こんばんは、runtaです。


最近は冬と春が行ったり来たり。ゆれるゆれる。
太陽が陽気になったり。風が狂ったり。桜が咲いたり。豪雨が襲ったり。。


季節の変わり目を肌で感じますね。


こんな目まぐるしい毎日だから。
僕の周りでも体の調子を崩したり、心の調子を崩す人がちらほらです。


僕も本を読むペースが遅くなったりと、
なんとなーく自分のリズムが狂ってるかなと思うことがあります。


僕はそんな時、無理して新しい本を読むことをやめて、
今までに読んで気に入った本を読み返すようにしています。


ほら。自分のリズムが大切だからね。


そんな中で今回読み返した小説の一節。



岐路。分かれ道。……あの夜は、
必然的にそうなるしかなかった通過点ではなく、分岐点だったと言うのか。
―『ボトルネック』米澤穂信より。



通過点と分かれ道。。


道について電車の中でなんとなく考えてみました。


僕らは毎日を通過点として生きている。でも。
一本道だと思っていた道が、実はたくさんの分かれ道を選んで生きている。


選んでなくても、選んだことになっちゃってる。。うーんなんて理不尽な。
でもそれが人生ですね。


とはいえ、毎日の一瞬一瞬が分かれ道だと思って生きてたら、疲れちゃうし。笑


だから僕は思う。ポイントだけは押さえておかなきゃなぁって。


毎日を生きていても、客観的に自分を見て、アンテナを張ってなきゃいけない。


ここぞって時は抗うこともするし、一気に流されることもする。


そんなためのアンテナ。




ひとよひとよにひとみごろ-宇宙むし。

※イメージはこんなアンテナ。笑(2年前にアップした『宇宙むし』のラクガキ。笑)



ここまで書いて思いました。ただのイメージだけど。


両脇は壁で、人生は迷路のような道だって思っていたけど、
実は壁なんかなくて、道なんてないんだよね、きっと。


そう、周りはただの荒野みたいなイメージで。
道なんてないだよなぁ。なんて。


進む道を「進路」とか言うもんだから、学生の頃から進路進路って言われて、
道は選ぶものみたいな錯覚に陥っちゃうけど、


本当は、道なんて、ない。


ただの荒野だ。まぁわかりやすくするために選択肢ってものを具現化するだけで。
学生の頃まではある程度は用意されてるしね。道。。


でも、そこに囚われちゃうと人生の上でも「道に迷う」なんて言葉が出てきたりする。


まずは、この囚われから解き放たれないといけない。


本当は、道なんて、ない。


これ、本当は学校で最後に教えるべきことなのかもって思ったりもする。


そして、この「道」という囚われから解き放たれると。。


おー。この言葉に行き着くわけですね。





僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る。
―『道程』高村光太郎より。




やっぱり先人は偉大だ。




それが道を拓くってことだね。自分の人生を生きるっていう。。





俺、がんばるね、光太郎。笑

こんばんは、runtaです。


横浜の元町を散歩してたら、


魔法のガラス絵画展に行くネコを見かけました。




ひとよひとよにひとみごろ-魔法のガラス絵画展とネコ。

※クリックして拡大してみよう。




なんか、なごみました。




いってらっしゃい、ネコさん。笑




にゃー。

こんばんは、runtaです。

なんとなく、自分のことを書いてみます。


超楽天家。。お気楽すぎ人間。。O型中のO型。。


これは僕がよくよく周りの人に言われる言葉です。
※いや、褒め言葉だと僕は思ってるんですけどね。。


まーなんやかんやあっても、
何でも結局心の底ではうまくいくと思っているのが態度に出ちゃうから、
こう言われるんだと思います(・∀・)くす。



。。で、なんとなく。そんな自分になった過去を振り返ってみました。




小学6年生の時、心理テストが流行りました。



「金と銀と銅の○○があります。あなたはどれを選ぶ?」



みたいなよくあるやつです。答えは忘れちゃいました。

その時、小学6年生の僕はふと気づいたんです。



「金を選ばなきゃいけない」という強迫観念みたいなものが自分の中にあるということを。



当時の僕は、クラスに一人はいる典型的な「元気くん」でした。


マラソン大会や、スケート大会ではいつも1位で、
運動会に出れば応援団長で騎馬戦の大将でリレーのアンカー。

サッカーが大好きで北海道の地区の大会ではいつも優勝。いつも得点王。
勉強で目立つことはあまりないけれど、絵にかいたような元気くん。


みんなが思ってる。runtaイコールいちばんが大好き。runtaは目立ちたがり屋の元気くん。



そんな自分だから「runtaは金を選ぶんでしょ」ってみんな思ってる。



だから。僕は金を選ぶ。。あれ?



僕に選択肢は金しかないのかな。。そんな自分に疑問を抱いた小学6年生。




それから数年が経ち、高校生になった僕。




中学時代の友人から相談ごとに乗っていたとき、内容は忘れてしまったけど、
小学生の時の心理テストと同じような選択を迫られた。




「AとBとCという道があるんだけど、だったらruntaだったらどれを選ぶ?」みたいな相談でした。




その時の僕は、どれでもいいと思った。
※たぶん、そんなに深刻な相談ではなかったような。いや、単に興味がなかったような。。



Aが正論な道。
Cが突飛な道。
Bがその中間の道。



そんな感じだったと思う。


僕は適当に「Cじゃん?」と言った。突飛な道。


驚く友人。当然「なぜ?」と聞いた。




「なぜなら○○だからだ」




と僕は答えた。


友達は一瞬考え込んだ顔をして、こう言った。




「runtaらしいね」と。




僕はこの時、初めて知った。




理由なんて後付けでいいのだと。



ぶっちゃけ僕はAでもBでも自分らしい理由付けができていた。



そして。



結論なんでどれでもいいのだと気づいた。



自分らしさというのは、結果じゃない。

自分らしさは「なぜなら○○だからだ」と言う後付けでいくらでも決められるのだと。



これに気づいてから、僕はずいぶん気楽な人間になった。



どんな結果であれ、どの道を選んだとしても「runtaらしいね」と言われることができるから。。




だから、僕はお気楽。



確かに、周りの目を気にすることもなく、生きている。


周りの目なんていくらでもなんとでもできるから。


どんな困難もいくらでもなんとでもできるから。



どの道を選ぶか迷ったら、


「なぜなら○○だからだ」と一番自信をもって答えられればそれでいいのだから。


それだけのことだ。




。。なんて言ってらこんな人間になってました。笑




そんな僕。



たぶんね、



裁判官になっていても。
フリーターになっていても。
警官になっていても。
医者になっていても。
農家になっていても。



きっと僕はみんなから「runtaらしいね」と言われると思う。




最後に。




どこで出会ったかは忘れてしまったけど、僕が好きで、時々口にする言葉があります。





「大事なのは、どの道を選ぶかより、選んだ道をどう生きるかだ」




こういうのを、座右の銘って言うのかな。



だから僕は、選んだ道を必死で生きている。