猫が変じて虎になる(1962) | 日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために

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日本映画をひとりの男が見続けます。映画はタイムマシンです。そういう観点も含め多様な映画を解説していきます。範疇は作られた日本映画全てです。

猫が変じて虎になる
1962年 日活
監督:春原政久 主演:小沢昭一、長門裕之、南寿美子、由利徹

題名の通り、酒を飲むと豹変する男の物語。小沢扮する保険の営業マンが殺し屋と間違えられるという発想はなかなかおもしろく、長門や由利徹などとのコンビネーションもバッチリである。あまり、語られることがないが、この当時の春原監督のコメディはなかなか安定感がありおもしろい。そして、小沢昭一の静と動のコントラストがはっきりした演技もみものである。ラスト、彼女を隣に列車に座りこみながら飲んでいる中に、金や保険の証書が列車から風にふかれて飛んでいくさまは、ハリウッドのライトコメディみたいな軽やかさである。(たぶん、パクリだと思うが)

小沢はニコニコ生命保険のセールスマン。しかし、酒癖が悪く。保険に入ってもらった家で大トラになって、その際に相手が死んでしまう。入金を一回もらっただけで保険金払うことになり、大目玉。寿市に出張を命じられる。いきの列車で乱暴な男(長門)と女医の南と一緒になる。つくと、そこは皆がお酒を飲んで長寿のまち。誰も生命保険など入らない。そんな、小沢が殺し屋と間違えられる。この町の大ボスが、由利徹の土地がほしくて、彼を殺すために殺し屋をよんでいたのだ。そしてその殺し屋は長門だった。小沢は仕事を邪魔したと長門にピストルで撃たれけがをする。それを介抱したのは南だった。しかし、その小沢のケガが、街に不安をおこし、保険に入ってくれるようになる。だが、裏でボスが動き、みな取り消しをいいにくる。長門は由利を殺そうとするが、二人は網走で刑務所仲間だったのだ。小沢はボスに文句をいいにいくと、「お前が由利をなんとかしろ」といわれる。だが、小沢がいってみると、由利はフグに当たって死んでいた。そこで小沢は長門に酒を飲まされる。小沢は性格が一変、長門に由利の死体を背負わせてボスのところに。由利が生きているように動き、驚くボス。小沢の酔っぱらった勢いに、降参する。小沢はみなに保険に入ってもらい、長門は金をもらって、東京に戻るのだった。

小沢は最初と最後以外は酒を口にしない。彼がいつ酒を飲んで暴れるのか?というのがこの映画のひとつのみどころであり、そのあたりはうまくできた映画だ。

いった出張先が長寿の街で、老人が「誰も死なない」といいきるのは、なかなか凄い。まだ、介護とかボケとか問題にならなかった時代の理想郷なのかもしれない。小沢が「命に関係あるお仕事?」ときかれ「そうだ」といって、殺し屋に間違えられるところも面白い。そう、小沢昭一の、少し腰のひけた感じがおもしろいのだ。

その脇を南利明とか由利徹がうまく走る感じも気持ち良い。まだまだ若い彼らの喜劇人魂というか、キレのよいセリフのやりとりは、小沢の演技とうまくマッチしている。しかし、由利がフグにあたって死んだ後、死体の状態でドドンパを踊るという設定は笑える。

そこに、殺し屋役の長門が加わる事で、日活アクションのパロディ的な感じにもなっている。監督はたぶん、ダイヤモンドラインの併営番組として、そういう部分も意識はしているのだと思う。

小沢と最後には結ばれる役に南寿美子。この人、なかなかグラマラスで魅力的な人である。小沢をさらりとサポートする感じがなかなかよい演技である。

全体的に話はわかりやすいし、しくまれたギャグもそこそこ決まっている。小沢の演技がうまくいかされたライトコメディである。先にも書いたが、よく考えればハリウッド的なものの模倣だろう。日活の監督はみんな、そういう世界をしっかりと自分なりにパクルのがうまいのだ。

舞台の寿は、今の富士急の寿なのだろうか?たぶんでてくる駅はそのもののような気がするのだが?確認はできなかった。

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