"氷壁"のモデルとなった「ナイロンザイル事件」のその結末だけは報告しておきましょう。

岩稜会のたび重なる公開質問状を無視し続けていた著名教授はついに、あの「公開実験は登山とは無関係で、船舶・グライダーに関する実験であった」という談話を発表します。

"勝手にジャーナリズムが騒いだだけ"との一言はなかったようですが、今度は報道関係者から、真相究明の声が上がります。

昭和48年、自衛隊や、各地のレンジャーを含む130名の注視の中、公開実験が実施され、各種のザイル、自然石等も用意、実験装置は岩稜会のものが用いられました。

問題のザイルは「90度の岩角、50センチの滑落」で見事に切断されました。

テレビ、新聞がこの結果を大きく報道。

これを機としたように、昭和50年には国のザイルに関する安全基準を設定、世界でも最初のことでした。

ザイルメーカーも岳連の機関紙に陳謝を表明、日本山一岳会の「山日記」に31年度版のザイル記事について、遺憾の意が表記されたのは、昭和52年度版でのことでした。

"21年目の真実"とある新聞はそう題して記事をしめくくりました。