<~Sorciere~15 碧




深い溜息を一回だけ受話器の向こう側に聞こえないようにしたつもりだったのに





相手には聞こえていたようだった・・・





「君はさっきからおかしなことを言っていたが・・・美智子と僕が結婚していると思ったのはどうしてなんだ?」





変なことを言う男だと思った。





ただ、僕が勘違いしただけなのに、どうしてこんなことを聞くのだろうと思った。





美智子は結婚している・・・鳴らした携帯に男がでた・・・そしたらその男が「君が・・・美智子の男なのか・・・」と聞いてきた・・・





なら、この男が旦那だと思い込んでも仕方がないだろう・・・





僕だって信じたくはなかったさ・・・美智子にほかの男がいるなど・・・





考えてみればそうである・・・僕という愛人がいるのなら、僕以外にも愛人がいてもおかしくなかったのだ・・・





ここまでわかったのだからもう電話を切ればいいのだ・・・・





この男が旦那でないのなら、こうやってしゃべっていても話はまとまらないに違いない





お互いに彼女のことを旦那よりも独占できていると思っていたのだ・・・





なのに違うのだと突きつけられて、自分の足元がどれだけ不安定なのか思い知らされたのである。





溜息が出ない方がおかしい。





苦笑したくても、唇がひきつって笑みというよりも変に歪んだ形になっている。





きっと、今自分の顔を鏡で見たら情けない、泣きそうな顔をしているに違いない。





ここまで・・・こんなにも彼女を心の中に棲まわせてしまったから傷が大きくなってしまったのだ。





彼女との未来や・・・彼女が僕に与えてくれる愛情の深さに漂って現実から逃げていたのは僕だったのだ・・・





手にしっかり握り、行かないでくれとホテルの部屋で抱き締めても





必ず彼女は家へと帰っていく・・・・





僕という存在の薄さが薄すぎたからなのか・・・・それとも、彼女に固執してしまった僕の愛情を邪魔なものだと感じ始めたからなのか・・・





だから、僕のことを捨てようと思ったのかもしれない・・・





追いかけ過ぎた影は影のままで・・・いつまでも実態を掴みきれなかったのは、僕に努力が足りなかったからなのか・・・・





部屋の中にいる筈なのに・・・どこか遠くの場所においてけぼりにされたような寒々しさが僕を襲っている。





その僕に電話の主はこう言ってきたのだった・・・





「いや・・・質問の内容が妙に違うな・・・」





なにが・・・違うと言うのか・・・





抜け殻のようになってしまっている僕の耳にはその声は、最初は小さかったのだけれど・・・





次の瞬間僕は耳を疑いたくなったのだった・・・





「どうして君は美智子が結婚していると勘違いしてるんだい?」