“またまたまたぁ~。こういう本っていっぱいあるよね。お金が簡単に手に入るようなタイトルを書いて、自我をくすぐるってやつ”

 

 

ただ、気になったのは、

 

「老若男女」「3歳から知っておきたい」

 

という言葉でした。

 

 

 

 

「ビジネス」とか、「年収○千万稼げる」とか、そういう言葉ではなく、

 

「老若男女」「3歳から知っておきたい」と書かれています。

 

 

 

帯の裏側には、

 

「しあわせなお金持ちになる秘訣が満載!!!」

 

と書かれています。

 

 

私は、

 

“この人は、法則を知っている”

 

そう思いました。

 

 

 

 

 

私はここ最近、解きたい課題がありました。

 

自分の人生を振り返った時、

 

何故あの時、あのタイミングで臨時収入が入ってきたのか。

 

何故、願いが叶う時と、叶わない時があったのか。

 

 

 

 

来年5月で65歳になる。

 

年金は、今頂いている給料より、ちょこっと多い。

 

だけど、仕事を辞めなかったら、お給料+年金で、余裕ができるし、

 

厚生年金は70歳まで掛けることができるから、いっそのこと70歳まで働かせて頂こうか。

 

今の仕事は、ぜんぜん嫌いじゃない。

 

職場も楽しい。

 

だけど・・・ だけど・・・

 

 

この縛られ感から解放されたい。

 

私の時間を、私の自由に使いたい。

 

 

 

やりたいことが、いっぱいある。

 

月日に縛られず、曜日に縛られず、時間に縛られず、

 

私のやりたいことを、私がやりたいように、時間を自由に使いたい。

 

 

 

安定した収入を得られる私をイメージしてみる。

 

自由に、やりたいことをやっている自分をイメージしてみる。

 

 

 

何度繰り返しても、

 

安定した収入を得られる私をイメージすると、モヤモヤして心が重たい。

 

でも、自由にやりたいことをやっている自分をイメージすると、スッキリしてワクワクする。早くその時が来ないかと楽しみになる。

 

 

 

 

家計管理をするようになって、

 

お金は、自分次第で自由に使えることを学びました。

 

「安いから、買う」のではなく、「買いたい物が、安くなっていたから買う」

「今、買う必要がないのに、いつか使うからと、買ってしまう」のではなく、

「今、必要ないものは買わなくていい」に代わっていったことで、

 

必要なお金は、貯まっていきました。

整理整頓された棚や冷蔵庫には、消費期限や賞味期限の切れた在庫がなくなりました。

 

 

次第に、お金に対する不安が薄れていきました。

 

 

 

 

だから、私は選択しました。

 

今年度いっぱいで、仕事を辞める。

 

その間は、精一杯、一生懸命に仕事をする。

 

やり切ったと思える仕事をしようと決めました。

 

 

 

 

そのあとに、

 

やましたひでこ氏の

 

「60歳からの断捨離」

「少ないお金で豊かに暮らす断捨離生活 無理なくラクに暮らせる、ちょっといい方法」

 

と出会いました。

 

 

 

自分の部屋

家の中

 

いつか使うかもと、捨てられないでいる物

在庫がないと「不安」という感情が現れること

 

整理整頓されていないことで、賞味期限の切れた調味料があり、

結局、無駄なお金を使っていること。

 

その様子は、自分の意識の世界と一致していることを教えてくれていました。

 

 

 

 

そして今回、大石洋子氏の本と出会いました。

 

 

 

「自分の価値、お金の価値、愛の価値、家族の価値・・・」

 

全てが一致していることを、頭を金づちで殴られたように、腑に落ちました。

 

 

 

もちろん、知っていました。

 

知っていましたが、自分のことは知っていなかった。

 

 

 

 

 

私たちには、意識のブロックがあります。

 

それは、小さい頃から積み上げた、思い込みのブロックです。

 

 

 

この目の前にあるブロックが消滅しない限り、

 

目の前の現実は変わらないようになっています。

 

 

 

 

大石洋子氏の本を読んだことで、

 

自分でも気づいていなかった、大きなブロックを消滅させることができました。

 

 

私は、自分自身を

 

「価値がない」

 

と思っていたのです。

 

 

 

 

私の兄が、最近私に話してくれたことがありました。

 

「僕は、とにかく目の前のことだけをやってた。それが勉強だった。何かになりたいからとかそういうことは、まったく考えていなかった。そういう時に、父ちゃんが、

「おまえ、医者になったらどうや」そう言われたことで、医者になった。」と。

 

 

私の兄は、中学、高校と成績優秀で、学年でいつも1位か2位をとっていました。

 

近所の人からも、

 

「あんたの子供はええなぁ」と、うらやましがられ、

 

そんな兄を両親は、誇らしく思っていました。

 

 

 

その兄を持つ私の成績は、ごく普通でした。

 

兄のようになりたいと、参考書を買ってもらい、勉強しました。

 

今なら、たくさんの塾がありますが、その時代、田舎には塾などありませんでした。

 

 

 

勉強をしてもしても、成績は上がりませんでした。

 

自己流で、何を勉強すればいいのか、どこを覚えればいいのかさっぱりわからないまま、時間だけの勉強でした。

 

何が面白いのか、さっぱりわかりません。

 

まぁ、高校入学まで、1冊の本も読んだことのない私でしたからね。

 

 

 

そんな私のことを、両親や親せきの人が言います。

 

「あんたは、兄ちゃんと違うから。」

 

「あんたは、アホやけど、兄ちゃんはかしこいから。」

 

 

 

別に悪気があって言ったわけではありません。

 

そのまんまです。

 

 

 

私の取柄は、明るくて元気が良くて、自分の考えは、はっきり言葉にできることでした。

 

小学や中学では、いつも学級委員長になり、初めての女性での会長にもなりました。

 

 

 

だけど、成績が良いわけでもない、本も読んだことのない私は、

 

ただ、勢いだけで、その役を演じていました。

 

 

 

実際に、周りの人たちは、私のことをどう思っていたのかはわかりませんが、

 

私自身は、

 

「できる生徒のふり」

 

で、不安というより、言葉で言えば、

 

「無価値観」

 

を味わっていました。

 

 

 

 

 

最近、私の中に、何とも言いようのない重たさを感じていました。

 

何を教えたいんだろう。

 

何を知りたいんだろう。

 

そう思っていました。

 

 

 

そして、大石氏の本を読んだことでわかったのです。

 

あの時と同じ、

 

「無価値観」

 

 

 

外から見られる私へのイメージと、私自身が持つイメージの差。

 

 

あの時と、まったく同じだとわかりました。

 

 

 

 

気づいた目の前の意識のブロックを消滅させる方法があります。

 

それは、否定するのではなく、認めることです。

 

 

 

小さいころ、ただ好奇心でやったこと、楽しいからやったことが、

 

大人から見れば、

 

それは、やってはいけないこと、悪いこと、謝らなければならないことだったりします。

 

そういう時、大人から怒鳴られて、怒られて、仕方なく謝った時より、

 

「そうか、そうか、楽しかったんだな。それが悪いことだとわからなかっただけだったんだな。怒られて、辛い思い、怖い思いをしたんだな。」と、

 

頭を撫でてもらった時の方が、

 

ずっと腑に落ちて、二度とそういうことはしないでおこうと反省できたものです。

 

 

 

それと同じで、

 

そうであった自分を認める。

 

俯瞰する。

 

そうすれば、そのブロックは消滅してしまいます。

 

否定し続けると、そのブロックは、一層強化されてしまいます。

 

 

 

 

 

大石氏の本を読んで、より一層わかったことが、もう一つありました。

 

「誰かにアドバイスしたいことは、自分を知るためのアドバイス」です。

 

 

 

ネットで記事を読んだり、家族や職場、知人などと話しをして、

 

直接言葉にはしていなくても、頭の中で

 

“それって、違うよね”

 

“いつもいい加減だな”

 

“やるっていったのに、またやらない”

 

そう思います。

 

 

 

これ、トータルすると、自分自身の「無価値観」へとつながっていました。

 

あ、これはもちろん、私の世界での話しです。

 

 

 

この自分が発した言葉が、「無価値観」を現実世界で消滅させていく方法になります。

 

 

 

目の前の現実世界を観て、感情が動いたときは、課題が投下されたタイミングです。

 

この課題を解く前には、既に課題を解くヒントが存在しています。

 

でも、課題を解くまで、何がヒントかはわかりません。

 

 

 

課題を解いた瞬間に、今までの、

 

あんなこと、こんなこと、

 

あんな情報、こんな情報、

 

あんな体験、こんな体験が、ヒントだったとわかります。

 

 

 

課題を解いた瞬間に、意識の世界のブロックは消滅します。

 

感覚としては、

 

心が軽くなった。

 

もう一度その出来事を思い出しても、何の感情も生まれなくなった。

 

せき止められていた川の水が、一気に流れ出すような感覚。

 

さび付いた歯車が回り出した感覚。

 

そう感じます。

 

 

 

ただ、課題を解いただけでは、現実世界では何も変わりません。

 

その何かするという行動のヒントが、

 

自分自身が発した言葉や、誰かが発した言葉、本の中、情報の中に存在しています。

 

 

 

 

“それって、違うよね” → 他の人の意見を聴こう。

 

“いつもいい加減だな” → 最後までやり切ろう。

 

“やるっていったのに、またやらない” → やるって言ったことは、必ずやろう。

 

 

 

 

意識のブロックが消滅すると、

 

新しい扉が目の前に現れて、

 

また、一段階次元上昇できます。

 

 

 

 

4月に異動してきた彼女が退職して、

 

また課題がやってきました。

 

その課題の答えが、

 

私の持つ

 

「無価値観」でした。

 

 

 

 

 

また、新しい扉、開けちゃいました。