〜epilogue〜
O


忽然と海に消えた翔くん。
遺体は上がってこない。


翔くんが行方不明になり、警察の取り調べでは、一緒にいた俺が何か関与しているのではないかと、当然一番に疑われた。


だけど翔くんが自分で海に飛び込むその瞬間を、偶然遠くから見ていた地元の漁師がいた。
俺は翔くんから離れたところに立っていて、、その人が俺は何もしていないと、、突き落としたりなどはしていないと証言してくれた。
夜で辺りは暗かったし、その人の角度からは翔くんと一緒にもう1人いたことは見えなかったようだ。


俺は警察に本当のことは何も言わなかった。

翔くんのご両親にも、、。




警察や翔くんの両親に事情を聞かれた時…。
翔くんに何か悩みがあったとか、、そういうことは俺には全く分からないと。
翔くんが突然別荘を飛び出し、、俺は追いかけたけど間に合わなかったと。
海に飛び込もうとする翔くんを阻止しようと大声で叫んだけど、、無理だったと。
翔くんを止められなくて申し訳なかったと。
それだけを繰り返した。


翔くんは自殺したと結論づけられた。


悲しみにくれる翔くんのご両親には本当に申し訳ないと思ったけど、、
俺が感じていることを伝えても信じてもらえるとは到底思えなかったから


翔くんが『潤』と呼んでいた、、翔くんと一緒に海に消えたあの男が何者だったのか…
俺には分からないけれど


だけどきっと
翔くんは死んでなどいない
翔くんはあのひとと
この海のどこかで幸せに暮らしているような気がするんだ


だって翔くんがそう言った


幸せになると
潤と生きると


あんなに心から幸せそうに見つめあっていたあの2人の笑顔が嘘だとは思えない



だから…



「…先生。
またここに来ていたんですか。
作品の進み具合はどうですか」


「ああニノ。
俺を探しに来てくれたんだ。
でもごめん、今描いてる絵が仕上がるにはもう少し時間がかかるかな。
あれを個展に出すのはまだまだ先の予定だよね?
何かアクシデントでもあった?大丈夫?」


「それは別に何もないですけど…」


ニノがそのベビーフェイスに少し不服そうな表情を浮かべる。


「…ニノじゃなくて、カズって呼んで下さい…」


ニノのその要望に、俺はんふふと笑う。


「じゃあニノも俺を『先生』じゃなくて『智』って呼んでよ」


「…そんな。
天下の大野智を。
現代美術の若き巨匠と呼ばれている先生を呼び捨てにするなんて…」


俺は今、美術作家として主に海をモチーフとした絵や彫刻作品を作っている。
俺の作るものは徐々に世間に認められて、今や世界中で俺の作品が高額で取り引きされている。
さっき俺に話しかけてきたこの男、、名を二宮和也、、ニノは、そんな俺のマネージャーのような仕事をしている、大事なパートナーだ。


…でも最近は、仕事上のパートナーというだけではなくて…


「…先生は世界中にたくさんのアトリエを所有されていますが、、
この土地にあるあの別荘が一番のお気に入りですよね。
確かに良い家だとは思いますが、、もうだいぶ古くなってきているのに。
建て替えたりはしないんですか?

手入れが行き届いていますから、築年数の割にはとても綺麗ですけど…」




「…あのままがいいんだよ」


俺はニノに小さく微笑みを返す。




翔くんのご両親とは年に数回会って、今でも翔くんの思い出話をすることがある。
俺は翔くんのご両親にお願いしてあの別荘を譲ってもらっていた。

現在は作品を創る際のアトリエとして時々利用している。




そして今俺は翔くんが笑顔で消えたあの岩場に立つ。
あれから10年もの月日が経っていた。


翔くん…
キミはこの青い海のどこかで幸せに暮らしているんだろうか…


きっとそうだよね。
俺には分かるよ。
翔くんの笑顔が見える気がするから。


俺は目の前に広がる、どこまでも果てしなく続くブルーの大海原を眺めながら小さく微笑む。


そして俺は翔くんが残していったあの時のお揃いの星の砂をポケットから取り出し、眼前の海に向かって2つとも放り投げた。


「何を投げたんです?」


ニノが訝しむ。


「ん?
俺の、、
大切な想い出」


「…なんだか聞き捨てなりませんね。
それって恋の想い出なんじゃないですか?」


「ふふ…
俺の一方的な片想いだったけどね」


「ふーん…
それはお気の毒さま。

…今先生が描いている絵って、、ここから見た海ですしね…」




少し不機嫌な素振りの、、淋しそうなニノの肩を俺はそっと抱く。


「あの絵が完成したら、、
多分俺はもう、ここには来ないと思うよ。
俺には、、カズがいてくれるからね」


俺が『カズ』と呼ぶと、カズが嬉しそうに顔を赤らめる。


俺は星の砂と一緒に、心の中で翔くんへの想いを海に還す。
そしてカズと寄り添って、俺はもう振り返らずに歩き始める。


辺りにはいつまでも打ち寄せる白い波の音と、目に沁みるほど美しく輝く蒼い海と青い空がどこまでも広がっていた。



ザザン…


ザザン…



「Blue」
〜fin〜