婚約指輪(1950) | 日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために

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日本映画をひとりの男が見続けます。映画はタイムマシンです。そういう観点も含め多様な映画を解説していきます。範疇は作られた日本映画全てです。

婚約指輪
1950年 松竹(製作:松竹、田中絹代プロ)
監督:木下惠介 主演:田中絹代、三船敏郎、宇野重吉

東宝争議の関係だろうが、この頃、三船も他社出演がいくつかある。その中でも、木下惠介作品があるというのを知らない方も多いのではないか?まあ、三船の松竹出演は、これと黒澤監督の「白痴」と晩年の寅さんのゲスト出演だけである。そして、この映画は、田中絹代がアメリカに行ってきて、帰って来たパレードでアメリカかぶれの衣装で投げキスをして総スカンを喰った後の復帰作である。そして、かなりの不評だったということが記録として残っている。というか、映画についての事に書いたものはあまり残っていないのだ。結果、三船の話題はほとんど残っていない感じだ。話は病床の夫を持つ夫人とその主治医の不倫の物語である。この時、田中の実年齢は41歳。三船は30歳である。60年前のセカンドバージン?いや、あくまでもプラトニックではあるし、印象は綺麗な話だ。ある意味、年下に不倫する話だったので、田中の不人気につけこんで、作品もめちゃくちゃいわれたのだろう。芸能マスコミとは60年たっても少しの成長もないことが分かる。ここでの三船敏郎は、見事に松竹のメロドラマの俳優になっている。木下監督の色にしっかりと染まれる余裕ができていたのかもしれない。そして、田中との二人のシーンがかなりの部分を占めているが、なかなか見ごたえがあるし、再評価されるべき部分も多々ある映画だと思うのだが・・・。

田中は東京で宝飾店をやっていて、週一で夫(宇野)が病気で療養する伊豆の網代にやってくる。ある日、向かうバスで大きな男(三船)と一緒になる。それは、新しい夫の係の医者だった。初日から、何かときめくものがあった。そして、三船が東京で田中の店に寄った日に靴をプレゼントする。宇野からは、「綺麗になった」といわれる。田中は週末が楽しみになる。田中は夫との夫婦生活が少しでこの生活に入ったので、三船の健康的な姿が恋しかった。そして、ある日帰りに熱海で二人きりになる。三船が告白し、田中も想いを伝えるが、それが二人を気まずい思いに走らせていく。宇野もそんな二人を勘づいていく。三船は東京にはっきりさせにいくが、田中は「夫を愛してる」という。週末、網代の駅で二人はあい、歩きながら心の整理をし、三船は二人に高原の療養所にいくことを勧める。だが、その姿をみられ、それを宇野が聴き、家を飛び出し、海に飛び込む。田中はあわて、三船が助ける。宇野はおちつきを戻し、三船にあやまってくれと田中に頼む。熱海の病院で三船を訪ねると料亭に呼び出される。迷うが向かう田中。思いを止められない三船の最後の賭けだった。しかし、二人はきれいなまま日常に戻る。少しして、高原に向かう列車を見送る三船がいた。

木下監督らしい丁寧に心情を描いた映画である。田中と三船のバランスもなかなかいいし、それを嫉妬する宇野の演技もなかなかである。三人の心の葛藤を映像に細かく刻んだ感じはなかなか好感が持てる。今、この話をアレンジしたらキスもするだろうし、一線も越えるだろう。最近はそうしてから悩むという事が多い気がする。直情的で、アナログな感情があとから湧き出るようなそんな感じなのかもしれない。ここで示される恋物語は1950年そのものだろう。

そして、戦争の影がある時代、こういう関係は実際にも多々あったのではないか?だが、それを暗くならずに、そこそこの重さで描けているので、最後まで不快な気はしなかった。先にも書いたが、この映画は田中のために作られた映画だ。しかし、彼女自身のスランプというのもあるのか、全体にちょっと演技の出来がバラバラの感もある。三船にあってウキウキするところは非常に明るいのだが、時間がたつにつれ、何か顔が凡庸でかわいくない画が多々あるのだ。そして、最後に料亭に向かうかどうかの芝居もちょっと粗い感じがする。芝居に打ちこめない感じなのかもしれない・・。

そう考えると、この映画は題材といい、田中のアンバランスな部分といい、ゴシップ記者にはつっこみどころ満載だったのではないかと思われる。三船が海パン一枚でいるところに後ろから抱きつくシーンなどで、本当に二人は関係があるように書くのも簡単である。実際、三船に正直な心を示すシーンは実に田中が生き生きしている。まあ、かわいい後輩だったのだろうが、実際に好感はもってたような感じが・・・。

三船も柔らかい田中の演技に見事に呼応してみせる。ここにいるのは黒澤映画のちょっといかつい彼ではなく、ソフトな彼である。松竹で考えれば佐多啓二を少しごつくさせたらこんな演技をするのではないかと思われるのだが・・・。

そんな二人をじっくりと見守るするような脚本は、最後に二人を試すために料亭の席に対峙させる。少し長い感じもするが、なかなか見せるシーンである。最後に三船が田中に「ひざの上で泣かせてくれ」と近づくが、彼女のはめる婚約指輪の前に心砕け泣く。そしてその勢いで外の流しに歌を歌わせ、その流れる演歌に涙する田中のカットまでなかなか高揚感がある。

この題名にある婚約指輪の使い方もうまい。これはひとつの田中と宇野の思いの証なわけである。田中は、週末に宇野に会いに行くときだけそれをはめるという。そして、三船に心ひかれ、ある日それを別荘に忘れてしまう。それを見つけ心乱す宇野がいたりもする。そう、心をつなぐ道具としておしゃれに機能しているのだ。こういう脚本を書ける人も最近は少ない気がする。

熱海、網代は当時の駅前やホームの風景がかなり詳細に観ることができる。東海道線や伊東線を走る列車が結構な量、映し出される。二人の心がはやる気持ちを列車にこめているということもあるようだ。

シンプルなプラトニックな不倫劇であるが、観終わった後に何かホッとする感もあるフィルムであり、三船敏郎の違った一面が見られる一篇である。先にも書いたが、決して愚作ではない。田中、三船という2代スターの共演は今観てもなかなかうれしい感じだし、日本映画史の中でもっと語られてもいい作品だと思う。興味ある方は是非!といいたいのだが、DVD単品で売ってないんだ・・・。


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