<秘 心>
何かが引っ掛かっている。
そう心の中の自分が声をあげていた。
何に躓きを感じたのか。
ひとつひとつゆっくりと紐を解いてみようか。
そう、ゆっくりと、そうじゃないと・・・
何かが壊れていってしまいそうな気がするのだ。
溜息をひとつ吐き出しながら気だるげに煙草へと手を伸ばし、
あの女との出会いを思い出してみる。
そう、あの女に出会ったのは寒く冷たい冬の日だった。
抜けるような白い肌に、対照的な唇の色が印象的だった。
口紅をつけた唇は濡れているような色っぽさがあり、
艶やかな髪は長く、大きな巻き毛が大人の女らしさを演出していた。
俺が二十五歳という若さを持っているからだろうか。
その女は・・・どこか別世界の住人のような気さえしていたのだ。
口元には小さな黒子があり、なまめかしさを兼ね備えつつ、
二重の瞼はくっきりとしていて意志の強さが伝わってくる。
そんな女だった。
事務員の制服はこの女には似合っていなくて、
髪を結いあげて着物にでも袖を通せば一番だろうと・・・
そんなおかしなことを仕事中に思ってしまっていた。
思えばこの時からかもしれない。
何かをこの女に感じたのは・・・
俺よりも年上で・・・美しい女。上品な物腰に視線が釘づけになった。
他の従業員とは雰囲気が格段に違うものだから、
予定になかったことを思わずしてしまったのかもしれない。
そう、本当はその女の声を聴くつもりはなかったのである。
なのに、思わずどんな声なのだろうという興味から言葉を発していた。
「何か、あの二人のことで知っていることはないですか?」
俺がそう言葉を紡ぎ出すと、女は何かを言いたそうに瞳を彷徨わせ、
でも、女は一言「いいえ、ありません」と首を横に振ったのだった。
何かを言いたそうな瞳の色。
翳りを帯びた顔には何かがあるとわかっていたのに、女の、
「私の知っている事は何一つありません」
という言葉を疑いの目で見つつも受け入れて、俺はその会社を後にしようとしたのである。
もう少し女の顔を見ていたかったけれど、
先輩が「いくぞ」と短く言い、俺をその会社から連れ出したのだ。
数分しか接することができなかったことに対して後ろ髪をひかれる思いがしたが、
たぶん、きっともう二度とあの女との接点はないのだろう。
そんなことを残念がっている自分に苦笑した。
でも残念がることはなかったようである。
あの女が俺のところにやってきて後ろから肩を軽く叩いてきたのだ。
女は走ってきたのか息を乱し、
長い巻き毛も彼女が揺れるたびに同じように息をついていた。
「どうしたんです?」短く彼女の行動に疑問を投げかけると、
彼女はまたも戸惑った表情を見せ、予期せぬことを並べ始めたのだ。
「あるんです。私が知っていること・・・」
そう短い言葉で話を切り出すと、女はとめどなく流れる蛇口の水のように
心の内側を明かしていったのである。
「あの男と付き合っているあの娘から相談を持ちかけられたからで・・・
その相談も思わず溜息が洩れてしまう内容で、『そんな男とは別離れてしまいなさい』って、
そう強い口調であの娘に言ってしまった事が引き金で、
あんな事が起こってしまったのなら、だとするならば、私が間接的にあの娘を追い詰め、
心中などという大それたことをさせてしまったのでしょうか?」
そう、まるで物語でも話しているかのような口調に違和感を覚えつつ、
でも、尋ねずにはいられなかった。
「あの二人は何をしたんです?」と・・・、
すると、女は言い淀みながらも、自殺した男と殺された女の経緯を語り出したのだ。
自殺した男と女は関係を持っていて男には家庭があり、
尚且つ女の方はこの男に貢いでいたこと。
その貢ぎ方も自分の金を当てていたのではなく会社の金を横領して行っていたこと。
そして、そんな罪を持った女から目の前の女は相談を持ちかけられていたこと。
相談されていたにも拘わらず・・・冷たい言葉で救いの手を引いてしまって・・・
耐えがたい心の闇を持っているのだと、そう顔に書いてあった。
懺悔のつもりで刑事である俺に声を掛けてきたというわけか。
さっき話をしてきた会社の上司という奴からも同じことを言われたのを思い出していた。
確か・・・「横領をしていた形跡がある」と・・・
なら確定だな。そう思った。
でも、なんだろうか・・・何かが引っ掛かっているのは・・・
いや、引っ掛かっているのはこの言葉にはではない。
別の言葉・・・そう、女がこの後に言った言葉である。
「あの時、どうしてもっと真剣にあの娘の声を訊いてやらなかったのかと苦しみました。
あの男がどれほど汚く、浅ましい男なのかを見せてあげさえすれば
あの娘だって騙されることなく、今もあの席で笑って生きている事が出来た筈なのに。」
という言葉・・・聞き逃せない何かを俺は感じ取っていた。
一緒にいた先輩刑事は彼女が流す涙に頷いているだけで、気がついた風でもない。
そして当の本人も気が付いていないのだろう。
自分が小さなミスを起こした事に・・・
口から滑って出てきた言葉が俺に疑いの目を向けさせてしまった事を。
そして俺は他の刑事に悟られないように、調べを進めていったのである。
あの似合わない事務服を着ていた女。
化粧も薄く、口紅も遠慮がちに描いて、
まるで喪服でも着ているような・・・そんな影のような女。
俺に見せた顔が涙顔だったために、
その心の中では止むことのない雨が降っているのだと・・・
五月雨のようなじっとりとした長い雨が、きっとこの女の中には降りしきっていて、
その中から抜け出せずにいるのだと、そう俺は感じ取っていた。
そんな女が気になりだして半年が過ぎた頃、
俺はあの自殺事件の新たな証拠も見つけられないまま苛立っていた。
やっぱり、あの女は何の関係もないのだろうか・・・
なら、あの時のあの言葉は何だったのか・・・
『あの男がどれほど汚く、浅ましい男なのかを見せてあげさえすれば・・・』
そう確かにこう言っていた。
汚く、浅ましい姿を見せてあげさえすれば?
あの自殺した男が?そういう男だったのだとどうして知っているのだろうか?
たとえ同僚であったとしても、女から相談を持ち掛けられていたとしても、
そこまで男の事を知っているのはおかしいのではないだろうか。
いや、この言葉の感じからすると・・・
相談を持ち掛けられなくても知っていたのではないだろうか?
あの自殺した男が、汚く浅ましい男だということを・・・
そう、俺の中の何かがこう告げていた。
だが、刑事の勘というものがあったとしても、証拠がなければ何も捜査はできない。
他の事件を追いつつ、この捜査もしているため体は幾つあっても足りない状況で
くたくたになったある日、俺は一つの決断をしたのだった。
あの女にもう一度会ってみようと・・・。
刑事である俺が姿を見せる事によって女に何か異変は起こらないだろうか?
そう期待しながら女の帰り道を狙って偶然を作りだしたのだった。
夕御飯の材料を買いにスーパーへと現れた女。
いつものように店内をグルッと一周している彼女の前に、
俺は逆方向から「偶然」を作ろうとした。
最初、女は俺の顔を見て誰なのか判らなかったのだろう。
会釈した俺に、訝しんだ表情を浮かべ「ハッ」とした表情を見せる。
「刑事さん、お買いものですか?」
そう薄く微笑を顔に描いて女は近寄ってきた。
「えぇ、一人暮らしをしているもので、なかなか自炊はできないんですがね」
こちらも柔らかい笑顔をわざとらしく浮かべて女へと近寄っていった。
第一印象と変わらずこの女は美しかった。
最初は会話を交わすだけ、その次に会った時は・・・
偶然が二度続いたということにして珈琲にでも誘おう。
そして何度か、そんな偽りの出会いを演出した時に
彼女の電話番号を訊き出せる仲にでもなれたら、こちらの思う壺である。
そう、俺は自分が手にする事ができなかった真実を彼女の口から盗もうと考えたのだ。
彼女と知り合いになり、彼女の信頼を得てあの女が持っているであろう真実をこの手に・・・。
口から盗むことができなくとも、何らかの証拠さえ掴むことができたら・・・
そう思っていた
その真実とは、きっと俺が欲しがっているものの筈。
そう信じて疑わなかった。
ようやく電話番号と次に会う約束を取り付け、
彼女も俺の事を信用し始めたのだと軽い気持ちで会う事を決めたのだ。
そう、これがそもそも間違いだったのかもしれない。
こうやって彼女の仕草や行動を見ていると、
自分が抱いている疑念が実は間違っているのではないかと、そう思ってしまうのだ。
しかも、三つ年上の彼女の笑顔が実に優しく、柔らかいものだから
これが彼女の本質なのではないかと、最初とは逆のことを頭に浮かべてしまっている。
そして、俺の考えが間違いであってくれたらと願ってしまうのだ。
これには正直驚いている。
女を疑い、実はあの自殺した二人は殺されたのではないかと思い、
その殺した犯人はこの目の前にいる女ではないかと・・・
そう考えていたというのに・・・
今では女からボロがでないかと待ち構えていた自分が滑稽で、
心のどこかで、真実がそうでないことを必死に願っている自分がいるのだ。
なんという誤算。なんという様だろう。
まさか、この女を自分のものにしてしまいたいと思うなんて・・・
頭のどこかで「この女が怪しい」と言っているというのに
この胸の中で膨れ上がった想いを、もうどこにもやることはできなくなっている。
いっそ、この藤の花のようにたおやかな女を
俺自身で手折ることができたらと・・・
たとえ、赦されない罪を持っていたとしても・・・
その罪さえも俺の中に秘めてしまえるほどに想っているのだと・・・
もう、この想いを止める事はできないのだと・・・
打ち明けられたらいいのに・・・
そう・・・魅入られた俺が女の罪を暴くことなど、もう不可能に近いのだ。
女が罪を持っているのと同じように・・・
俺も、女の罪に気がつきながらも何もしない罪を選んで生きていく。
秘める想いに、誰ひとりとして立ち入ることがないように・・・
俺も、影絵の中で生きていくと決めたのだ。
影は影のまま影絵の中で・・・ひっそりと・・・
そう、ひっそりと・・・
*****************
何かが引っ掛かっている。
そう心の中の自分が声をあげていた。
何に躓きを感じたのか。
ひとつひとつゆっくりと紐を解いてみようか。
そう、ゆっくりと、そうじゃないと・・・
何かが壊れていってしまいそうな気がするのだ。
溜息をひとつ吐き出しながら気だるげに煙草へと手を伸ばし、
あの女との出会いを思い出してみる。
そう、あの女に出会ったのは寒く冷たい冬の日だった。
抜けるような白い肌に、対照的な唇の色が印象的だった。
口紅をつけた唇は濡れているような色っぽさがあり、
艶やかな髪は長く、大きな巻き毛が大人の女らしさを演出していた。
俺が二十五歳という若さを持っているからだろうか。
その女は・・・どこか別世界の住人のような気さえしていたのだ。
口元には小さな黒子があり、なまめかしさを兼ね備えつつ、
二重の瞼はくっきりとしていて意志の強さが伝わってくる。
そんな女だった。
事務員の制服はこの女には似合っていなくて、
髪を結いあげて着物にでも袖を通せば一番だろうと・・・
そんなおかしなことを仕事中に思ってしまっていた。
思えばこの時からかもしれない。
何かをこの女に感じたのは・・・
俺よりも年上で・・・美しい女。上品な物腰に視線が釘づけになった。
他の従業員とは雰囲気が格段に違うものだから、
予定になかったことを思わずしてしまったのかもしれない。
そう、本当はその女の声を聴くつもりはなかったのである。
なのに、思わずどんな声なのだろうという興味から言葉を発していた。
「何か、あの二人のことで知っていることはないですか?」
俺がそう言葉を紡ぎ出すと、女は何かを言いたそうに瞳を彷徨わせ、
でも、女は一言「いいえ、ありません」と首を横に振ったのだった。
何かを言いたそうな瞳の色。
翳りを帯びた顔には何かがあるとわかっていたのに、女の、
「私の知っている事は何一つありません」
という言葉を疑いの目で見つつも受け入れて、俺はその会社を後にしようとしたのである。
もう少し女の顔を見ていたかったけれど、
先輩が「いくぞ」と短く言い、俺をその会社から連れ出したのだ。
数分しか接することができなかったことに対して後ろ髪をひかれる思いがしたが、
たぶん、きっともう二度とあの女との接点はないのだろう。
そんなことを残念がっている自分に苦笑した。
でも残念がることはなかったようである。
あの女が俺のところにやってきて後ろから肩を軽く叩いてきたのだ。
女は走ってきたのか息を乱し、
長い巻き毛も彼女が揺れるたびに同じように息をついていた。
「どうしたんです?」短く彼女の行動に疑問を投げかけると、
彼女はまたも戸惑った表情を見せ、予期せぬことを並べ始めたのだ。
「あるんです。私が知っていること・・・」
そう短い言葉で話を切り出すと、女はとめどなく流れる蛇口の水のように
心の内側を明かしていったのである。
「あの男と付き合っているあの娘から相談を持ちかけられたからで・・・
その相談も思わず溜息が洩れてしまう内容で、『そんな男とは別離れてしまいなさい』って、
そう強い口調であの娘に言ってしまった事が引き金で、
あんな事が起こってしまったのなら、だとするならば、私が間接的にあの娘を追い詰め、
心中などという大それたことをさせてしまったのでしょうか?」
そう、まるで物語でも話しているかのような口調に違和感を覚えつつ、
でも、尋ねずにはいられなかった。
「あの二人は何をしたんです?」と・・・、
すると、女は言い淀みながらも、自殺した男と殺された女の経緯を語り出したのだ。
自殺した男と女は関係を持っていて男には家庭があり、
尚且つ女の方はこの男に貢いでいたこと。
その貢ぎ方も自分の金を当てていたのではなく会社の金を横領して行っていたこと。
そして、そんな罪を持った女から目の前の女は相談を持ちかけられていたこと。
相談されていたにも拘わらず・・・冷たい言葉で救いの手を引いてしまって・・・
耐えがたい心の闇を持っているのだと、そう顔に書いてあった。
懺悔のつもりで刑事である俺に声を掛けてきたというわけか。
さっき話をしてきた会社の上司という奴からも同じことを言われたのを思い出していた。
確か・・・「横領をしていた形跡がある」と・・・
なら確定だな。そう思った。
でも、なんだろうか・・・何かが引っ掛かっているのは・・・
いや、引っ掛かっているのはこの言葉にはではない。
別の言葉・・・そう、女がこの後に言った言葉である。
「あの時、どうしてもっと真剣にあの娘の声を訊いてやらなかったのかと苦しみました。
あの男がどれほど汚く、浅ましい男なのかを見せてあげさえすれば
あの娘だって騙されることなく、今もあの席で笑って生きている事が出来た筈なのに。」
という言葉・・・聞き逃せない何かを俺は感じ取っていた。
一緒にいた先輩刑事は彼女が流す涙に頷いているだけで、気がついた風でもない。
そして当の本人も気が付いていないのだろう。
自分が小さなミスを起こした事に・・・
口から滑って出てきた言葉が俺に疑いの目を向けさせてしまった事を。
そして俺は他の刑事に悟られないように、調べを進めていったのである。
あの似合わない事務服を着ていた女。
化粧も薄く、口紅も遠慮がちに描いて、
まるで喪服でも着ているような・・・そんな影のような女。
俺に見せた顔が涙顔だったために、
その心の中では止むことのない雨が降っているのだと・・・
五月雨のようなじっとりとした長い雨が、きっとこの女の中には降りしきっていて、
その中から抜け出せずにいるのだと、そう俺は感じ取っていた。
そんな女が気になりだして半年が過ぎた頃、
俺はあの自殺事件の新たな証拠も見つけられないまま苛立っていた。
やっぱり、あの女は何の関係もないのだろうか・・・
なら、あの時のあの言葉は何だったのか・・・
『あの男がどれほど汚く、浅ましい男なのかを見せてあげさえすれば・・・』
そう確かにこう言っていた。
汚く、浅ましい姿を見せてあげさえすれば?
あの自殺した男が?そういう男だったのだとどうして知っているのだろうか?
たとえ同僚であったとしても、女から相談を持ち掛けられていたとしても、
そこまで男の事を知っているのはおかしいのではないだろうか。
いや、この言葉の感じからすると・・・
相談を持ち掛けられなくても知っていたのではないだろうか?
あの自殺した男が、汚く浅ましい男だということを・・・
そう、俺の中の何かがこう告げていた。
だが、刑事の勘というものがあったとしても、証拠がなければ何も捜査はできない。
他の事件を追いつつ、この捜査もしているため体は幾つあっても足りない状況で
くたくたになったある日、俺は一つの決断をしたのだった。
あの女にもう一度会ってみようと・・・。
刑事である俺が姿を見せる事によって女に何か異変は起こらないだろうか?
そう期待しながら女の帰り道を狙って偶然を作りだしたのだった。
夕御飯の材料を買いにスーパーへと現れた女。
いつものように店内をグルッと一周している彼女の前に、
俺は逆方向から「偶然」を作ろうとした。
最初、女は俺の顔を見て誰なのか判らなかったのだろう。
会釈した俺に、訝しんだ表情を浮かべ「ハッ」とした表情を見せる。
「刑事さん、お買いものですか?」
そう薄く微笑を顔に描いて女は近寄ってきた。
「えぇ、一人暮らしをしているもので、なかなか自炊はできないんですがね」
こちらも柔らかい笑顔をわざとらしく浮かべて女へと近寄っていった。
第一印象と変わらずこの女は美しかった。
最初は会話を交わすだけ、その次に会った時は・・・
偶然が二度続いたということにして珈琲にでも誘おう。
そして何度か、そんな偽りの出会いを演出した時に
彼女の電話番号を訊き出せる仲にでもなれたら、こちらの思う壺である。
そう、俺は自分が手にする事ができなかった真実を彼女の口から盗もうと考えたのだ。
彼女と知り合いになり、彼女の信頼を得てあの女が持っているであろう真実をこの手に・・・。
口から盗むことができなくとも、何らかの証拠さえ掴むことができたら・・・
そう思っていた
その真実とは、きっと俺が欲しがっているものの筈。
そう信じて疑わなかった。
ようやく電話番号と次に会う約束を取り付け、
彼女も俺の事を信用し始めたのだと軽い気持ちで会う事を決めたのだ。
そう、これがそもそも間違いだったのかもしれない。
こうやって彼女の仕草や行動を見ていると、
自分が抱いている疑念が実は間違っているのではないかと、そう思ってしまうのだ。
しかも、三つ年上の彼女の笑顔が実に優しく、柔らかいものだから
これが彼女の本質なのではないかと、最初とは逆のことを頭に浮かべてしまっている。
そして、俺の考えが間違いであってくれたらと願ってしまうのだ。
これには正直驚いている。
女を疑い、実はあの自殺した二人は殺されたのではないかと思い、
その殺した犯人はこの目の前にいる女ではないかと・・・
そう考えていたというのに・・・
今では女からボロがでないかと待ち構えていた自分が滑稽で、
心のどこかで、真実がそうでないことを必死に願っている自分がいるのだ。
なんという誤算。なんという様だろう。
まさか、この女を自分のものにしてしまいたいと思うなんて・・・
頭のどこかで「この女が怪しい」と言っているというのに
この胸の中で膨れ上がった想いを、もうどこにもやることはできなくなっている。
いっそ、この藤の花のようにたおやかな女を
俺自身で手折ることができたらと・・・
たとえ、赦されない罪を持っていたとしても・・・
その罪さえも俺の中に秘めてしまえるほどに想っているのだと・・・
もう、この想いを止める事はできないのだと・・・
打ち明けられたらいいのに・・・
そう・・・魅入られた俺が女の罪を暴くことなど、もう不可能に近いのだ。
女が罪を持っているのと同じように・・・
俺も、女の罪に気がつきながらも何もしない罪を選んで生きていく。
秘める想いに、誰ひとりとして立ち入ることがないように・・・
俺も、影絵の中で生きていくと決めたのだ。
影は影のまま影絵の中で・・・ひっそりと・・・
そう、ひっそりと・・・
*****************