<姉妹・10 真実>
私は松木彩香。
今、私の目の前に同級生がインターホンを鳴らし終えて玄関を開け立っている。
「彩香?ちょっと話があるんだけど・・・」
その声達を家の中に招き入れて、これから私は芝居をしなければならなかった。
きっと、この三人は私のことを疑ってきているに違いないのだ。
三人。津川理恵子と佐川路子。そして三木と名乗る刑事。
この三人が私のところに行き着いたということは・・・
きっと姉の自殺の件から、
姉の同級生が不審な死を遂げていることに疑問を感じたからだろう。
もちろん、それは私が引いておいた伏線が役にたっているのかもしれない。
まさか、あの同窓会で満谷さんの名前を訊く事になろうとは思っていなったけれど、
それでも、私は路子の話を遮るのではなく、
あの三つの事件が繋がっているようにみんなに思わせることができた。
いや、思わせたのではない。
だって、本当に繋がっているのだから・・・。
真実を語っただけなのだ。
そう、真実。
そして私はこれから三人に「事実」を言わなければならないのだろう。
「事実」の裏に隠した「真実」を言わずに、
ただ、起きたことだけを言えばいい。
「どうしたの?二人で・・・しかも刑事さんを連れて・・・」
そう微笑んだ私に、路子が警察手帳を見せて自分も刑事であることを主張したのだった。
「路子・・・。刑事さんだったの?」
これには本当に驚いた。
だからこの時は何一つ飾っていない私を見せる事ができただろう。
「えぇ、そしてあなたに訊きたい事というのは・・・十五年ぐらい前まで隣に住んでいた、満谷貴雄という人についてよ・・・・」
本当に、突然その名前を言われたものだから、
私は動揺して路子の顔を凝視してしまっていた。
変に思われても仕方なかった。
だが、隠すことはできなかった。
「・・・・えぇ。住んでいたわね」
やっと口から洩れた言葉に、すかさず路子が道を切り開こうとこじ開けてくる。
「今、満谷がどこにいるか知っているんじゃないかと思って。もし知っているのなら教えてほしいんだけど」
「どうして?」
「事件の参考人として、訊きたい事がたくさんあるの。もしかしたらあなたのお姉さんの自殺も絡んでくるかもしれないのよ」
絶句した表情の私を見ながら、
三木という刑事も「何かを知っているのなら教えてください」と懇願してきたのだった。
私が知っている事・・・。それは・・・。
「満谷が死んでしまうかもしれないのよ!」
こう一喝されて、私は緊張の糸が切れてしまい涙を一滴流したのだった。
その涙を、現れた三人が見過ごすはずがない。
「どうしたの?」
震える唇を指で抑えるのがやっとだった。その指さえも震えていた。
「私が・・・、私が悪いの」
その台詞を言い終わってから、私はこの十五年間に起こったすべてを三人に告白していた。
長い、長い告白。
姉が死んでから日記が見つかり、
姉が死ぬよりもつらいイジメにあっていたこと。
そしてその日記を満谷さんに見せてしまったこと。
泣きながら小六の少女だった自分が、彼に二人の女を殺す事を要求してしまったこと。
そして、それを遂行するために、一度だけ満谷さんに頼まれて手紙を書いたこと。
でも、本当に殺すとは思っていなかったのだと、
篠塚亜希子が死んでからの五年間は、ものすごく怖かったこと。
自分が言ってしまった一言で、きっと彼は殺人をしているに違いない。
そして、つい三ヶ月前、田宮由里も殺されてしまった事。
いくらなんでも、おかし過ぎると絶対に誰かが気がついてくれるに違いない。
でも、本当の事は言えない。
そして、同窓会で路子が話してくれた事を引き金にして、
誰かがこの殺人連鎖を見つけてくれたら・・・。
それを待っていたのだと、そして明け方に満谷が現れたのだという事も。
「一足違い・・・」
そう悔しそうに言った路子は、続けて彼の住まいがどこにあるのかを訊いてきたのだった。
だから訊かれた事に嘘は言わなかった。
「●●三丁目にあるアパートです。私が悪いから、私のせいだから、あの人に私も一緒に逝くからって言ったのに、なのに、あの人が私に飲ませた薬は睡眠薬で・・・実はさっき、本当にさっき、あなた達のインターホンで目が覚めたんです」
こう言い終わる頃に、私の瞳からは涙がとめどなく流れていた。
でも、これが紛れもない事実。
自分が幼かったとはいえ、一人の男の人生を変えてしまった揺るぎない事実。
ガタンと席を急いで立って、慌てて三木が同僚に電話をしている。
きっと、満谷さんの所在を確認しにいったのだろう。
そして彼は変わり果てた姿で発見されるのかもしれない。
朝まで生きていた彼。
この手に残る、薬を握らされた時の彼の手の温もり・・・・。
「どうして今まで話してくれなかったの?」
「どう話せば良かったの?」
「少なくとも、あの同窓会で警察に話をしてくれていれば、満谷を見つけることができていたわ」
「・・・・そう。そうね、でも、こんなに長い時間をかけて人を殺すだなんて考えていなかったの。篠塚亜希子さんにしても、事故かもしれないじゃない。亡くなったのは不幸な偶然かもしれないじゃない。十五年も経過して、また満谷さんがあの人を殺すだなんて思わないでしょ?私、ニュースで知ったの。まさかって・・・でも、今朝彼が私のところにやってきた時に告白してくれたの。すべて自分がした事だからって・・・やっと、姉の無念を晴らせたからって。だから・・・もうそろそろ楽になりたいんだって」
ぐっとこらえた感情が話すことによってポロポロとこぼれ落ちていく。
そんな涙が流れていた。
「満谷さんと姉が付き合っていたことを知ったのは、あの自殺した年の梅雨時期だった。教師と女子高生がそんな仲だなんて世間に知れたら、間違いなく満谷さんは糾弾される。それを一番恐れていた姉が隠し続けた。同級生の二人に陰湿で執拗なイジメをされていても・・・必死に耐えた。日記には『死んでしまいたい』って書かれていたけれど、絶対に姉は死ぬ事を選びはしないだろうって確信していたの。でも・・・学校の屋上から飛び降りてしまった。感情的になった私が、満谷さんに言ってしまった一言でこんなことになってしまって、責任を感じています。でも、あの時あの二人は姉を殺したのだと満谷さんは言っていました。それなら、あの二人に罪はないのでしょうか?姉を殺したあの二人には罪の重さが何一つ判っていないのだと・・・」
これ以上は言葉が出てこなかった。
罪のある人間を人が裁く事が出来るのは唯一、裁判だけ。
それにかけることができたとしても、きっと満谷さんは満足できなかったのだと思う。
あの二人の罪が認められたとしても、それで姉が戻ってくるわけではない。
罪を償ったからといって、その罪が消えるわけでもない。
その罪の重さを、自分の命で身をもって償ってほしかったのだと思う。
愛している人が亡くなるのは、心に空洞を開けられたのも一緒。
その穴を塞ぐのに、満谷さんは間違った選択をしたのかもしれない。
生きていく光ではなく、自分の手で二人の命を奪う事によってその穴を塞いできたのだ。
でも、同時にそれが過ちだということも判っている。
だから・・・彼は死を選んだのだと思う。
それは私も一緒だったのに、だから私にも死を与えてほしかったのに・・・
そんなことを私は三人の前で話していたと思う。
「たとえ、あの二人が間違っていたとしても、命を奪ってしまってはいけないのよ」
路子がそんな当たり前の事を言っていた。
もちろん、そんなこと一番判り切っている。
判っていても、切り離せなかった憎しみの方が大きくて、
だから過ちを犯してしまったというのに・・・何を言っているのだろう。
満谷さんと私が抱いた憎悪は、誰の上にも降ってくる可能性がある。
それを路子は何一つ判っていない。
たとえば・・・自分の大切な人が殺されたらどうだろう?
しかも、無残な殺され方で・・・命の尊さなど何も顧みない殺され方をしたとしても、
同じ言葉が吐けるのだろうか?
それができなかったから、今の私達はここにいる。
罪を犯した満谷さんも、それを見逃した私も、罪の重さは同じ物。
その時、三木の携帯が静かに私の空想の時間を破ったのだった。
急いで出る三木の声が明らかに落ちていく。
「満谷の死亡を確認・・・遺書も発見・・・」
その台詞を目の前で聞いていても実感が湧かない。
本当に彼はもういないのだろうか・・・。
本当に独りで逝ってしまったのだろうか・・・。
私を置いて、姉の元へ・・・。
そう思ったら涙があふれて止まらなかった。
嗚咽よりもひどく苦しい慟哭が私を襲った。
路子がそんな私に警察署への同行を求めてくる。
満谷が死んだ今、すべての事を握っているのは私だけなのだから当然だろう。
それは予想していたことだった。
だから素直に従った。
覆面パトカーに乗せられ署に着くまでの間、私はこの十五年を思い出していた。
姉が死んでしまった時、私の中ですべての色は無くなってしまったのだ。
笑う事も、楽しい事も何も見いだせない毎日。
姉が自殺だなんて、そんなことあるわけがない。
否定し続けて日記を読んだ。
やはり、姉は殺されたのだ。あの二人に・・・
憎しみは矢のように私の心に降ってくる。
しかも、とめどなくいつまでも・・・
でもあの当時、自分は子供で高校生に太刀打ちなどできるわけがない。
姉を殺した恐ろしい二人を殺さなければ・・・
思いは膨らみ、その望みをかなえてくれる人を家の中でずっと待っていた。
もちろん、待ち焦がれていたのは姉の恋人だった隣の家のお兄さん。
教師だった。
なら、この人が本当に姉を愛してくれていたのなら殺してくれる筈。
教師という仮面を剥いで、鬼の面をつけて二人を殺してくれる筈。
姉に似ている私が頼めば・・・必ずしてくれる筈。
涙も見せれば・・・必ず・・・してくれる筈。
そう確信した。
でも、時間が経過しても一向に満谷から連絡はなかった。
諦めかけていた頃・・・五年後、復讐劇の第一報が入る。
「手紙を書いてくれないかな」の声。
嬉しかった。姉への想いは忘れ去られていなかった。
そして、長い時間をかけて実行されていく殺人。
二人を殺してくれた・・・。
そう報告を受けた時、どれだけ嬉しかったか・・・。
姉が苦しんだ以上の苦しみを二人には受けてもらわねばならない。
そう思っていたから・・・彼がした殺し方は私には満足がいくものだった。
だから・・・
私は最後の仕上げをしなければならなかったのだ。
年々、私は姉に似てきたと思う。
その同じ顔で「私にも罪があるから」と「一緒に逝きたい」
この二つの言葉を言えば、彼がどんなことをしてくるかも判っていた。
私の手の中におさめた数粒の睡眠薬。
それを劇薬だからと告げて、私が眠りにつくまで傍にいた。
私は、そのすべてを最初から計算に入れて、十五年前に彼を罪の道へと誘ったのだ。
そう、これは私が計画した長い、長い殺人事件の真実。
私が、姉の同級生を許せないのと同じくらい許せない人物がいるということ。
それが、恋人の満谷だということ。
それは何故なのか・・・。
だって、あの男が一番姉の傍にいたのに、
姉の事を理解しなければならなかったのに、
それなのに、何一つ判っていないから、すべてはそこから始まったのだ。
姉が一番苦しい時に傍におらず、守れなかった鈍い男。
なら、姉が死んだ罪はこの男にもある。
だから、この男には二人を殺してくれた後に死んでもらおう。
そう思ったのだ。
自分が仕組んだ種が芽をだし葉をつけ花を咲かせる。
そう、すべては私が仕組んだのだ。
幼い「妹」の涙を流して、満谷にあの二人の殺人を頼んだのも、
姉の友人だからと言って、姉の死んだ後満谷のことを探りにきた二人に、
満谷のことを語って聞かせたのも、
高校生を惑わした不埒な教師が許せないのだと、
だから、その証拠を握ってあの男を陥れたいのだと、そう篠塚亜希子に持ちかけたのは
他の誰でもない、私なのだ。
姉の顔をした私が姉と同じ笑みで、彼を殺人者へと育て、
尚且つ、姉を殺した二人にも満谷の存在を知らせて戦わせようとしていた。
三人は出会い、いつか満谷は二人を殺すだろう。
そう確信していた。
そして必ず、この男は自分の命も絶つだろう、ということも・・・。
そして私がそこで「なら、私も逝く」という言葉を言えばどうなるか・・・
それも簡単に予測ができた。
きっと、絶対に私を道連れにはしないだろう、と。
姉の顔をした私を・・・
そう、なぜなら姉をもう一度死なすことなどできないだろうから。
だからきっと彼は独りで死ぬ事を選ぶだろう。
姉と同じ顔をした私に恋情を抱きかけた男の引き際を試したのだ。
私の中で、一番許せない男を葬ることに何の躊躇いもなかった。
自分の手を一切汚さず、三人の命を失くさせた私に罪の意識はない。
私から大切な姉を奪った報いなのだから、
あの三人には受け取ってもらわなければならないのだ。
だから・・・私はきっとここからの刑事との戦いも負けることはないだろう。
なぜなら、すべての殺人をやってのけたのは満谷本人なのだから・・・
ただ、私は子供の頃に頼んだだけで・・・
高校生の時に頼まれた手紙を書いただけで・・・
ただ、三人を引き合わせただけ。
すべては殺意を持っていた満谷がしたことなのだから・・・。
まさか、本気で満谷が人を殺す計画を練っていたなど知らないと、
そう証言すればいいのだから。
罪を犯した者と犯さない者の違いは雲泥の差がある。
口で言った言葉が罪だというのなら・・・
それを罪というのなら・・・
誰がそれを証言できるというのだろう。
その盲点をついた長い殺人を私が計画していたなど・・・
誰が判るというのだろう。
誰も判る訳がない。
用意周到に仕掛けられた網にかかった瞬間から、
満谷は殺人者への階段を登らされていたのだから。
本人がそうだったのかと気がつく前に、
死へと追い詰められていたことに気がついていないのだから。
だから、誰も私のことを殺人者だとは言えはしないだろう。
きっと、この先も・・・永遠に。
私は松木彩香。
今、私の目の前に同級生がインターホンを鳴らし終えて玄関を開け立っている。
「彩香?ちょっと話があるんだけど・・・」
その声達を家の中に招き入れて、これから私は芝居をしなければならなかった。
きっと、この三人は私のことを疑ってきているに違いないのだ。
三人。津川理恵子と佐川路子。そして三木と名乗る刑事。
この三人が私のところに行き着いたということは・・・
きっと姉の自殺の件から、
姉の同級生が不審な死を遂げていることに疑問を感じたからだろう。
もちろん、それは私が引いておいた伏線が役にたっているのかもしれない。
まさか、あの同窓会で満谷さんの名前を訊く事になろうとは思っていなったけれど、
それでも、私は路子の話を遮るのではなく、
あの三つの事件が繋がっているようにみんなに思わせることができた。
いや、思わせたのではない。
だって、本当に繋がっているのだから・・・。
真実を語っただけなのだ。
そう、真実。
そして私はこれから三人に「事実」を言わなければならないのだろう。
「事実」の裏に隠した「真実」を言わずに、
ただ、起きたことだけを言えばいい。
「どうしたの?二人で・・・しかも刑事さんを連れて・・・」
そう微笑んだ私に、路子が警察手帳を見せて自分も刑事であることを主張したのだった。
「路子・・・。刑事さんだったの?」
これには本当に驚いた。
だからこの時は何一つ飾っていない私を見せる事ができただろう。
「えぇ、そしてあなたに訊きたい事というのは・・・十五年ぐらい前まで隣に住んでいた、満谷貴雄という人についてよ・・・・」
本当に、突然その名前を言われたものだから、
私は動揺して路子の顔を凝視してしまっていた。
変に思われても仕方なかった。
だが、隠すことはできなかった。
「・・・・えぇ。住んでいたわね」
やっと口から洩れた言葉に、すかさず路子が道を切り開こうとこじ開けてくる。
「今、満谷がどこにいるか知っているんじゃないかと思って。もし知っているのなら教えてほしいんだけど」
「どうして?」
「事件の参考人として、訊きたい事がたくさんあるの。もしかしたらあなたのお姉さんの自殺も絡んでくるかもしれないのよ」
絶句した表情の私を見ながら、
三木という刑事も「何かを知っているのなら教えてください」と懇願してきたのだった。
私が知っている事・・・。それは・・・。
「満谷が死んでしまうかもしれないのよ!」
こう一喝されて、私は緊張の糸が切れてしまい涙を一滴流したのだった。
その涙を、現れた三人が見過ごすはずがない。
「どうしたの?」
震える唇を指で抑えるのがやっとだった。その指さえも震えていた。
「私が・・・、私が悪いの」
その台詞を言い終わってから、私はこの十五年間に起こったすべてを三人に告白していた。
長い、長い告白。
姉が死んでから日記が見つかり、
姉が死ぬよりもつらいイジメにあっていたこと。
そしてその日記を満谷さんに見せてしまったこと。
泣きながら小六の少女だった自分が、彼に二人の女を殺す事を要求してしまったこと。
そして、それを遂行するために、一度だけ満谷さんに頼まれて手紙を書いたこと。
でも、本当に殺すとは思っていなかったのだと、
篠塚亜希子が死んでからの五年間は、ものすごく怖かったこと。
自分が言ってしまった一言で、きっと彼は殺人をしているに違いない。
そして、つい三ヶ月前、田宮由里も殺されてしまった事。
いくらなんでも、おかし過ぎると絶対に誰かが気がついてくれるに違いない。
でも、本当の事は言えない。
そして、同窓会で路子が話してくれた事を引き金にして、
誰かがこの殺人連鎖を見つけてくれたら・・・。
それを待っていたのだと、そして明け方に満谷が現れたのだという事も。
「一足違い・・・」
そう悔しそうに言った路子は、続けて彼の住まいがどこにあるのかを訊いてきたのだった。
だから訊かれた事に嘘は言わなかった。
「●●三丁目にあるアパートです。私が悪いから、私のせいだから、あの人に私も一緒に逝くからって言ったのに、なのに、あの人が私に飲ませた薬は睡眠薬で・・・実はさっき、本当にさっき、あなた達のインターホンで目が覚めたんです」
こう言い終わる頃に、私の瞳からは涙がとめどなく流れていた。
でも、これが紛れもない事実。
自分が幼かったとはいえ、一人の男の人生を変えてしまった揺るぎない事実。
ガタンと席を急いで立って、慌てて三木が同僚に電話をしている。
きっと、満谷さんの所在を確認しにいったのだろう。
そして彼は変わり果てた姿で発見されるのかもしれない。
朝まで生きていた彼。
この手に残る、薬を握らされた時の彼の手の温もり・・・・。
「どうして今まで話してくれなかったの?」
「どう話せば良かったの?」
「少なくとも、あの同窓会で警察に話をしてくれていれば、満谷を見つけることができていたわ」
「・・・・そう。そうね、でも、こんなに長い時間をかけて人を殺すだなんて考えていなかったの。篠塚亜希子さんにしても、事故かもしれないじゃない。亡くなったのは不幸な偶然かもしれないじゃない。十五年も経過して、また満谷さんがあの人を殺すだなんて思わないでしょ?私、ニュースで知ったの。まさかって・・・でも、今朝彼が私のところにやってきた時に告白してくれたの。すべて自分がした事だからって・・・やっと、姉の無念を晴らせたからって。だから・・・もうそろそろ楽になりたいんだって」
ぐっとこらえた感情が話すことによってポロポロとこぼれ落ちていく。
そんな涙が流れていた。
「満谷さんと姉が付き合っていたことを知ったのは、あの自殺した年の梅雨時期だった。教師と女子高生がそんな仲だなんて世間に知れたら、間違いなく満谷さんは糾弾される。それを一番恐れていた姉が隠し続けた。同級生の二人に陰湿で執拗なイジメをされていても・・・必死に耐えた。日記には『死んでしまいたい』って書かれていたけれど、絶対に姉は死ぬ事を選びはしないだろうって確信していたの。でも・・・学校の屋上から飛び降りてしまった。感情的になった私が、満谷さんに言ってしまった一言でこんなことになってしまって、責任を感じています。でも、あの時あの二人は姉を殺したのだと満谷さんは言っていました。それなら、あの二人に罪はないのでしょうか?姉を殺したあの二人には罪の重さが何一つ判っていないのだと・・・」
これ以上は言葉が出てこなかった。
罪のある人間を人が裁く事が出来るのは唯一、裁判だけ。
それにかけることができたとしても、きっと満谷さんは満足できなかったのだと思う。
あの二人の罪が認められたとしても、それで姉が戻ってくるわけではない。
罪を償ったからといって、その罪が消えるわけでもない。
その罪の重さを、自分の命で身をもって償ってほしかったのだと思う。
愛している人が亡くなるのは、心に空洞を開けられたのも一緒。
その穴を塞ぐのに、満谷さんは間違った選択をしたのかもしれない。
生きていく光ではなく、自分の手で二人の命を奪う事によってその穴を塞いできたのだ。
でも、同時にそれが過ちだということも判っている。
だから・・・彼は死を選んだのだと思う。
それは私も一緒だったのに、だから私にも死を与えてほしかったのに・・・
そんなことを私は三人の前で話していたと思う。
「たとえ、あの二人が間違っていたとしても、命を奪ってしまってはいけないのよ」
路子がそんな当たり前の事を言っていた。
もちろん、そんなこと一番判り切っている。
判っていても、切り離せなかった憎しみの方が大きくて、
だから過ちを犯してしまったというのに・・・何を言っているのだろう。
満谷さんと私が抱いた憎悪は、誰の上にも降ってくる可能性がある。
それを路子は何一つ判っていない。
たとえば・・・自分の大切な人が殺されたらどうだろう?
しかも、無残な殺され方で・・・命の尊さなど何も顧みない殺され方をしたとしても、
同じ言葉が吐けるのだろうか?
それができなかったから、今の私達はここにいる。
罪を犯した満谷さんも、それを見逃した私も、罪の重さは同じ物。
その時、三木の携帯が静かに私の空想の時間を破ったのだった。
急いで出る三木の声が明らかに落ちていく。
「満谷の死亡を確認・・・遺書も発見・・・」
その台詞を目の前で聞いていても実感が湧かない。
本当に彼はもういないのだろうか・・・。
本当に独りで逝ってしまったのだろうか・・・。
私を置いて、姉の元へ・・・。
そう思ったら涙があふれて止まらなかった。
嗚咽よりもひどく苦しい慟哭が私を襲った。
路子がそんな私に警察署への同行を求めてくる。
満谷が死んだ今、すべての事を握っているのは私だけなのだから当然だろう。
それは予想していたことだった。
だから素直に従った。
覆面パトカーに乗せられ署に着くまでの間、私はこの十五年を思い出していた。
姉が死んでしまった時、私の中ですべての色は無くなってしまったのだ。
笑う事も、楽しい事も何も見いだせない毎日。
姉が自殺だなんて、そんなことあるわけがない。
否定し続けて日記を読んだ。
やはり、姉は殺されたのだ。あの二人に・・・
憎しみは矢のように私の心に降ってくる。
しかも、とめどなくいつまでも・・・
でもあの当時、自分は子供で高校生に太刀打ちなどできるわけがない。
姉を殺した恐ろしい二人を殺さなければ・・・
思いは膨らみ、その望みをかなえてくれる人を家の中でずっと待っていた。
もちろん、待ち焦がれていたのは姉の恋人だった隣の家のお兄さん。
教師だった。
なら、この人が本当に姉を愛してくれていたのなら殺してくれる筈。
教師という仮面を剥いで、鬼の面をつけて二人を殺してくれる筈。
姉に似ている私が頼めば・・・必ずしてくれる筈。
涙も見せれば・・・必ず・・・してくれる筈。
そう確信した。
でも、時間が経過しても一向に満谷から連絡はなかった。
諦めかけていた頃・・・五年後、復讐劇の第一報が入る。
「手紙を書いてくれないかな」の声。
嬉しかった。姉への想いは忘れ去られていなかった。
そして、長い時間をかけて実行されていく殺人。
二人を殺してくれた・・・。
そう報告を受けた時、どれだけ嬉しかったか・・・。
姉が苦しんだ以上の苦しみを二人には受けてもらわねばならない。
そう思っていたから・・・彼がした殺し方は私には満足がいくものだった。
だから・・・
私は最後の仕上げをしなければならなかったのだ。
年々、私は姉に似てきたと思う。
その同じ顔で「私にも罪があるから」と「一緒に逝きたい」
この二つの言葉を言えば、彼がどんなことをしてくるかも判っていた。
私の手の中におさめた数粒の睡眠薬。
それを劇薬だからと告げて、私が眠りにつくまで傍にいた。
私は、そのすべてを最初から計算に入れて、十五年前に彼を罪の道へと誘ったのだ。
そう、これは私が計画した長い、長い殺人事件の真実。
私が、姉の同級生を許せないのと同じくらい許せない人物がいるということ。
それが、恋人の満谷だということ。
それは何故なのか・・・。
だって、あの男が一番姉の傍にいたのに、
姉の事を理解しなければならなかったのに、
それなのに、何一つ判っていないから、すべてはそこから始まったのだ。
姉が一番苦しい時に傍におらず、守れなかった鈍い男。
なら、姉が死んだ罪はこの男にもある。
だから、この男には二人を殺してくれた後に死んでもらおう。
そう思ったのだ。
自分が仕組んだ種が芽をだし葉をつけ花を咲かせる。
そう、すべては私が仕組んだのだ。
幼い「妹」の涙を流して、満谷にあの二人の殺人を頼んだのも、
姉の友人だからと言って、姉の死んだ後満谷のことを探りにきた二人に、
満谷のことを語って聞かせたのも、
高校生を惑わした不埒な教師が許せないのだと、
だから、その証拠を握ってあの男を陥れたいのだと、そう篠塚亜希子に持ちかけたのは
他の誰でもない、私なのだ。
姉の顔をした私が姉と同じ笑みで、彼を殺人者へと育て、
尚且つ、姉を殺した二人にも満谷の存在を知らせて戦わせようとしていた。
三人は出会い、いつか満谷は二人を殺すだろう。
そう確信していた。
そして必ず、この男は自分の命も絶つだろう、ということも・・・。
そして私がそこで「なら、私も逝く」という言葉を言えばどうなるか・・・
それも簡単に予測ができた。
きっと、絶対に私を道連れにはしないだろう、と。
姉の顔をした私を・・・
そう、なぜなら姉をもう一度死なすことなどできないだろうから。
だからきっと彼は独りで死ぬ事を選ぶだろう。
姉と同じ顔をした私に恋情を抱きかけた男の引き際を試したのだ。
私の中で、一番許せない男を葬ることに何の躊躇いもなかった。
自分の手を一切汚さず、三人の命を失くさせた私に罪の意識はない。
私から大切な姉を奪った報いなのだから、
あの三人には受け取ってもらわなければならないのだ。
だから・・・私はきっとここからの刑事との戦いも負けることはないだろう。
なぜなら、すべての殺人をやってのけたのは満谷本人なのだから・・・
ただ、私は子供の頃に頼んだだけで・・・
高校生の時に頼まれた手紙を書いただけで・・・
ただ、三人を引き合わせただけ。
すべては殺意を持っていた満谷がしたことなのだから・・・。
まさか、本気で満谷が人を殺す計画を練っていたなど知らないと、
そう証言すればいいのだから。
罪を犯した者と犯さない者の違いは雲泥の差がある。
口で言った言葉が罪だというのなら・・・
それを罪というのなら・・・
誰がそれを証言できるというのだろう。
その盲点をついた長い殺人を私が計画していたなど・・・
誰が判るというのだろう。
誰も判る訳がない。
用意周到に仕掛けられた網にかかった瞬間から、
満谷は殺人者への階段を登らされていたのだから。
本人がそうだったのかと気がつく前に、
死へと追い詰められていたことに気がついていないのだから。
だから、誰も私のことを殺人者だとは言えはしないだろう。
きっと、この先も・・・永遠に。