<~Sorciere~13 藍砂>
僕が発した声を聞いたすぐ後で旦那は僕へと口火を切った。
もちろん、想定していなかったわけではない。
僕はあの言葉を吐いて、旦那が激情のままに怒りをぶつけてきたらいいと思っていた。
美智子の旦那は自分一人なのだと・・・それは揺るぎない事実だったとしても、僕はその声を形にしてもらって、それを叩き壊せるほどの声を持ち合わせている。
なぜなら・・・きっと、いや絶対に、美智子が愛しているのは僕だと自信をもって言えるからだ。
だが・・・・・
旦那が発した言葉は僕が思っていたこととはまたも違っていたのである。
「君は・・・何を言ってるんだ?」
「・・・・・・・」
この言葉はさっき僕が発した言葉ではなかったか?
まるで光の乱反射に目を細めるように、僕は旦那の言葉に細く眼を細めてしまった。
期待した反撃の声ではなく、恐ろしいまでの静かな声に僕は固まってしまったのだ。
何を言ってるんだ?って・・・・「何」ってなんだよ・・・・
もう何が何だかわからなかった。
僕の言った言葉のどこが『何』なんだろう・・・どこに疑問を投げかけたのだろう・・・
どの一文?どの疑問?
だって、そうだろ?
俺が投げかけた疑問全てに『何を言ってるんだ』ということは・・・
僕が思っていることは間違っているということになる・・・
だから、『何』とは『何なのか』ということだ。
僕が旦那の疑問を自分の中でどうにかしようとしていた時、
第二波がやってきた・・・
「君は美智子の男ではないのか?・・・聞いている話と違う・・・・」
「え?・・・・・・」
「君が美智子の男でないのならそう言ってくれないか・・・無駄な時間は過ごしたくないんだ・・・美智子の男は結婚をしている筈なんだ・・・・結婚をしていないと君が言い切るのなら・・・相手は君じゃないということになる・・・・」
掌から、その指の隙間から、握った筈の彼女の姿が砂となって、僕の手の上から崩れ落ちていくのをただ見ているような衝撃を覚えた・・・
彼女に・・・僕以外の別の男がいる・・・・
そんな莫迦な!と思う反面、僕は彼女の何もかもを知っているわけではないんだと、あらためて思い知らされたのだった・・・
僕が摑まえたと思っていた彼女は・・・
この受話器の向こう側にいる世界よりもさらに遠くに行ってしまった。