<~Sorciere~21 墨雫



僕たちが出会ったのが僕の出張なんかでなかったら、二人とも素直になれていたんだろうか・・・



あの時確かに、僕は見つけた君と一生ずっと生きていきたいと思わなかったかもしれない。



こうやって思うようになったのも時間を積み重ねてきたからだ・・・



その僕の心の微妙なひだを君は見つけてしまい、僕に嘘を吐いたんだ。



深呼吸をしつつ僕は彼女の家のインターホンを押した。



心臓の音が扉を超えて向こう側まで届いてしまわないかと心配になった。



でも、そんなことを思っている間に扉が開いたのである。



「兄さん、また来たの?・・・・」



インターホンを押したのが兄だと勘違いしたのだろう。うつむき加減に開けたのに、僕の姿を確認するなり美智子は固まってしまったのだった。



「どうして・・・・」



震える唇を隠すためなのか、指で押さえている。



「どうしてここに・・・・・・言ったでしょう。ここにきてはいけないって・・・主人が・・・・」



押し殺した声を出し、家の奥にいる筈のない旦那を気にしている芝居をしている。



そんな美智子の二の腕を握って引き寄せると美智子は今まで抵抗などしたことないのに、「なにするの」と悲痛な声をあげた・・・



「もう・・・いいんだ・・・」



「なにがいいのよ・・・あなたはいいかもしれないけど私は・・・・」



そう言った美智子の頬を両の掌で包み込むように優しく持ち上げ諭すように話しかける。



「もういいんだ・・・なにもかも君のお兄さんから聞いたから・・・この意味がわかるね?君が結婚していないことも、君が人を愛することに憶病になっていることもなにもかもすべてわかっているんだ・・・」



「・・・・・」



「不思議そうな顔をしているけど、もう我慢が出来なかったんだ僕は・・・僕の知らない誰かと君が幸せでない暮らしをしているというのなら、こんなに君のことを思っている僕の方が君を絶対に大事にできる。そう思ってしまったから・・・だから君には内緒で君の携帯に電話をしてしまったんだ。君が出ても、ご主人が出てもいいと覚悟して・・・でも、出たのはそのどちらでもない君のお兄さんだったよ・・・

帰れというのなら、帰るけど・・・でも僕は諦めるつもりはない。何度でもやってきて君を必ず僕のものにしたい・・・そう思ってる。

それでも君は僕の手を離して、また僕から逃げる?

もう遅いんだ・・・君も僕も、この関係から逃れることはできないんだよ・・・

だから、もう強がりがやめて僕のものになってくれないか・・・・」



君の瞳から一滴の涙が流れ落ちた時・・・君はか細い声でこう言った。



「・・・・・いいの?・・・あなたはこんな私でもいいの?」



「君じゃなくて他の人でもいいというのなら・・・こんなおかしな関係は続けなかったよ・・・」



「そう・・・おかしな関係だった。だから、もう私はあなたに嘘が吐けなくなっていた・・・。

でもこういう関係でなかったら、あなたは私と付き合おうとは思わなかったでしょう?」



この美智子の妖しい言葉に僕は頷くことができずに、黒い瞳の奥に何が隠されているのか知りたくなっていったのだった。