こんばんは
いやあ。びっくりしました。紅白歌合戦司会者の発表。
早くないですか
年々、早まっている感じがするのですが。
母が、生放送で中継あるかもよ、と教えてくれたので、発表会見の生中継を観ることが…あっ、録画もできました。
もしかしたら…とは思っていましたが、やはり、そうでしたか。
ありがたいけれども、申し訳ないような、そういう感覚です。
すごいことなのですが。
嵐さん。
微力ながら、風を送りますね。
ご無理、なさらないように。
そんな嵐さんは、15周年を迎えましたが、実は今日…いや、10月10日は、記憶が確かならば、私が生け花の師範をいただいてから、まる15周年の日となります。
↑書いている間に日付が変わった
正直、確かな日付を覚えていたわけではなかったのですが、1999年の10月第2日曜日だったことは、なんとなく覚えていて。
それが、近年になって、嵐さんが伝説の衣装(笑)でMステに出演したのが10月8日であると、何度も紹介されたことで、近いかも…と思って、そこから計算してみたのですが、どう考えても、10月10日になるわけで。
そうか。そんなに近かったんだ(^_^;)と思いました。
京都で、免状とともに、師範の証である、木の看板をもらったんですよね。それが、結構長くて重くて、家まで持って帰るのが大変だった記憶があります(ちなみに、母も同行しており、大変お世話になりました)。
そして父が、それを、玄関を入ったところの柱にべったりと貼り付けてしまって外れる気配がありません(たぶん、うれしかったのだと思うのですが)。
そして、次の年の新年会に、新師範ということで呼ばれました。
京都市内の某高級ホテルが会場で、そう長くはない髪をセットしてもらい、振袖を着て、とにかく緊張しっぱなし。
部屋の広さと、くじを引いて当たったことしか覚えていませんが、そのときもらった色紙に書いてあった言葉は、しっかり覚えています。
「如意」
思いのままになること、という意味なのですが、当時は私もまだ若かったので(^_^;)、そうなれるようにがんばりたいなあ、なんて思っていました。色紙を部屋に飾った時期もありました。
でも。
「如意」となる状況なんてそうそうあるわけではなく、全く思ったようにいかない…それが日常の多くを占めるのだということを、日々過ごすうち、だんだんとわかってきました。
それは、せつないこと、なのですが。
そういう時間のなかで、数少ない、不意に訪れる「如意」の瞬間を、大切に思いながら生きていきたい。
そういう考えを持てるようになった15年間でもありました。
師範をいただきながらも、なかなか生け花をできない時間が長かったので、いろいろな思いが頭をよぎります。
所属を換わるか悩んでいた自分に、「所属が離れたからって、(私たちの)縁が切れるわけじゃない」と、背中を押してくれた親先生(師匠)には、感謝してもしきれません。
あの言葉がなかったら、今日まで続いていなかったから。
そして、師範をいただくというのは、独り立ち…というか、ジャニーズJr.がデビューするのに似ているかもしれません。
自分の意思でさまざまな方面に出ていけるようになったり、生け花教室を持てるようになったり…と、世界が広がるぶん、一定の責任もともなう。もちろん、技術も磨いていかなければならないし、生け花の良さを広めていくことも要求される。
師範になってからが長いし、求められるものも増えていくので、さまざまな意味でのプレッシャーを感じる毎日です。
生け花の写真はあまり載せていませんがいろいろなところで生けています。
来月は、ちょっと大きな華展にも出すことになりました。
ありがたいことです。大変だけど(^_^;)
たまたまですが、嵐さんのデビューと時期が重なったことで、私にとっても印象深い日となっています。
生け花は、心の支えのひとつでもあります。
客観的にメッセージを贈るならば…
15年間、よくがんばったね。
そしてまた、ゆっくりゆっくり、楽しみながら、生けていってほしいです。
…ということを考えていた、10月10日でした。
とりとめもなく書いてしまいましたが、最後まで読んでくださって、ありがとうございましたm(_ _)m
いやあ。びっくりしました。紅白歌合戦司会者の発表。
早くないですか
年々、早まっている感じがするのですが。
母が、生放送で中継あるかもよ、と教えてくれたので、発表会見の生中継を観ることが…あっ、録画もできました。
もしかしたら…とは思っていましたが、やはり、そうでしたか。
ありがたいけれども、申し訳ないような、そういう感覚です。
すごいことなのですが。
嵐さん。
微力ながら、風を送りますね。
ご無理、なさらないように。
そんな嵐さんは、15周年を迎えましたが、実は今日…いや、10月10日は、記憶が確かならば、私が生け花の師範をいただいてから、まる15周年の日となります。
↑書いている間に日付が変わった
正直、確かな日付を覚えていたわけではなかったのですが、1999年の10月第2日曜日だったことは、なんとなく覚えていて。
それが、近年になって、嵐さんが伝説の衣装(笑)でMステに出演したのが10月8日であると、何度も紹介されたことで、近いかも…と思って、そこから計算してみたのですが、どう考えても、10月10日になるわけで。
そうか。そんなに近かったんだ(^_^;)と思いました。
京都で、免状とともに、師範の証である、木の看板をもらったんですよね。それが、結構長くて重くて、家まで持って帰るのが大変だった記憶があります(ちなみに、母も同行しており、大変お世話になりました)。
そして父が、それを、玄関を入ったところの柱にべったりと貼り付けてしまって外れる気配がありません(たぶん、うれしかったのだと思うのですが)。
そして、次の年の新年会に、新師範ということで呼ばれました。
京都市内の某高級ホテルが会場で、そう長くはない髪をセットしてもらい、振袖を着て、とにかく緊張しっぱなし。
部屋の広さと、くじを引いて当たったことしか覚えていませんが、そのときもらった色紙に書いてあった言葉は、しっかり覚えています。
「如意」
思いのままになること、という意味なのですが、当時は私もまだ若かったので(^_^;)、そうなれるようにがんばりたいなあ、なんて思っていました。色紙を部屋に飾った時期もありました。
でも。
「如意」となる状況なんてそうそうあるわけではなく、全く思ったようにいかない…それが日常の多くを占めるのだということを、日々過ごすうち、だんだんとわかってきました。
それは、せつないこと、なのですが。
そういう時間のなかで、数少ない、不意に訪れる「如意」の瞬間を、大切に思いながら生きていきたい。
そういう考えを持てるようになった15年間でもありました。
師範をいただきながらも、なかなか生け花をできない時間が長かったので、いろいろな思いが頭をよぎります。
所属を換わるか悩んでいた自分に、「所属が離れたからって、(私たちの)縁が切れるわけじゃない」と、背中を押してくれた親先生(師匠)には、感謝してもしきれません。
あの言葉がなかったら、今日まで続いていなかったから。
そして、師範をいただくというのは、独り立ち…というか、ジャニーズJr.がデビューするのに似ているかもしれません。
自分の意思でさまざまな方面に出ていけるようになったり、生け花教室を持てるようになったり…と、世界が広がるぶん、一定の責任もともなう。もちろん、技術も磨いていかなければならないし、生け花の良さを広めていくことも要求される。
師範になってからが長いし、求められるものも増えていくので、さまざまな意味でのプレッシャーを感じる毎日です。
生け花の写真はあまり載せていませんがいろいろなところで生けています。
来月は、ちょっと大きな華展にも出すことになりました。
ありがたいことです。大変だけど(^_^;)
たまたまですが、嵐さんのデビューと時期が重なったことで、私にとっても印象深い日となっています。
生け花は、心の支えのひとつでもあります。
客観的にメッセージを贈るならば…
15年間、よくがんばったね。
そしてまた、ゆっくりゆっくり、楽しみながら、生けていってほしいです。
…ということを考えていた、10月10日でした。
とりとめもなく書いてしまいましたが、最後まで読んでくださって、ありがとうございましたm(_ _)m