11月3日。
今日、嵐さんのデビューから、12年経ちました。
あっという間…
ではなかったなあ。
思いがたくさんありすぎて、サラッとは振り返られないです。
あの日、握手会があることは知っていました。
翌日、テレビでその様子を観て、
「あ~、握手できる人がうらやましいな…」
ぼんやり思っていました。
だけど、そのときは、嵐さんの存在を愛せる、とまではいかなくて、とまどいや不安や心配でいっぱいで。
「相葉ちゃんがいるから…」
の思いだけが、自分を支えていたのかもしれません。
バレー中継で、オープニングアクトを観るときは、うれしい、よりも、心苦しい気持ちが勝ってしまって、彼らを真っ直ぐ見つめることができなかった。
「バレーのために結成された」彼らへの、世間(、特に、真剣にバレーを観たい人)の視線を想像したら、手放しでデビューを喜べなかった。
相葉さんファンであると同時に、スポーツファンとしての自分もいて、その両方の気持ちがわかっていたから。
そして、これからも嵐さんを応援していきたいのに、大ちゃんや翔ちゃんのことをあまり知らなかったし、どうやって好きになったら良いのかわからなくて、かなり長い間悩んでいました。
それがクリアにならない限り、「嵐のファンです」とはいえないし、ファンクラブやライブなんてもってのほか。
そんなスタンスでいるなんて、彼らに失礼だと思っていました。
でも、考えても考えても、迷宮でさまよっているだけ。
そのうち、自然に任せようとし、ゆっくりゆっくり、彼らのお仕事と向き合っていくようになりました。
そして、あれから時が経ち、私は、嵐さんの存在を、嵐メン5人の人となりを、そのつながりを、相葉さんについては、強さや弱さも含めてより深く、人として愛せるようになりました。
何かのきっかけで急に、というよりも、たとえ小さくても、お仕事をひとつひとつ大切にし、互いを思う彼らへの尊敬の念が、少しずつ重なって、今につながっていると思います。
3年前、ファンクラブに入るとき、「好きなアーティスト名」を書くのに、とても困りました。
相葉さんが好きだから、じゃなくて、5人の人柄や関係性、雰囲気、これまで自分にくれたもののすべてが、私をファンクラブにいざなっているのに、と。
5人全員で良いよ、なんて思ったりもしました。
でも、誰か一人を書かなきゃいけないので、それだったら誰?と考えたとき、すべては、「相葉さんが嵐メンだった」ことがきっかけだと気づきました。
もしも彼が、嵐メンでなかったら、ここまでの気持ちにはならなかった。
そんな、原点回帰(?)と最大級の感謝をこめて、
「相葉雅紀」
と書きました。
あ~、ものすご~く緊張した~
というのは、よく覚えています。
あれは、ずっと変わらないものだと思って、気持ちをこめて記入したのですが、
今年、知りました。
ケータイやパソコンからも変更できることを…。
え~っ
閑話休題。
と、いろいろあって、嵐さんと私との今の距離感があるのですが、私は、最近になって、こう感じるようになりました。
今のこの瞬間が、「大好き」の最高地点。
明日は、さらに高いところに。
明後日は、明日よりももっと高いところに。
そうして、日々、「好き」が積み重なっていく。
なぜ、こんなにも好きなのだろう?
理由を考えた。
時間がどれだけかかっても、はっきりとした結論は出ない。
でも、私の中で確かなものがある。
彼らに、彼らのお仕事に向き合っていると、楽しくて、安らぐ。
その笑顔を見ると、気持ちがほぐれて、やわらかくなっていく。
言葉にふれると、心が動き、思わず、ハッとなる。
そして、その瞬間瞬間が、私にとって、本当に、心地良い。
無理しなくて良い、私は私なりの歩き方で努力すれば良い。
彼らの歩むその速さは、私に、生きていくためのヒントになっています。
いつもいつも…
1999年11月3日から、2011年11月3日まで、本当に、ありがとう。
干支が一回りして、3回目の大会の年になって、
12年後のこの日も、あの日と同じように、全員が顔を合わせてお仕事できたことが、私もとてもうれしいです。
あなたたちのやり方で。
あなたたちの速さで。
これまでも、これからも、本当にありがとう。
今日、嵐さんのデビューから、12年経ちました。
あっという間…
ではなかったなあ。
思いがたくさんありすぎて、サラッとは振り返られないです。
あの日、握手会があることは知っていました。
翌日、テレビでその様子を観て、
「あ~、握手できる人がうらやましいな…」
ぼんやり思っていました。
だけど、そのときは、嵐さんの存在を愛せる、とまではいかなくて、とまどいや不安や心配でいっぱいで。
「相葉ちゃんがいるから…」
の思いだけが、自分を支えていたのかもしれません。
バレー中継で、オープニングアクトを観るときは、うれしい、よりも、心苦しい気持ちが勝ってしまって、彼らを真っ直ぐ見つめることができなかった。
「バレーのために結成された」彼らへの、世間(、特に、真剣にバレーを観たい人)の視線を想像したら、手放しでデビューを喜べなかった。
相葉さんファンであると同時に、スポーツファンとしての自分もいて、その両方の気持ちがわかっていたから。
そして、これからも嵐さんを応援していきたいのに、大ちゃんや翔ちゃんのことをあまり知らなかったし、どうやって好きになったら良いのかわからなくて、かなり長い間悩んでいました。
それがクリアにならない限り、「嵐のファンです」とはいえないし、ファンクラブやライブなんてもってのほか。
そんなスタンスでいるなんて、彼らに失礼だと思っていました。
でも、考えても考えても、迷宮でさまよっているだけ。
そのうち、自然に任せようとし、ゆっくりゆっくり、彼らのお仕事と向き合っていくようになりました。
そして、あれから時が経ち、私は、嵐さんの存在を、嵐メン5人の人となりを、そのつながりを、相葉さんについては、強さや弱さも含めてより深く、人として愛せるようになりました。
何かのきっかけで急に、というよりも、たとえ小さくても、お仕事をひとつひとつ大切にし、互いを思う彼らへの尊敬の念が、少しずつ重なって、今につながっていると思います。
3年前、ファンクラブに入るとき、「好きなアーティスト名」を書くのに、とても困りました。
相葉さんが好きだから、じゃなくて、5人の人柄や関係性、雰囲気、これまで自分にくれたもののすべてが、私をファンクラブにいざなっているのに、と。
5人全員で良いよ、なんて思ったりもしました。
でも、誰か一人を書かなきゃいけないので、それだったら誰?と考えたとき、すべては、「相葉さんが嵐メンだった」ことがきっかけだと気づきました。
もしも彼が、嵐メンでなかったら、ここまでの気持ちにはならなかった。
そんな、原点回帰(?)と最大級の感謝をこめて、
「相葉雅紀」
と書きました。
あ~、ものすご~く緊張した~
というのは、よく覚えています。
あれは、ずっと変わらないものだと思って、気持ちをこめて記入したのですが、
今年、知りました。
ケータイやパソコンからも変更できることを…。
え~っ
閑話休題。
と、いろいろあって、嵐さんと私との今の距離感があるのですが、私は、最近になって、こう感じるようになりました。
今のこの瞬間が、「大好き」の最高地点。
明日は、さらに高いところに。
明後日は、明日よりももっと高いところに。
そうして、日々、「好き」が積み重なっていく。
なぜ、こんなにも好きなのだろう?
理由を考えた。
時間がどれだけかかっても、はっきりとした結論は出ない。
でも、私の中で確かなものがある。
彼らに、彼らのお仕事に向き合っていると、楽しくて、安らぐ。
その笑顔を見ると、気持ちがほぐれて、やわらかくなっていく。
言葉にふれると、心が動き、思わず、ハッとなる。
そして、その瞬間瞬間が、私にとって、本当に、心地良い。
無理しなくて良い、私は私なりの歩き方で努力すれば良い。
彼らの歩むその速さは、私に、生きていくためのヒントになっています。
いつもいつも…
1999年11月3日から、2011年11月3日まで、本当に、ありがとう。
干支が一回りして、3回目の大会の年になって、
12年後のこの日も、あの日と同じように、全員が顔を合わせてお仕事できたことが、私もとてもうれしいです。
あなたたちのやり方で。
あなたたちの速さで。
これまでも、これからも、本当にありがとう。