<彼女・10>
彼女を車に乗せて海に向かった。
待ち合わせた場所であの時と同じ髪を揺らしながら彼女が微笑んで待っていた
ずっと僕が恋をしていた彼女の笑顔・・・
また出逢えることができて良かったと、フロントガラス越しに見た彼女の笑顔に安堵した。
車を横付けして扉が開いたと思ったら、彼女の香りの方が先に乗り込み僕の決心を鈍らせる。
このまま、彼女を連れ去ることができたら・・・・
そう思ったが、その邪まな思いをなんとか打ち消して舌打ちする。
何度も行ったり来たりを繰り返す感情の起伏を悟られまいと僕は静かに車をスタートさせた。
まるで、あの夜のことは何もなかったかのように雪美は僕に笑いかける
今までと何も変わらない・・・・雪美の中に僕への感情を見つけられないまま僕は相槌を打っていく。
そうか・・・・やはり、雪美は僕をそのままにしておきたいんだ・・・・
気持ちを落ち着かせ、ようやく車は目的地の海へ・・・・
『今日はありがと・・・来てくれて・・・カズには感謝してる』
雪美は車から降りて浜辺に向かうまでの道中、こうやって僕に想いを切り出した。
『あれから・・・考えたの・・・自分のこと、旦那のこと・・・旦那のこと許せなくて、でも私もカズと、あぁいうことになって・・・そういえば、ホテルから勝手に独りで帰ってごめんなさい・・・』
僕に一礼して雪美は波打ち際へと近づいて行く。
『本当は旦那と別れようって思った・・・でも、色々あってそれもできなくて・・・だからカズに電話して助けてもらった・・・。私、あの時のこと後悔してないのよ・・・・ホントよ・・・カズは私のことを支えてくれる人だってそう思ってたから・・・』
『だから、僕を利用した?』
一瞬、雪美の表情が固まった。
今まで、ベールに覆われているかのような・・・皮を一枚被った雪美しか見えていなかった僕の台詞は、どうやら核心に迫ったらしい。
『・・・・利用・・・・そうね、そうかもしれないわね・・・・カズにしか頼めないって思ったし、逆にカズじゃないと嫌だとも思った・・・私が私でいるために、カズが必要だった・・・だからそれが、利用したって思うんならそれは間違いじゃないかもね・・・旦那に対する復讐としてあなたを選んで、その秘密を墓場まで持っていくことが、私の生きる糧になってるんだもの・・・』
『どうして離婚しない?』
『・・・・・・それは、ただ体裁が悪いからよ・・・旦那が浮気して離婚したなんて・・・浮気されたなんて・・・そんなこと誰かに言われてるかもしれないって思ったら耐えられそうにないもの・・・親にだって言えない・・・』
そうだった・・・・雪美は昔から凛としていて、理不尽が許せない女だった。
そんな雪美が、旦那に浮気されていたなんて信じられなかったんだろうし、許せない思いが大きく膨らんだのだろう。
そして、そんなことをした旦那に永遠に嘘をついていくことを決めたのかもしれない。