1966年 東映
監督:マキノ雅弘 主演:高倉健、鶴田浩二、藤純子、藤山寛美、天津敏
この時期になると、東映任侠映画のかたちが明確になって来たようで、観客の壺をこころえたような演出になってくる。ラスト20分くらいの部分、鶴田が恋する野際陽子と別れ、斬り込みにいき、朽ちて、その後に続いて高倉の斬り込みに続く。このダブルで狂気が続くさまは、任侠映画的には珍しいが、実に観ている方の快感につながる。喧嘩のメッカともいうべき神田に舞台を置き、その祭りの当日の話ときて、舞台もそろっているわけである。ラスト、藤純子が高倉の抜けない刀の指を一本一本解いてやる様が、きまりすぎている。4作目にして、シリーズのひとつの結実をみせる作品である。
神田、火消しの「よ組」。昔堅気の江戸ッ子の街にもやくざがうろついていた。火消しの高倉の元恋人の芸者だった藤は今は呉服屋の奥さんにおさまっていたが、その夫(小林勝彦)が博打に手を出し、店の権利証を高利貸に担保にしてしまう。その裏には大貫一家の天津がいた。高倉が賭場に飛び込みインチキ賭博をあばき、小林をつれかえる。借金はよ組の頭(河津清三郎)がようだて、小林も仕事に戻るが、店が焼かれてしまい小林が死ぬ。放火らしいが証拠がない。そして、借金の証文も書きかえられ、期限が過ぎたという。みな天津の指示だった。そんな天津の組の客人の鶴田は大阪から女(野際陽子)を連れ逃げてきていたが、組から縁をきられる。そんな中、天津のやりかたになにもできなかった。河津は裁判を起こしてなんとかしようとするが、天津は藤のところの番頭(近藤宏)をいためつけ偽の証人にする。番頭は自殺する。藤はしかたなく芸者に戻る。裁判が行われようとする中、天津は河津を闇討ちし、藤をさらって裁判をやめさせようとする。その頃、鶴田のもとには大阪から昔の子分(長門)がくる。病気の野際を大阪に返し、鶴田は天津を殺しに乗り込み、殺される。そのころ、高倉は藤を探していた。鶴田の斬り込みで逃げてきた番頭(山城新伍)の知らせで高倉は藤のもとに向かう。そして、天津を殺し、警察に出頭するのだった。見送る「よ組」の面々がいた。
なにか、最後に、高倉と藤の思いが重なったような感じで感慨深いラストである。そして、みどころは鶴田の様式的な殺陣を魅せられた後での、健さんのスピード感あふれる斬り込みシーンである。とにかく、若さで出来る技だし、その役の根底にある恨みの重さが乗り移ったように力強い。銃の弾がなくなった天津を死んでも何度も何度も斬りつける。これは、マキノ監督の演出を遥かに超えたところでの演技ではないだろうか?とにかく、高倉健は、この時代にあきらかに高倉健として完成したことがわかるのだ。
藤を守る番頭役で山城新伍がでてくるが、ここではまだ二の線のようだ。この映画でのピエロ役は藤山寛美である。その寛美の女が中原早苗というのが、ちょっと意外なのだが、これが実にあっている。中原という人は、どちらかといえば、大阪色があっているのかもしれない。
そして、鶴田の女としてでてくる、野際陽子が意外に雰囲気がある。この頃は、片手間に女優業をやっていたようだが、この映画が二作目。(一作目は加藤泰監督「風の武士」で、これも意外である)そうとは思えない、しっかりした女優の空気感を持っている。鶴田と別れるときの演技は必見。こういうのをみせられると、最近の女子アナとは一線をかくした人だったという事がよくわかる。観終わった後、に悲しくみえる女ができるとは凄い・・。
そう、そんな野際を迎えに来る、長門裕之が前三作とは違い、片目のまじめなヤクザである。鶴田を刺そうとするシーンもあり、これもなかなか決まっている。前作から続けてみると、長門の役者としての懐の深さもわかる。
話としては、よくある任侠映画の構図であり、珍しいものではないが、そういうキャストの巧みさや、悪役のいやらしさ、非道が明確で、観客の怒りが一点に絞られるため実に爽快な映画である。
しかし、天津敏の悪役のいやらしさは大したものである。、よくみると、長塚京三さんの顔を大きくしたみたいな感じなんですよね。そう、顔がでかいというのも悪役に必用な事。そのあたりが、最近の人では難しいのかもね・・。
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