<彼女・5>
雪美が結婚してから一度も会わなかったのかと聞かれると、実はそうじゃない。
彼女が結婚してから5年が過ぎたころ、電話があって僕たちは逢っている・・・。
仕事中に鳴動している電話を手にして名前を見て驚いた。
何かあったのかもしれない、そう思った・・・
いつもは人のことを気にしている彼女が、僕が仕事の時に電話してきた。
何があったかなんてわからないけれど、この電話にでるべきだとそう感じた。
携帯を右手に持ち替えて電話に出ると、
いつもと違った彼女の声が僕を揺さぶり、『今から逢おう』 と口にしている僕がいた。
仕事を早めに切り上げるから・・・必ず今から言う店で待っていて・・・・
そう言って、できるだけ早く仕事を終えて店に着くと雪美が店の隅の席で待っていた。
儚く壊れてしまいそうな雪美がそこにはいて、僕を見上げる瞳が苦しさで揺れている。
『ごめんなさい・・・』 そう短く言って俯いた彼女に僕は優しく声を掛ける。
『いいんだ・・・・いったいどうしたんだ?』
電話では泣くばかりの彼女だったが、目の前の雪美は唇をキュッと結んで必死に泣くのを堪えている・・・そんな風に見えた。
いま口を開いてしまったら、とめどなく涙が出そうで止まらなくなる・・・
潤んだ瞳が限界に達しているのはわかったし、
泣かないでいるのは僕に気を使ってのことだろう・・・
そう思ったから、いま入ったばかりの店だったが雪美を連れて出ていくことにした。
でも、行き場所がわからない・・・
こんな状態の雪美を連れて歩いていることも危険だと思った。
何があったのかはわからないけれど、夫ではない僕にこの姿を見せているという現実。
本来なら一番頼りたいと思っているのは夫の筈だろうと思う。
それをしないで僕に電話をしてきた・・・ということは・・・
雪美が泣いている理由は・・・きっと夫なのだろう・・・そう思った。
どこに行きたいかとか・・・どこに行くべきなのかとか・・・
そんなことは頭の中には浮かばなかった。
ただ、この時・・・夫の元には帰したくないと・・・そう思ったのだ。