<恋慕・3>

恋慕うことの幸せを私は長い間忘れていました。

忙しい日々に流され、心の底から笑う事もできなくなり、

そして・・・愛おしいと思う感情に鍵を掛けてしまっていた私。

毎日の生活の中で、彼を見つけて・・・

それだけがすべてになってしまった私には、

もう「親」という名の仮面をかぶる事も許されないのでしょうか?

私の事を「私」としてではなく、

主人の妻であり、子供の親としてでしか評価されなくなった私。

なら・・・女としての私はどこに行ってしまったのでしょう?

いいえ。

どこに行ったらいいのでしょう?

私はここにいる。

ここで生きている。

そんなことぐらい言われなくてもわかっている。

そう言われても・・・・

「いいえ、あなたは決して女としての私を必要としているのではない」

そう言い切ることができてしまうんです。

きっと・・・

あなたの中の私は、名前のないただの同居人としてしか存在していないから、

それに気がつくのに・・・こんなに時間をかけてしまいました。

だから、今の私にはここを抜け出す理由ができたのです。

いつ、ここをでてもいいように準備を進める事もできたのです。

今まで、私達夫婦の中に愛は存在していなかったのか?と聞かれれば・・・

もちろん、それはあったでしょう、と答えることができますが・・・

でも、子供ができ、夫婦の中に得体のしれない亀裂が入ると

それはもう修復が難しくなるものです。

もともと他人が一緒に住んでいるのだから、

わかりあえなくて当然なのだと、そう教えられても・・・

私は心のないロボットではないですから・・・

自分が主人から拒絶されているのだと感じれば不安にもなりますし、

心が氷のように冷たくなるのがわかるのです。

愛していた人から愛されなくなり、

「お母さん」という呼び名でしか呼ばれなくなった時に、

この人の中での私は『子供の母親』という存在でしかないのだと納得がいったのです。

愛されてもいないと判ったら追いかけることを決してしないのが私ですから。

だから、私の事を愛してくれる人を望んだのかもしれません。

彼はただひたすら私を・・・

女としての私を求めてくれるのです。

これほど・・・こんなにも・・・嬉しいことがあるでしょうか?

ただ、求められるというそれだけで・・・

私はいま、人生を終えたとしても悔いは残らないでしょう。

名前のない人物としてではなく、

私として愛されて死んでいくことこそが・・・

こんなに幸せなことなのだと

恋慕われて気がついたのです・・・。