<Blue ~黎明の蒼~>
僕には後悔していることがあるんだ。
どうしてあの時、君に声をかけてしまったのか・・・。
そしたら・・・こんなにつらい別れがくることもなかったのにね・・・。
あの秋の物悲しい紅葉の頃。
落ち葉を踏みしめ、風が冷たい街を僕はどこへ行こうか・・・
そんな事を考えながら目的を持たずに、ただ歩いていた。
黄色や紅色に色づいた葉を見上げながら公園を彷徨い歩く。
都会で、休日に過ごす自分だけの有意義な時間。
そんな優しい、ゆったりとした時間を求めながら、僕は懐かしいカフェに寄ったんだ。
コーヒーを頼み、煙草を吹かし、いつもは気にもしないテーブルの花を気にした。
美しく咲くグラミスキャッスル。
一輪挿しの中で、その薔薇はまるで僕に見てほしいかのように柔らかく咲いていた。
可憐に咲く薔薇。
人差し指で花びらに少し触れてしまう。
指先を見つめていた視線を僅かにずらして向こう側に座る人を垣間見てしまった。
見覚えのある顔が僕に微妙な微笑みを浮かべて会釈していた。
まさか、こんな偶然があるなんて思いもしなかった。
美しく長い黒髪。潤んだように見える瞳。
唇は・・・あの時僕に別れを告げたままの想い出しか残っていない・・・。
まさかこの店で君に出会うとは思わなかったよ・・・。
もう二度と君はこの場所にはこないと思っていたし・・・
僕もここに立ち寄ったのは本当に久しぶりだったのだから・・・。
それに、僕たちの別れ方はそれほど後味が良かったものでもなかったからね。
あのとき・・・突然、君の方から別れたいと言ってきた・・・
僕が理由を聞くことも、君が理由を話すこともなく・・・
あれから連絡がくることもなかった。
もちろん、はじめから長続きする関係ではないことぐらい僕にはわかっていたさ。
きみは僕よりも若く美しい。そして何より、君には夫がいたのだから・・・。
別れたい理由を聞かなかったのは・・・
君の中で僕がいらなくなったからなんだろうと思っていた。
それを聞くのが怖くて僕自身、君の別れたい理由に踏み込む勇気がなかった。
あれから・・・一つの季節しか過ぎていないのに気がついたよ。
君は相変わらず綺麗だ。
僕は・・・驚きを隠すための仕草はうまくなっただろうか?
あの時、心臓の音が君に聞こえやしないかと内心ヒヤヒヤしていたんだよ。
でも、君はただ静かに微笑んいるだけで、
僕からそっちに行くのを待っているかのような、
そんな雰囲気を漂わせてコーヒーに口をつけていた。
いつもは別れた相手に未練など残さないやり方で過ごしてきた。
僕の元から去って行きたいのであればそれでいい。
そして、二度と僕自身も女のあとを追うこともない。
でも、今回は自分の判断が狂い始めている。
君の甘い蜜に誘われてのこのこついていく虫に成り下がる僕がいる。
美しい微笑を持つ君との甘い時間。
あれを取り戻せるのなら僕は虫でも何にでもなれる自信はあった。
だから・・・声を掛けてしまった。
本当に思わず瞳と瞳が会話したような・・・不思議な感覚。
僕が「やぁ、」と声を掛け、君が潤んだ瞳で答えてくる。
あの時、僕はなぜ聞かなかったのだろう。
どうして君の瞳が涙で潤んでいたのか。
どうして僕の前に再び現れたのか・・・。
僕は聞くべきだったのかもしれない。
でもあの時の僕は、君にもう一度出会えた奇跡に有頂天で、
君のすべてに気を配る余裕なんて皆無に等しかった。
ただ君も僕との再会に嬉しさを表しただけなんだと勘違いをしたんだ。
今思えば、君の細かい仕草にメッセージがあったのではないかと思えるよ。
なんて馬鹿な男なのだろうと君は笑っているかもしれないね。
僕たちの時間はあのカフェからまた動きだした。
半年前に捨てた眩しい程の夢を、もう一度抱くことができる。
「きみは僕の夢なんだ」
そう僕は君に一度だけ言った。
君を抱く前に、君を自分のものすること自体が夢なのだと・・・
君は・・・今と一緒の頬笑みを浮かべてただ一言、
「・・・・光栄だわ」
そう呟いた。
幾度となく交わされる逢瀬。
刹那な時間は短く、またも別れがくることも僕には分っていた。
でも、離したくはない。もう二度と君を失いたくはない。
このまま、僕のものするにはどうしたらいいんだろう。
そう・・・このまま、二人とも死んでしまおうか・・・。
そんな馬鹿げたことが浮かんでしまうほど僕はまたも君に溺れた。
君という名の海は深く、どこまでも落ちていける。
それは、不実な罪を重ねているほどに感じられる甘い蜜。
君の背中の向こう側には必ず僕の知らない男がいる。
その男に対しての優越感とでも言おうか・・・
そんなふざけた感情が僕を支配する。
僕自身が君自身でいっぱいになる。
君は僕のすべてになっていく。
危険だと知りつつも、逢瀬はつづき・・・
そんな綱渡りの恋に変化がきたのは冬になりかけの冷たい朝だった。
いつものようにカフェへと入り君を見つけ席に着く。
「どうしたの?こんなに早くに呼び出して?大丈夫なの?ご主人・・・」
マフラーを椅子に掛け、僕はコーヒーを注文して君に向き直る。
君は気がついただろうか・・・
僕が君にかけた優しさは、男に対する侮辱そのもの。
こんな言葉にも二人の危うい関係に酔える小道具の一つになる。
そう・・・思っていた。
君から真実を聞くまでは・・・。
「違うの・・・」
小さく首を横に振り君は溜息とともに言葉を吐き出す。
「違うの。・・・本当は・・・もう、主人とは別離れていたのよ・・・」
ぽつりと言った言葉の意味がはじめは理解できなかった僕。
「・・・え?」
そう、聞き返すと君は視線を彷徨わせながら僕に話し始めた。
「あなたとの関係が主人にバレてしまって・・・あなたに最初に別れを言った春には主人とは別離れていたの。あの時はそれが一番いいことだと思った。主人を傷つけた私がこのままあなたに逃げても絶対にいい事はおきない・・・そう思った。だからあなたと別れたの。でも、駄目ね。あなたのことが気になって気になって眠れない日々が続いて・・・。あなたのことを思う度にあなたに対する愛が込みあがってくるの。だから・・・最後にあなたともう一度恋がしたいと思った。あなたが私を拒んだら・・・その時は、私はあなたの前から永久に消えてしまおうって・・・そう思ったのよ。」
静かに、だが力強く君は僕に告白をした。
その告白があまりにも唐突で意味が見えない。
どうしてあの時僕たちは別れなければならなかったのか・・・
あのまま一緒にいても何も変わらなかったんじゃないだろうか・・・。
別れる理由がどこにあったのか。
君が感じている罪は、二人で分けあえたら軽くなるものだと、どうして感じてくれなかったのだろう。
僕がそのすべてを君に吐き出してしまいそうになった時、
隠れている真実がまだ存在していることに僕が気がついた。
「・・・・最後って?なに?」
君は僕の台詞を聞いた後で一滴の涙を流す。
「やっぱりバチがあたってしまったの。」
「・・・・・・」
「私・・・もう長くないんですって。」
そう一言ぽつりと言った。
「主人と別れたあとで・・・どうしても胸が痛くなって看てもらったら、もう遅いんですって」
右手の薬指で涙を拭う君は、冬に吹く風を遠い目をしながら見ていた。
僕はそんな君から1mmも視線を逸らすことはできなかった。
「治る見込みはないって言われたの・・・。それなら、私は自分のしたいことをして最期まで生きたいって母にお願いしたの。それが、あなたと過ごしたこの数日間です。でも、あなたと生きていると、私は願ってはいけないことを願ってしまいそうになる。あなたとこれからも同じ時を掴んでいきたくなる。私は『夢』を見てしまう。だから、今度は真実を告げてあなたと別れなければならないって・・・そう思ったの。あなたに次の人生を歩んでもらうために・・・私がしなければならない、今度は逃げてはいけない、真実を告げてから別れようって・・・あの時、最初から決めてあなたを毎日この店で待っていたの」
そう言い切った君の告白は何よりも僕の頭に衝撃を与えた。
あの出会いは「偶然」なんかじゃなかった事実。
君が決心して呼び寄せた「必然」だったのだ。
なんてことだろう。僕はあの時、君が潤ませた瞳の理由を今知ることになるなんて。
落ちる涙はなんのための涙なのかもうわからなくなっていた。
君がこの世からいなくなる事に対してなのか・・・。
それとも、君が別れを告げた事に対してなのか・・・。
僕は君と別れる気は全くと言っていい程ない。
君に夫がいないとわかった今、
何にも遠慮せずに君と最期まで生きることができるのだから。
ただ、君を亡くした時に押し寄せる絶望に僕は耐えられるのだろうか・・・。
でも、それさえも僕が君を愛したすべてになる。
だから、君が席を立った時に君の腕を掴んだんだ。
君を一人で逝かせることはできないから・・・。
君は知らないんだ。僕が君をどれだけ愛しているか・・・。
掴んだ手を君は振りほどけないのも僕は知っている。
だって、君は僕を愛しているのだから・・・。
きっと、君は僕に最期まで一緒にいてほしいんだろう?
それならそうと僕に言ってくれないか?
泣くのはそれからでいいじゃないか・・・。
二人で最期まで、その瞬間まで・・・・お願いだから・・・
君は僕の言葉を聞いて泣きながらその場に崩れ落ちた。
ただその言葉を待っていたかのように・・・
そして・・・冬が過ぎ、春が過ぎ、新緑の五月・・・その瞬間は残酷にもやってきてしまった。
日に日に衰えていく君の姿。
美しい君の横顔が静かにその時を迎えた。
僕は君の名前を呼び続け、抱きしめる。
君は・・・僕と過ごした日々も、甘い声も、すべてを持っていってしまった。
僕は・・・愛も、希望も、未来も何もかもなくしてまった。
愛だけを残して逝った君がいて、その愛に苦しむ僕がいる。
君はあの時「あなたと恋がしたかった」と言ったね。
違うよ。僕たちが交わしたのは愛だよ。紛れもない愛。
だから今の僕には重すぎて、
抱えきれない愛で僕はこの地点から今は動けそうにないんだ。
今の僕に未来はない、君のいない未来なんていらない。
何度、君のそばにいこうと思ったかしれない・・・。
でも、君を二度も死なすわけにはいかないんだ。
むかし、誰かに聞いたことがある・・・。人は二度死ぬのだと・・・。
一度目は・・・身体から魂が無くなる時。
二度目は・・・そう・・・人の記憶の中から消え失せてしまう時。
だから、今君は僕の中で生き続ける。
僕の中でしか生きることができない君がいる。
僕がいなくなってしまったら君は二度死ぬことになるんだ。
そんなことはできない。僕が生きるよりもつらいことはできない。
だから僕は生き続けるしかないんだ。君の想い出とともに・・・。
夜明け前に君が言った最後の言葉・・・
「あなたは生き続けて・・・そして、あなたの中で私を生かさせて・・・」
君は、自分が死んだ後のことにまで心配をしたんだね。
まるで、僕が君のあとを追うかのように・・・そう心配して釘をさした。
君はずるいよ・・・。
そう言って僕を最後まで自分のものにして逝ってしまったんだから。
でも、あの言葉さえも僕の生きる糧になる。
蒼い、君を亡くした夜明け前に見た光。
その光が僕の行く末を照らす道標になる。
たとえ、道に迷ったとしてもあの深いBlueを見失わない。
海のように深いBlue。あの光はまるで君のようだ。
あの時、あのカフェでどうして君に声をかけてしまったんだろう。
蘇る君の声。「愛している」の声。
何度もリフレインさせて・・・それだけで生きていける真実がそこにある。
そして・・・また、僕は君という名の海に落ちていく・・・。
真実は僕の中にある、深いBlue。そして・・・黎明のBlue。
二つの蒼の中で僕は生き続ける・・・・。君という名の海の中で・・・。
僕には後悔していることがあるんだ。
どうしてあの時、君に声をかけてしまったのか・・・。
そしたら・・・こんなにつらい別れがくることもなかったのにね・・・。
あの秋の物悲しい紅葉の頃。
落ち葉を踏みしめ、風が冷たい街を僕はどこへ行こうか・・・
そんな事を考えながら目的を持たずに、ただ歩いていた。
黄色や紅色に色づいた葉を見上げながら公園を彷徨い歩く。
都会で、休日に過ごす自分だけの有意義な時間。
そんな優しい、ゆったりとした時間を求めながら、僕は懐かしいカフェに寄ったんだ。
コーヒーを頼み、煙草を吹かし、いつもは気にもしないテーブルの花を気にした。
美しく咲くグラミスキャッスル。
一輪挿しの中で、その薔薇はまるで僕に見てほしいかのように柔らかく咲いていた。
可憐に咲く薔薇。
人差し指で花びらに少し触れてしまう。
指先を見つめていた視線を僅かにずらして向こう側に座る人を垣間見てしまった。
見覚えのある顔が僕に微妙な微笑みを浮かべて会釈していた。
まさか、こんな偶然があるなんて思いもしなかった。
美しく長い黒髪。潤んだように見える瞳。
唇は・・・あの時僕に別れを告げたままの想い出しか残っていない・・・。
まさかこの店で君に出会うとは思わなかったよ・・・。
もう二度と君はこの場所にはこないと思っていたし・・・
僕もここに立ち寄ったのは本当に久しぶりだったのだから・・・。
それに、僕たちの別れ方はそれほど後味が良かったものでもなかったからね。
あのとき・・・突然、君の方から別れたいと言ってきた・・・
僕が理由を聞くことも、君が理由を話すこともなく・・・
あれから連絡がくることもなかった。
もちろん、はじめから長続きする関係ではないことぐらい僕にはわかっていたさ。
きみは僕よりも若く美しい。そして何より、君には夫がいたのだから・・・。
別れたい理由を聞かなかったのは・・・
君の中で僕がいらなくなったからなんだろうと思っていた。
それを聞くのが怖くて僕自身、君の別れたい理由に踏み込む勇気がなかった。
あれから・・・一つの季節しか過ぎていないのに気がついたよ。
君は相変わらず綺麗だ。
僕は・・・驚きを隠すための仕草はうまくなっただろうか?
あの時、心臓の音が君に聞こえやしないかと内心ヒヤヒヤしていたんだよ。
でも、君はただ静かに微笑んいるだけで、
僕からそっちに行くのを待っているかのような、
そんな雰囲気を漂わせてコーヒーに口をつけていた。
いつもは別れた相手に未練など残さないやり方で過ごしてきた。
僕の元から去って行きたいのであればそれでいい。
そして、二度と僕自身も女のあとを追うこともない。
でも、今回は自分の判断が狂い始めている。
君の甘い蜜に誘われてのこのこついていく虫に成り下がる僕がいる。
美しい微笑を持つ君との甘い時間。
あれを取り戻せるのなら僕は虫でも何にでもなれる自信はあった。
だから・・・声を掛けてしまった。
本当に思わず瞳と瞳が会話したような・・・不思議な感覚。
僕が「やぁ、」と声を掛け、君が潤んだ瞳で答えてくる。
あの時、僕はなぜ聞かなかったのだろう。
どうして君の瞳が涙で潤んでいたのか。
どうして僕の前に再び現れたのか・・・。
僕は聞くべきだったのかもしれない。
でもあの時の僕は、君にもう一度出会えた奇跡に有頂天で、
君のすべてに気を配る余裕なんて皆無に等しかった。
ただ君も僕との再会に嬉しさを表しただけなんだと勘違いをしたんだ。
今思えば、君の細かい仕草にメッセージがあったのではないかと思えるよ。
なんて馬鹿な男なのだろうと君は笑っているかもしれないね。
僕たちの時間はあのカフェからまた動きだした。
半年前に捨てた眩しい程の夢を、もう一度抱くことができる。
「きみは僕の夢なんだ」
そう僕は君に一度だけ言った。
君を抱く前に、君を自分のものすること自体が夢なのだと・・・
君は・・・今と一緒の頬笑みを浮かべてただ一言、
「・・・・光栄だわ」
そう呟いた。
幾度となく交わされる逢瀬。
刹那な時間は短く、またも別れがくることも僕には分っていた。
でも、離したくはない。もう二度と君を失いたくはない。
このまま、僕のものするにはどうしたらいいんだろう。
そう・・・このまま、二人とも死んでしまおうか・・・。
そんな馬鹿げたことが浮かんでしまうほど僕はまたも君に溺れた。
君という名の海は深く、どこまでも落ちていける。
それは、不実な罪を重ねているほどに感じられる甘い蜜。
君の背中の向こう側には必ず僕の知らない男がいる。
その男に対しての優越感とでも言おうか・・・
そんなふざけた感情が僕を支配する。
僕自身が君自身でいっぱいになる。
君は僕のすべてになっていく。
危険だと知りつつも、逢瀬はつづき・・・
そんな綱渡りの恋に変化がきたのは冬になりかけの冷たい朝だった。
いつものようにカフェへと入り君を見つけ席に着く。
「どうしたの?こんなに早くに呼び出して?大丈夫なの?ご主人・・・」
マフラーを椅子に掛け、僕はコーヒーを注文して君に向き直る。
君は気がついただろうか・・・
僕が君にかけた優しさは、男に対する侮辱そのもの。
こんな言葉にも二人の危うい関係に酔える小道具の一つになる。
そう・・・思っていた。
君から真実を聞くまでは・・・。
「違うの・・・」
小さく首を横に振り君は溜息とともに言葉を吐き出す。
「違うの。・・・本当は・・・もう、主人とは別離れていたのよ・・・」
ぽつりと言った言葉の意味がはじめは理解できなかった僕。
「・・・え?」
そう、聞き返すと君は視線を彷徨わせながら僕に話し始めた。
「あなたとの関係が主人にバレてしまって・・・あなたに最初に別れを言った春には主人とは別離れていたの。あの時はそれが一番いいことだと思った。主人を傷つけた私がこのままあなたに逃げても絶対にいい事はおきない・・・そう思った。だからあなたと別れたの。でも、駄目ね。あなたのことが気になって気になって眠れない日々が続いて・・・。あなたのことを思う度にあなたに対する愛が込みあがってくるの。だから・・・最後にあなたともう一度恋がしたいと思った。あなたが私を拒んだら・・・その時は、私はあなたの前から永久に消えてしまおうって・・・そう思ったのよ。」
静かに、だが力強く君は僕に告白をした。
その告白があまりにも唐突で意味が見えない。
どうしてあの時僕たちは別れなければならなかったのか・・・
あのまま一緒にいても何も変わらなかったんじゃないだろうか・・・。
別れる理由がどこにあったのか。
君が感じている罪は、二人で分けあえたら軽くなるものだと、どうして感じてくれなかったのだろう。
僕がそのすべてを君に吐き出してしまいそうになった時、
隠れている真実がまだ存在していることに僕が気がついた。
「・・・・最後って?なに?」
君は僕の台詞を聞いた後で一滴の涙を流す。
「やっぱりバチがあたってしまったの。」
「・・・・・・」
「私・・・もう長くないんですって。」
そう一言ぽつりと言った。
「主人と別れたあとで・・・どうしても胸が痛くなって看てもらったら、もう遅いんですって」
右手の薬指で涙を拭う君は、冬に吹く風を遠い目をしながら見ていた。
僕はそんな君から1mmも視線を逸らすことはできなかった。
「治る見込みはないって言われたの・・・。それなら、私は自分のしたいことをして最期まで生きたいって母にお願いしたの。それが、あなたと過ごしたこの数日間です。でも、あなたと生きていると、私は願ってはいけないことを願ってしまいそうになる。あなたとこれからも同じ時を掴んでいきたくなる。私は『夢』を見てしまう。だから、今度は真実を告げてあなたと別れなければならないって・・・そう思ったの。あなたに次の人生を歩んでもらうために・・・私がしなければならない、今度は逃げてはいけない、真実を告げてから別れようって・・・あの時、最初から決めてあなたを毎日この店で待っていたの」
そう言い切った君の告白は何よりも僕の頭に衝撃を与えた。
あの出会いは「偶然」なんかじゃなかった事実。
君が決心して呼び寄せた「必然」だったのだ。
なんてことだろう。僕はあの時、君が潤ませた瞳の理由を今知ることになるなんて。
落ちる涙はなんのための涙なのかもうわからなくなっていた。
君がこの世からいなくなる事に対してなのか・・・。
それとも、君が別れを告げた事に対してなのか・・・。
僕は君と別れる気は全くと言っていい程ない。
君に夫がいないとわかった今、
何にも遠慮せずに君と最期まで生きることができるのだから。
ただ、君を亡くした時に押し寄せる絶望に僕は耐えられるのだろうか・・・。
でも、それさえも僕が君を愛したすべてになる。
だから、君が席を立った時に君の腕を掴んだんだ。
君を一人で逝かせることはできないから・・・。
君は知らないんだ。僕が君をどれだけ愛しているか・・・。
掴んだ手を君は振りほどけないのも僕は知っている。
だって、君は僕を愛しているのだから・・・。
きっと、君は僕に最期まで一緒にいてほしいんだろう?
それならそうと僕に言ってくれないか?
泣くのはそれからでいいじゃないか・・・。
二人で最期まで、その瞬間まで・・・・お願いだから・・・
君は僕の言葉を聞いて泣きながらその場に崩れ落ちた。
ただその言葉を待っていたかのように・・・
そして・・・冬が過ぎ、春が過ぎ、新緑の五月・・・その瞬間は残酷にもやってきてしまった。
日に日に衰えていく君の姿。
美しい君の横顔が静かにその時を迎えた。
僕は君の名前を呼び続け、抱きしめる。
君は・・・僕と過ごした日々も、甘い声も、すべてを持っていってしまった。
僕は・・・愛も、希望も、未来も何もかもなくしてまった。
愛だけを残して逝った君がいて、その愛に苦しむ僕がいる。
君はあの時「あなたと恋がしたかった」と言ったね。
違うよ。僕たちが交わしたのは愛だよ。紛れもない愛。
だから今の僕には重すぎて、
抱えきれない愛で僕はこの地点から今は動けそうにないんだ。
今の僕に未来はない、君のいない未来なんていらない。
何度、君のそばにいこうと思ったかしれない・・・。
でも、君を二度も死なすわけにはいかないんだ。
むかし、誰かに聞いたことがある・・・。人は二度死ぬのだと・・・。
一度目は・・・身体から魂が無くなる時。
二度目は・・・そう・・・人の記憶の中から消え失せてしまう時。
だから、今君は僕の中で生き続ける。
僕の中でしか生きることができない君がいる。
僕がいなくなってしまったら君は二度死ぬことになるんだ。
そんなことはできない。僕が生きるよりもつらいことはできない。
だから僕は生き続けるしかないんだ。君の想い出とともに・・・。
夜明け前に君が言った最後の言葉・・・
「あなたは生き続けて・・・そして、あなたの中で私を生かさせて・・・」
君は、自分が死んだ後のことにまで心配をしたんだね。
まるで、僕が君のあとを追うかのように・・・そう心配して釘をさした。
君はずるいよ・・・。
そう言って僕を最後まで自分のものにして逝ってしまったんだから。
でも、あの言葉さえも僕の生きる糧になる。
蒼い、君を亡くした夜明け前に見た光。
その光が僕の行く末を照らす道標になる。
たとえ、道に迷ったとしてもあの深いBlueを見失わない。
海のように深いBlue。あの光はまるで君のようだ。
あの時、あのカフェでどうして君に声をかけてしまったんだろう。
蘇る君の声。「愛している」の声。
何度もリフレインさせて・・・それだけで生きていける真実がそこにある。
そして・・・また、僕は君という名の海に落ちていく・・・。
真実は僕の中にある、深いBlue。そして・・・黎明のBlue。
二つの蒼の中で僕は生き続ける・・・・。君という名の海の中で・・・。