<姉妹・7 核心>

津川理恵子はどうしても満谷に逢いたかった。

自分に代筆をしてほしいと頼んだ教師の行方はあれから判らなかったが、

でも、どうしても彼の行方を捜さなければならない思いに駆られたのだ。

早くしなければ、でなければきっと彼は死んでしまう。

なぜなら、満谷は二人の女性の命を握り潰すように殺してしまった張本人だと思うから。

根拠はない。

ただ、理恵子の心の奥底が「絶対にそうだと」喚いているのだった。

その二人も殺している満谷の行き着く先が・・・

終着駅が『死』だけのような気がして、

たまらず理恵子は携帯電話を片手に震える指先でボタンを操っていた。

発信先は、あの同窓会で詳しい事を話していた彼女である。

「路子?ごめんね。いきなり電話して・・・でも、聞きたい事があって・・・」

そう言った私の声があまりにも切羽詰まった声だったから路子は驚いて、

「判ったわ。じゃ、近くのカフェで待ってる」

電話では話しづらいからと私が言うと、路子はカフェを指定してきたのである。

佐川路子は同窓会であの話を詳しく話していた人物で、

付き合っている彼が篠塚亜希子の同級生らしい。

だから今回のことに誰よりも関心を持ち、

情報を持っていると理恵子は思っている。

指定されたカフェで待っていると、

急いでやってきてくれた路子が手を振りながら席に着いた。

注文を訊きにきた店員に「紅茶」と言うと、すかさず続けて「レモン」と付け加えている。

「っで、どうしたの?理恵子が慌ててるなんておかしいじゃない」

紅茶が運ばれてから路子は楽しそうに話掛けてくる。

「・・・・うん」

躊躇いがちに理恵子はカップを口に運び、ぬるくなった珈琲を啜った。

「どうしたのよ?」

路子は自分を呼び出したのに煮え切らない理恵子の態度を見て、

早く先を話すように促した。

理恵子自身も呼び出したものの路子にどう切り出したらいいのか判らなかったのである。

直接、満谷のことを聞き出せばいいとは思うけれど、

どうしてそんなに中学の時の教師に執着するのかと訊かれたら、

もう本当の事を話すほかないと腹をくくった。

「あの同窓会で話してくれた話をもう一度聞きたくて・・・・」

「同窓会の話?」

「えぇ」

遠慮がちに言う理恵子の顔を、「ははぁん」と呟きながら路子は勝手に頷いている。

「な、なに?」

その様子に理恵子はたじろいで、そのふざけた路子に目をしかめてみた。

「理恵子、あの先生のこと好きだったもんね。なに?逢いたくなったの?」

思っていた反応と違う反応を示した路子に唖然としつつも、

自分にとって好都合な状況に話が進んだことに対して理恵子は心の中で手を打って喜んだ。

「やっぱり、わかる?」

最初の不安げな顔を打ち消して、恋心が再燃した女の表情を作ってみせる理恵子。

その顔を見て路子は再度頷いたのである。

ごめん、路子。嘘吐いて。

そう心の中で謝りながら理恵子は路子に本題を訊く事にしたのである。

「先生を最後に見たのはどこ?」

「満谷を最後に見たとこ?うーん、どこだったかな」

しばし顔を上に向けて路子は考える格好をとる。

すると、思い出したように手を叩いて理恵子に発見現場を教えてくれた。

「確か、この近くの○○町にある洋品店の路地よ。ちょうど私そこの角にあるコンビニに行く途中だったの」

「○○町・・・・?」

「えぇ、そうよ。そういえば満谷って、昔ここら辺に住んでたのよ」

「えっ?」

そんな話は初耳だった。

自分が好意を抱いている先生の住んでいる家ぐらいリサーチしていたはずなのに、

自分が知っている場所とは違っていたから、理恵子は訝しんだ。

「え?だってあの先生が住んでた家って向井先生と同じアパートだったから××町でしょ?」

「やだ、それは引っ越してからでしょ?」

「引っ越し?」

「そうよ。引っ越しよ」

路子の言う事の方が間違っている。

だってあの先生は私が気になりだした時からあのアパートにいたんだから。

自分の記憶が間違っていないことを確認すると、向かい合っている路子の顔を見た。

でも、路子はそんな理恵子の自身に満ちた顔を吹き飛ばすぐらい笑いだしたのだ。

「そうよね。そうだわ。理恵子が知らなくて当然なのよ」

「・・・な、なにが?」

「満谷の引っ越しをよ。だって、あなた大事なこと忘れているんだもの」

大事なこと?これ以上に大事なことなんてない。

しかも路子は「忘れている」と断定してしまっている。

なら、何を自分が忘れているというのだろう。

でもとにかく今は先を話して・・・

そう言いかけて、理恵子は自分の間違いに気がついたのだった。

「あ・・・・」

小さく呟いた認識の声だったというのに、路子は聞き逃していなかった。

「ね?わかった?」そう言ってくる。

理恵子は小さくもう一度「うん」と言うと、

自分の記憶の危うさを恐ろしく感じた。

確かに、理恵子の言う事も間違ってはいなかった。無論、路子の言う事も。

理恵子は満谷が引っ越していないと言い、路子は引っ越していると言う。

その両方が間違っていないとするならば・・・

あと考えられる間違いは・・・・二人の指摘した「時間」が違うということだけだった。

路子の言う満谷の引っ越しとは、中学二年に上がる前の出来事であり、

その記憶自体、理恵子の中には存在しなくて当たり前のことなのである。

なぜなら、理恵子は中学二年生になった時にこの街に転校してきたのだから。

それまでの満谷の事を知らなくて当然なのだ。

そう、そうだった。

私が満谷に恋心を抱いた瞬間が、

あの中二の時に初めて跨いだ校舎で靴箱を捜していた時、

一緒に場所を見つけてくれた事がきっかけだったのだから。

そんな淡い想いを思い出しかけて、ふと現実に引き戻された理恵子だった。

なら、この街で三番目に亡くなった女性と満谷は何をしていたというのだろう。

そのままその疑問を路子に話したら、路子は簡単に

「そりゃ、紹介じゃない?親に・・・・」

「親に・・・って、先生ご両親亡くなってるでしょ?」

そこは間違ってないと断言ができる。

淡い恋を胸に抱いた時によくやる妄想の一つに、

「この人と結婚できたら?」というのをやらないだろうか?

その妄想を現実的にしたくて、理恵子は満谷に一度、

「先生のご両親ってお幾つなんですか?」って訊ねたことがあるのだ。

馬鹿らしいと笑うかもしれないが、妄想に脚色をしたくなったのである。

っで、帰ってきた言葉が「いないよ。両親ともいないんだ」

そう寂しそうに話してくれたのを今でも憶えているのだから。

「へぇ、そうなんだ。満谷って両親ともいないんだ。あれ?ならなんでこの街に帰ってきたのかしら?」

「・・・・」

そう、疑問はそこにかえるのである。

堂々めぐりのようなその疑問に、終止符が打てない焦りが偶然を伴ってきたのだった。

「ねぇ、先生の元の家って・・・・ここら辺のどこ?」

「あぁ、そうねぇ・・・・・ほら、あそこ・・・あの家の・・・」

そう言いかけて路子の声が一瞬凍りついたのだった。

視線を一点に集中していたと思ったら、

今度は眉間に皺を寄せながらしきりに瞳を彷徨わさせたのである。

「どうしたの?」

そんな不可解な路子の態度に、理恵子は声を掛けていた。

「ひとつ、思い出した事があったのよ・・・・」

さっきまで調子づいて話していた声を低くして、

路子は真剣な面持ちで理恵子へと口を開いた。

「今度はなに・・・」

今度は何を言われても動じない。

そう心に誓って、路子が話しだすのを待っていた。

すると、時間が経つにつれて路子の様子がおかしくなっていったのである。

鞄の中から携帯を取り出すと、いきなり電話をかけだしたのだ。

「どこにかけてるの?」

人と話をしているというのに中断して何も言わずに勝手に電話。

そのおかしな行動をした路子がどれだけ慌てているか、

その姿で理恵子は確認できていた。

「ごめんね。後から話すから・・・」そう理恵子に向って手を合わせて謝っている路子。

それなら待つしかないが、路子の携帯から繋がっているのが誰なのか、

その話し方で理恵子は察する事が出来ていた。

「こうちゃん?・・・今思い出したんだけど、○○町にある、松木さんの家って・・・。うん、そう。やっぱり?たぶん、きっとそうよ」

そう言いながら何度も頷くと、路子は深く大きい溜息を吐きだしていた。

「こうちゃんって、彼氏?用事はすんだ?」

電話が終わった路子に理恵子はそう訊ねると、

テーブルに片肘をついて、その手の甲に顎を乗せてみた。

そんな緩慢な態度をした理恵子に路子は見直して、

「今日、あなたに逢って良かったわ。私も忘れていたことを思い出せたから・・・」

と耳に髪の毛を掛け直しながら、

何のことを話しているのか判らない言葉を口にしたのだった。

「そう、私も忘れてた。もう、十五年前のことだから記憶に残っていなかった。でも、それを今日、あなたに逢った事で思い出したのよ」

「何のことを言っているの?」

「でも、それを思い出してしまったことで、私は友人を一人なくしてしまうかもしれない」

路子はそう言うと店内を見回して、「ここを出ましょうか?」と顔を強張らせていた。

何の事を言っているのかさっぱり判らない理恵子は、

仕方なく路子に従うしかなかったのだが、

店を出てから我慢が出来なくなって声に出してしまっていた。

「さっきから、何のことを言っているの?電話を切ってから変よ、路子」

怪訝な顔つきで路子の顔を覗き込むと、路子は今にも泣き出しそうな顔をしている。

「ついてきて・・・・・」

そう言うと鼻を啜りながら路子は、

理恵子と連れだってその店から離れて路地を曲がったのだった。

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<姉妹・8 傀儡>に続く。