ペタしてね

<輪禍の傷>

今にも泣き出しそうな鈍色の雲が空一面を覆いつくしていた今日。

今日は「あなたの日」

あなたを思い出して、どれだけ泣いてもいい日。

そう思っているのに泣けないのは何故なんだろう。

先に、空の方が雨という涙を流してしまいそうで・・・。

あぁ、もう降ってきてしまいました。

私が・・・

あの時わがままを言わなければあなたはまだここにいますか?

私の手を取って、私の名前を呼んで、

私の笑顔を見てあなたも笑うんでしたよね。

私の頭をくしゃくしゃにして撫でるあなたの大きな手。

その手に私は何度助けられただろう。

時にはあなたの存在が嫌になったときもありました。

でも、それは誰にでもある感情の起伏。

小さい頃はあなたのことが大好きで、

あなたの後をついてまわり、あなたの足が私の指定席でした。

思春期になれば、やっぱりあなたのことが嫌いになってしまい、

これはどうにもならないもので・・・

あなたのすべてに腹が立ち、

心にもないことを言ったりもしました。

言った後で「しまった」と思っても、

でてしまった言葉は、もう元に戻りはしない。

でも、そんな私のことを怒りもせずにただ見守ってくれたあなた。

その存在の大きさをあなたがいなくなった後でわかるなんて

なんて人生は皮肉にできているのでしょうか。

大切だと感じた時には、もうあなたはそこにはいないのです。

そんなことにも気がつかずに幸せに生きていた日々。

確かにあなたはさっきまでそこにいたはずなのに・・・

私に向って手を振っていたはずなのに・・・

あなたの姿が視界から消えたとき、

私の目の前が真っ白になりました。

私が行きたいと言い張ったあの場所で、

起きてしまった不運な事故。

家族旅行がしたいよね。

そう何気なく口にした私の台詞で話は決まり、

計画を立てるのが好きなあなたは・・・

私の喜びそうな場所を選んで、

「ここにしないか?」

そう言ってきた。

あなたの心の優しさを感じて・・・

私は素直に聞き入れれば良かったのに、

そうはせず、あなたが決めた場所とは違うところを提示してしまった。

「そこは、前も行ったじゃない。今度は違うところがいい」

ふくれて見せて、あなたの懐の大きさに小さな棘を刺す。

それでも、一生懸命に計画を立ててくれたあなた。

一からのやり直しなのに、あなたはなんだか楽しそうにして・・・

この旅行で「親娘」の関係を深めようと思っていたのかもしれない。

でも当日は、今日のような雨。

霧雨のような細かい雨が目的地を染めて、

私たちの心に影を落としていく。

でも、「雨もいいもんだ」と、

あなたは私たちに強がりを言って、少しはしゃいでいましたっけ。

そんなあなたのことを少しは判ろうとしようとした矢先の出来事。

向こう側から私のために手を振って、

急いで私のところへ駆けてこようとするあなた。

でも、白い乗用車があなたのことを連れていってしまった。

戻ることのできない永い旅路へと・・・

連れて行ってしまった・・・

雨は無数の槍となり私の体へと降り注ぐ。

どんなに射抜かれても私の心臓にまでは届きはしない。

雨はそれでも止まないまま・・・

ただ、あなたの血を流していってしまう。

私とあなたとの間にあった溝はいつまでも埋まらないまま・・・

川のようになって何もかも流していってしまう。

あの時から私の時間は止まったまま・・・

何一つあなたに謝ることもできないまま・・・

どんなに後悔しても遅いのだ。

「消えちゃえばいいのに」

そう思ったことも数えきれないくらいある。

まさか本当にいなくなるとは考えてもいなかった。

もう、あなたの姿を見ることも何もない。

でもその変わり・・・孤独という闇が私を襲うのだ。

この闇はいつまでもついてくる。

「想い出」という名前を持って、

どんなに振り払っても消えることはない。

振り返れば、あなたがそこに立っているような錯覚。

自分の目で、もうあなたがいないことを確認しているはずなのに、

現実に対処できない自分がいる。

あなたがいなくなったあの雨の日。

あれから、私は涙を流せないまま・・・

私がもう少しあなたに近寄っていれば、

もう少し素直になっていれば、

あなたはまだここにいてくれましたか?

「泣いていいんだよ」

誰かが私の横でこう囁く。

私があなたのことを想いながら泣いていいんだろうか?

それは、罪にならないのだろうか。

私の甘い子供の部分があなたを死なせてしまったのに、

あなたを想って泣いてもいいんだろうか。

あなたの死を見つめて、認めて、

歩き出せる一歩へと繋がるのだろうか。

誰も答えなどくれない。

答えはこれから私が生きていく道にできていく。

呼ばれて振り返った想い出の中のあなたは、

微笑んでいてくれているのでしょうか?

傷を癒して生きていく私を見て、

昔のように優しい瞳で見つめてくれますか?

ねぇ、お父さん。

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輪禍・・・・交通事故のこと