<~Sorciere~10 水波>
車窓からの景色は暗くてもう海は見えない。
かろうじて飛ぶように過ぎ去る景色の中に点々と明りが灯っているのが目の中に入ってきた。
あともう少しで君がいる街につく・・・
そして僕は君に逢いに行く。
君が今まで「約束をしてないときは逢わないから」・・・そう言っていた理由の解釈が僕は間違っていたから・・・本当の君を見つけに、そして今度こそ君をつかまえるために・・・
新たに決意を固めた僕は、旦那とのやり取りを思い出し、またも身震いをしたのだった。
僕が認めた君との不倫・・・
「はい」という声とともに頷き、
返事の裏には『彼女をいただきに行きます・・・』
その意味を込めたことを、受話器の向こうにいる旦那は声だけで判断できただろうか・・・
内心、やはりバレて良かったのだ・・・と納得せねばならず・・・
僕が彼女との約束を守らずに電話してしまったつけが今まわっているのだと、
そう思って怒声を待ったのだった。
でも、旦那がその口から漏らした声は僕が予想したものとは違うものだった。
「美智子は何も言わない・・・問いただそうとしても黙るばかりで・・・どうしようもない・・・。君を責めるつもりはない・・・美智子にもいけないところがあったんだろう。でも、それでも君に誠意があるのなら、別れてやってくれないか?」
旦那の「男」としてではなく、「人」としての声を聞いた気がした。
黙る僕に、受話器の向こう側の男は「彼女が必要なんだ」と、
今の言葉で語ったのだ。
僕の知らない彼女には、旦那との過去があり、
その年月にいくら頑張っても僕は入ることはできないのだということ。
彼女だって僕と出会う前は旦那と一生添い遂げると決めていたに違いない。
それなのに予想していない僕の出現によって、人生が狂ってしまっただけなのだ・・・
狂わしたのは僕なのか、それともあの時僕の手を握ってしまった彼女なのか
もしかしたら最初から狂わすために僕の手を握ったのか・・・
平穏で幸せな日常から脱出したくて、違う人生を歩むために僕を共犯者にしただけなのか・・・
そんなことはわからないけれど、でもこの二人の生活に無理やり入り込んだ僕にはやはり罪は残るのだ・・・
もしかしたら彼女はぼくのものにはならないかもしれない・・・
そんな不安を感じたが、それを振り払うために受話器を強く握りしめた。
そして乾いた喉からかろうじて出た言葉は、
「僕の誠意は・・・彼女と一緒になりたいと思う心です」
絶句した旦那の唾を飲み込む音が今、聞こえた。