<うたかたの夢>

偶然・・・あなたを見かけました。

日曜日の昼下がり、ショッピングセンターの中で、

まさか、こんなところで出会えるとは思っていなくて・・・

自分がどういう立場にいる人間なのか忘れてしまい、

自然に声をかけてしまいそうになっていた。

でも、思いとどまることができたのは・・・

そこにいるのが、いつものスーツ姿ではないあなただったからだと思います。

ジーンズに黒いTシャツ、皮ジャンも黒いけれどどこか品がある・・・

そして、きっとその服を選んであなたに着せているのは、

隣で笑っている奥さんなのでしょうね。

そう、きっとその人があなたの奥さんなんです。

私はあなたに気がついたけれど

あなたは私に気がつくことなく、

ただ夢中で隣にいる奥さんと話をしていました。

本当は見たくなかったけれど、

現実を知る事ができたから、

自分の立ち位置を見失わずにすんだから

ここで、奥さんと一緒にいるあなたを見る事ができて良かったのかもしれない。

あなたは、もう覚えていないかもしれないけれど、

あなたが私に言った数々の言葉は、
    (がんじがら)
まるで私を雁字搦めにしてしまう鎖のようでした。

『君と一緒にいると安らぐんだよ』『妻とは会話もないんだ』

『必ず別れる、だから待っていてくれないかな・・・』

寂しげに項垂れて私の隣に座り、そう言っていました。

それがいつになるのか。

どこまで待てばいいのか。

正直、私にはわからなかったけれど、

あなたの事を信じていたから待つことができたんです。

でも、あなたの言葉の中に真実を見つけられなかった私は

ここでこうして現実に立ち往生する羽目になっている。

いいえ、これまでのあなたのすべてに真実などあったのでしょうか?

私に対する嘘と奥さんに対する嘘。

その狭間で行ったり来たりを繰り返しているあなたに

真実があったなど、どうして信じることができたのでしょうね。

きっとそれは私自身もあなたと一緒に、

夢の中を彷徨っていたからなのかもしれません。

今思えば、真実を語っていないあなたから、

それを見つけることができないのは当たり前のことなんですよね。

自分にだけは本当の言葉を言ってくれているのだと・・・

たとえ、太陽の中を歩くことができずとも、

二人の絆は確かなものなのだと、そう信じて疑いもしなかった。

でも、夢は・・・いつかは覚めるものなのだと、追い込まれた現状から教えられて、

あなたは決してその人とは別れることはないのだろうと

その部分にだけは確かな真実があると私は見つけたような気がしたのです。

このままあなたの嘘につきあって夢を見続けるのか、

それとも現実に戻り、今日とは違う明日を生きていくのか。

それを決めるのはあなたではなく私なのだということ。

答えは、あなた達二人を見てしまった時に出ていた筈なのに、

あなたを好きなのだという気持ちが、まだ決心を鈍らせている。

震える手で携帯を操り、あなたへと糸を伸ばしていく私。

その糸は見えないけれど、私とあなたを繋いでいる大切な糸だった。

その糸を今、私は自分から断ち切ろうとしている。

私の方からはあなたの姿が確認できる場所で、あなたへと携帯を鳴らし、

「いま、あなたを見たわ」

そう短く言っていた。

奥さんから少し離れて、手で奥さんに謝っている姿が見える。

きっと仕事の話だから・・・と後から言い訳をするのよね。

そんな場面を遠くの雑貨屋の陰から見守る私。

「同じお店にいるなんて、この広い街の中で・・・ものすごい確率よね」

含み笑いを繰り返して冷静に次の言葉を言っていた。

「あなたと・・・別れたいと思っているのだけれど・・・」

短く呻くような声が私の耳に届いたとき、

思わずあなたを初めてなじりました。

「私に嘘をつき通すことができないのだから、せめて隣にいる奥さんに判らないようにしてあげて」

『・・・・嘘?』

「えぇ、嘘。あなたは私のことを愛していたのかもしれない。でもね、その『愛』は奥さんを想う気持ちよりも小さいものの筈だわ」

『そんなことはないよ』

「いいえ。私はそれを見てしまったのよ。実感してしまったの。もう、あなたとは続けることはできないわ。」

ぴしゃりと言い切った言葉に、遠くのあなたは呆然と立ち尽くしているのが見えた。

せめて、その姿を見る事ができただけでも、

あなたと続けたこの一年を無駄にせずにすんだのだと、区切りをつけられる。

あなたが私の最後の言葉を笑って聞いているような人だったのなら

私もきっとこんなに長い間、夢を見続ける事はなかったのかもしれない。

遠くの方で奥さんと共に歩いて行く姿を見送る私。

この広い街の中で会う筈がないと思い込んでいた私。

いつかあなたの奥さんを見てしまうのではないかと、

どこかで感じていた不安がこの場面を連れてきただけなのだと・・・

頭のどこかで思い描いていたものが形になっただけなのだと・・・

どんどん小さくなっていくあなたの背中を見ながら

とめどなく涙が流れしまいました。

いつか・・・こんな恋をしたのだと笑える日がくるのでしょうか?

今は、この折れた心と向き合って生きていかなければならないから、

だから、まだ涙は止められない。止めることはできない。

一つの夢が終わりを告げて、

私に新しい世界で生きろと、たぶん運命が導いてくれたのだと思う。

でも、やっぱりつらすぎる。

別離を告げてもあなたのことがこんなに好きなんだもの。

だから、今日一日だけは涙に濡れて、

明日からは、あなたが私を逃がしたことを後悔してしまうような

そんなとびきりの笑顔を持って、

水の泡のようなこの恋にさよならをしたい。

永遠にあなたを追いかけないように・・・

そして、あなたが私を追いかけてきてしまっても・・・

もう二度と夢の中に戻らないように・・・前を向いて生きていく。