うっかり読めば(うっかりでなくても)、
その匂いが女の体の別のところのもげびのであると誤読してしまいそうだ。
しかし、それは私(のような下卑た読者)の誤読というよりは、明らかに作者は、
そうした誤読を誘発しようとしている、こんな風に。
「こいつが一番よく君を覚えていたよ。」と、人差指だけ伸した左手の握り拳を、
いきなり女の目の前に突きつけた。
「そう」と、女は彼の指を握るとそのまま離さないで手をひくように
階段を上って行った。
(中略)
「これが覚えていてくれたの?」
「右じゃない、こっちだよ。」と、女の掌の間から右手を抜いて火燵に入れると、
改めて左の握り拳を出した。
彼女はすました顔で.「ええ、分ってるわ。」ふふと含み笑いしながら、
島村の掌を拡げて、その上に顔を押しあてた。