1961年 日活
監督:山崎徳次郎 主演:小林旭、浅丘ルリ子、神山繁、山内明、藤村有弘
流れ者シリーズ5作目であり、最終作。完全に、「渡り鳥」とシリーズが同化してしまった感じもあったのだろうし、マンネリ感もはなはだしく終焉という感じだったのではないか。今は、一本づつ書いているので、差異がわかるのだが、少し経つと話が混じる。正直、「渡り鳥」と合わせて、このシリーズの内容を混じらずにしっかり説明できるなどということは奇跡に近い話である。実際は「渡り鳥」は、この映画の公開の一年後まで続くわけで、こちらは自然に先になくなったというところではないか?
旭は火薬会社に勤める友人を訪ねて豊橋にくる。そこで襲われる浅丘と子供(島津雅彦)を助ける。尋ねると、友人は事故で死んでいた。その会社の社長の経営するキャバレーにいくと、浅丘を襲った輩がいる。そして、のんだくれの男(信欣三)を介抱しホテルに連れていくと浅丘がいた。信は浅丘の父で友人は浅丘の兄だったのだ。信の造船所は火薬会社から金を借り瀕死状態になっていた。そんな中、新火薬のビジネスで藤村が女(白木マリ)を連れてやってくる。そこに社長(山内)が帰ってきて、お互いの火薬を合わせ商売する話に。山内が連れていた女(楠郁子)は友人の妻だったが、山内が奪ったものだった。旭は周囲をかぎだし、信の持っている島を奪い取るのが目的とわかってくる。旭はキャバレーの中に入ろうとすると、そこに新たな流れ者(神山)がいた。いかさま賭博を見抜き、社員になる旭だった。だが、山内はまずは信から浅丘を奪い取ろうとする。そして、旭も神山に殺させるように仕掛けるが、神山は船上で旭とともに山内たちの手下を殺しにかかる。船が爆発して二人とも死んだに見えた。そして、山内はすべてを知った浅丘や楠木も殺そうとする。だが、そこに旭がかけつけ一件落着。刑事の神山がすべてつかまえ終幕。浅丘は旭を止めるが、祭りの中を去っていく旭だった。
友人の死によって、地元のいざこざにかかわるようなストーリーはいかにもである。最後に浅丘に告げずに流れていくのは定型的で特にみどころはない。いつもと同じで楽しくみられる映画である。ただ、重要なライバルである宍戸が抜けるとやはり何か色が変わってしまう。神山はその代わりだが、トッポさがたりないし、エロさも足りない。結果として、彼は刑事という事で、それを考えるとこれは宍戸の役ではない。宍戸がでられないからこういう脚本なのか、その逆なのかはよくわからない。
舞台は豊橋。だが、いままでの舞台よりは観光スポットは少ない感じで地味だ。吉田城がでてきて、ちくわ工場がでてくるくらいか?あと、このシリーズでは珍しく温泉に入る旭がいる。中で「ダンチョネ節」を歌っている。メインテーマは、この曲と「さすらい」だ。ここで、ちくわ工場の社長と知り合い、そこの二階に住むという話になるのだが、話の中ではあまり重要な感じはしない。ちくわ工場をタイアップするためのネタなのかもしれない。
話の肝になる、火薬だが、麻薬や金といったものにくらべ地味であり、山内が大儲けしたいのはわかるが、やはりレジャーランドを作りたいというような話の方がしっくりくる。信の島を狙っているのだからそういう方がわかりやすいと思うのだが・・・。
とはいえ、火薬を運ぶというネタから、船を爆発するシーンはなかなか迫力がある。前作「大暴れ風来坊」でもタンクローリーが爆発したシーンがあったが、二匹目のどじょうのようなシーンだ。そして、ここでの船上の撃ち合いはアクションとしてはこの映画の中ではもっとも見せ場である。神山もよく動いている。
浅丘といつもいて、楠の子供である、島津雅彦は当時の名子役である。小津安二郎の「おはよう」などの演技で知っている方も多いだろう。ここでも、なかなかの好演である。しかし、名子役というのは昔から何を考えているのかよくわからない。だから、大人がちやほやするうちに世界観がおかしくなるという部分は多々あるのだろうな・・。芦田愛菜が15年後に裸になってないように祈るばかりだ・・・。
あまり書かなかったが、白木マリのフロアショーを見るのはこのシリーズはいいシリーズである。毎回、違った形のフロアショーを見ることができる。そういう部分も日活アクションらしいところであり、無国籍性を増幅している。
ということで、5作の「流れ者」シリーズを見てきた。「渡り鳥」と対比するとまたおもしろいのだが、あまりにも似たような話が続き、食傷気味になるので、それはまたの機会にする。
と、これを書こうとしたところで、新藤兼人監督の訃報が届く。予定変更で、明日から何本か追悼特集したいと思います。
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