<Rain>
とても君の声が聴きたいと思ったんだ。
そして、無性に君に会いたいとも思った。
それがどうしてなのかわからないけれど・・・
君の笑っている顔にもう一度会いたいと思ったんだ。
おかしいよね。おかしいんだ。
僕が君に会いたいと思うなんてね。
しかも、君との思い出を浮かべて懐かしんだりもしてる。
そう、こんな風にね・・・
君の声はどんな声だっただろうか?
君の頬はどれくらい柔らかかっただろうか?
君の吐息も指の細さも、唇が震えていたあの瞬間も
こんなに君を思い出せるのに・・・
君の声がどうしても思い出せないんだ.。
でも、今の僕は君に会うことも叶わない。
君が住んでいる街も、
君がどんな家庭を持っているのかも
あの角を曲がれば、君の家があることも知っているというのにね。
あの時の僕達は会うことさえもままならない、
会いたくても君の家庭の事情で会えなかったり、
世間の目を気にして安らいで会うということはできなかった。
僕の家で会う事も、外に君を連れ出して会う事もできず、
いつも僕の車の中だったよね。
狭い空間だけが僕達の居場所で、
触れ合う指の隙間からお互いを欲しがる溜息がこぼれたり、
切ない想いをのせた口づけだけで気持ちを確かめあった。
だからなのかな・・・
車窓から見る風景が小さくぼやけて記憶されていて、
写真のように美しく残らず、心に響いてこないんだ。
それとも・・・
いつも君の横顔だけを見ていたから憶えていないんだろうか・・・
でもね、そんな僕でも一つだけ憶えている事があるんだよ。
それは・・
いつも君と会っている時は雨が降っていたということ・・・
傘をさして僕を待つ君の姿。
濡れた肩を気にしてハンカチで拭う仕草は
たぶん、あの時の僕にしか見る事ができない至福の一枚となっている。
弱く細い無数の雨がフロントガラスを覆い、
僕達二人がそこにいることを隠してくれて、
何もかもが僕達を守っていたような錯覚が生まれたんだ。
でも・・・本当は何もかもを貫き通す苦しい雨が降っていただけなんだよね。
僕達の脆い愛情に降りしきり、
僕達を守っていると感じた雨が、
じつは急速に熱い感情を覚ます役割を担っていたなど、
どうしてあの時気がつくことができただろうか・・・
確かに、君には僕よりも他に守らなければならないものがあっただろう。
僕を愛していると言いつつも、
心の隅にはいつも小さな手の主を一番大切に思っていた君がいたのだから・・・。
君は家庭から逃げだしたい思いを抱え、
でも子供は置いてはいけないと心を揺らしていた。
ちょうどそこへ出会ってしまった僕が、
君を雨の世界へと誘っただけなのかもしれない。
「逃げたい思い」を僕への愛情だと勘違いして
ただ、君は僕の横にいただけなのかもしれない。
だから、僕は君の気持ちを試したくなったんだ。
「もう、やめにしないか・・・」
低く冷たい言葉に君はいつものように僕からの「愛」を聞いているかのような素振りで、
「そう・・・」とだけ呟いた。
あの時、僕が何も言わず、君を失わずにいたら今頃どうなっていたのだろう。
きっと、でも・・・
やはり君を独り占めできない苦しみに僕は悩み続けるのかもしれない。
今、君とよく来た海に来ているんだ。
駐車場に停めて、あの時聞いていた曲をかけてみる。
砂浜と海と・・・やはり雨が必要で・・・
今日も雨は降っている。
君を奪いきれなかった僕の不甲斐なさ・・・
そして、今でも君を思い続ける愛の深さ。
その二つが吊り合っていたなら、
今でもきみとここに来ていたような気がするよ。
そんなことを思っていた時、
一つの言葉を思い出したんだ。
「ねぇ、お願いがあるの」
躊躇いがちに君は顔を上げて、でも瞳は真っ直ぐ僕を見て、
「私はあなたにさよならを言えないと思うから、あなたから切り出してね」
最初に車の中で言われた言葉。
やっと思い出せた君の声は、
切ない吐息とともに僕の前へと流れついていた。
まるでそれは波のようでリフレインしつづけている。
唇を震わせ、いずれ訪れるであろう別れを想像して君は僕に告げていたんだ。
僕達が別れることを君は確信していたんだと、いま気がついたよ。
君はこのままの関係でも僕を愛し続ける強さがあったのに、
僕がその強さを愛ではないと、読み間違えるだろうことも計算して、
ただ、それでも君は僕に別れる選択肢を残してくれたのだ。
僕が我慢できないことも見越して、あの刹那の時間を過ごしていたのだ。
いつ別れを切り出されるか、本当に恐れながら・・・
永くはない愛。
でも、僕の中では今でもまだこんなに君を想っているんだよ。
きっと君は今ではそんなことも気にも留めないだろうけれど・・・
もし、君がまだ僕を想っているのなら、
この雨の中、一粒の雨に僕を映してくれているだろうか?
僕が見ている雨の世界を、
君は別の場所で同じ雨を見てくれているだろうか・・・
まさかね・・・そんなことがあるわけがない。
別れを告げた男の事など、きっと君は忘れているだろう。
そう思って、車を動かそうとした時・・・
ふと、君の姿を窓越しに見てしまった。
見上げた先に君はあの時と同じ車に乗っていて、遠い目をしながら海を眺めている。
そんな君は僕がここにいることも気が付いていない。
幻かと思った次の瞬間、僕は車から急いで降りて君へと駆け寄っていた。
どうして・・・
助手席の窓を軽く叩いて君の瞳を捉えてみる。
いる筈のない男が窓を叩いている。
君の驚いた顔と高揚した僕の顔。
やっと、出会えたような気さえした雨の中・・・僕は一つの言葉を声にしていた。
「助手席、座っていいかな・・・話がしたいんだ」
瞳の端からこぼれた涙は君も僕に逢いたがっていたのだと、
そう解釈してもいいのだろうか?
この雨の中、僕を探してここに辿り着いたのだと、そう思ってもいいのだろうか?
もう僕は躊躇ったりしない。
そして後悔もしない。
君をあの家から奪ってみせる。
今・・・同じ場所にいる君へ、そう声にして届けたい。
この雨とともに・・・
とても君の声が聴きたいと思ったんだ。
そして、無性に君に会いたいとも思った。
それがどうしてなのかわからないけれど・・・
君の笑っている顔にもう一度会いたいと思ったんだ。
おかしいよね。おかしいんだ。
僕が君に会いたいと思うなんてね。
しかも、君との思い出を浮かべて懐かしんだりもしてる。
そう、こんな風にね・・・
君の声はどんな声だっただろうか?
君の頬はどれくらい柔らかかっただろうか?
君の吐息も指の細さも、唇が震えていたあの瞬間も
こんなに君を思い出せるのに・・・
君の声がどうしても思い出せないんだ.。
でも、今の僕は君に会うことも叶わない。
君が住んでいる街も、
君がどんな家庭を持っているのかも
あの角を曲がれば、君の家があることも知っているというのにね。
あの時の僕達は会うことさえもままならない、
会いたくても君の家庭の事情で会えなかったり、
世間の目を気にして安らいで会うということはできなかった。
僕の家で会う事も、外に君を連れ出して会う事もできず、
いつも僕の車の中だったよね。
狭い空間だけが僕達の居場所で、
触れ合う指の隙間からお互いを欲しがる溜息がこぼれたり、
切ない想いをのせた口づけだけで気持ちを確かめあった。
だからなのかな・・・
車窓から見る風景が小さくぼやけて記憶されていて、
写真のように美しく残らず、心に響いてこないんだ。
それとも・・・
いつも君の横顔だけを見ていたから憶えていないんだろうか・・・
でもね、そんな僕でも一つだけ憶えている事があるんだよ。
それは・・
いつも君と会っている時は雨が降っていたということ・・・
傘をさして僕を待つ君の姿。
濡れた肩を気にしてハンカチで拭う仕草は
たぶん、あの時の僕にしか見る事ができない至福の一枚となっている。
弱く細い無数の雨がフロントガラスを覆い、
僕達二人がそこにいることを隠してくれて、
何もかもが僕達を守っていたような錯覚が生まれたんだ。
でも・・・本当は何もかもを貫き通す苦しい雨が降っていただけなんだよね。
僕達の脆い愛情に降りしきり、
僕達を守っていると感じた雨が、
じつは急速に熱い感情を覚ます役割を担っていたなど、
どうしてあの時気がつくことができただろうか・・・
確かに、君には僕よりも他に守らなければならないものがあっただろう。
僕を愛していると言いつつも、
心の隅にはいつも小さな手の主を一番大切に思っていた君がいたのだから・・・。
君は家庭から逃げだしたい思いを抱え、
でも子供は置いてはいけないと心を揺らしていた。
ちょうどそこへ出会ってしまった僕が、
君を雨の世界へと誘っただけなのかもしれない。
「逃げたい思い」を僕への愛情だと勘違いして
ただ、君は僕の横にいただけなのかもしれない。
だから、僕は君の気持ちを試したくなったんだ。
「もう、やめにしないか・・・」
低く冷たい言葉に君はいつものように僕からの「愛」を聞いているかのような素振りで、
「そう・・・」とだけ呟いた。
あの時、僕が何も言わず、君を失わずにいたら今頃どうなっていたのだろう。
きっと、でも・・・
やはり君を独り占めできない苦しみに僕は悩み続けるのかもしれない。
今、君とよく来た海に来ているんだ。
駐車場に停めて、あの時聞いていた曲をかけてみる。
砂浜と海と・・・やはり雨が必要で・・・
今日も雨は降っている。
君を奪いきれなかった僕の不甲斐なさ・・・
そして、今でも君を思い続ける愛の深さ。
その二つが吊り合っていたなら、
今でもきみとここに来ていたような気がするよ。
そんなことを思っていた時、
一つの言葉を思い出したんだ。
「ねぇ、お願いがあるの」
躊躇いがちに君は顔を上げて、でも瞳は真っ直ぐ僕を見て、
「私はあなたにさよならを言えないと思うから、あなたから切り出してね」
最初に車の中で言われた言葉。
やっと思い出せた君の声は、
切ない吐息とともに僕の前へと流れついていた。
まるでそれは波のようでリフレインしつづけている。
唇を震わせ、いずれ訪れるであろう別れを想像して君は僕に告げていたんだ。
僕達が別れることを君は確信していたんだと、いま気がついたよ。
君はこのままの関係でも僕を愛し続ける強さがあったのに、
僕がその強さを愛ではないと、読み間違えるだろうことも計算して、
ただ、それでも君は僕に別れる選択肢を残してくれたのだ。
僕が我慢できないことも見越して、あの刹那の時間を過ごしていたのだ。
いつ別れを切り出されるか、本当に恐れながら・・・
永くはない愛。
でも、僕の中では今でもまだこんなに君を想っているんだよ。
きっと君は今ではそんなことも気にも留めないだろうけれど・・・
もし、君がまだ僕を想っているのなら、
この雨の中、一粒の雨に僕を映してくれているだろうか?
僕が見ている雨の世界を、
君は別の場所で同じ雨を見てくれているだろうか・・・
まさかね・・・そんなことがあるわけがない。
別れを告げた男の事など、きっと君は忘れているだろう。
そう思って、車を動かそうとした時・・・
ふと、君の姿を窓越しに見てしまった。
見上げた先に君はあの時と同じ車に乗っていて、遠い目をしながら海を眺めている。
そんな君は僕がここにいることも気が付いていない。
幻かと思った次の瞬間、僕は車から急いで降りて君へと駆け寄っていた。
どうして・・・
助手席の窓を軽く叩いて君の瞳を捉えてみる。
いる筈のない男が窓を叩いている。
君の驚いた顔と高揚した僕の顔。
やっと、出会えたような気さえした雨の中・・・僕は一つの言葉を声にしていた。
「助手席、座っていいかな・・・話がしたいんだ」
瞳の端からこぼれた涙は君も僕に逢いたがっていたのだと、
そう解釈してもいいのだろうか?
この雨の中、僕を探してここに辿り着いたのだと、そう思ってもいいのだろうか?
もう僕は躊躇ったりしない。
そして後悔もしない。
君をあの家から奪ってみせる。
今・・・同じ場所にいる君へ、そう声にして届けたい。
この雨とともに・・・