高野山の冬は寒い。夏は涼しくてクーラーが要らぬほど快適だが新参者にとって冬はたまらない。標高が100m上がるごとに気温は0.6℃ずつ下がっていくというから、標高800mの高野山は下界より5度くらい低いということになるが、その地形もあってもっと気温が低いような気がする。毎年12月から3月までは最低気温が氷点下の日が多く、1月などは平均気温がマイナスである。  私が初めて冬を越した2011年でいうと1月の最低気温がマイナス11.5℃。2月がマイナス12.6℃。これは寒かった。
 
住まいでは石油ストーブと電気ストーブ、ホーム炬燵で暖を取った。独り暮らしは余計冷え込むので毎晩鍋を食べていた。ある夜、水道が止まった。凍り付いたのである。寒い夜は少しずつ水を出し続けるよう言われていたが、すっかり忘れていた。風呂に入りたいので何とかしようと外に出てバケツに雪を詰め込んだ。これを溶かしてバスタブに入れるという算段。ところがバケツ一杯の雪を溶かしてもごくわずかな水しか得られなかった。妙に納得。
翌日、職場の水道担当の人にSOS。おじさんがやってきてプロの技をみせてくれた。すなわち、あたためたタオルをピンポイントでパイプにあてる。すると見事に水が出てきた。聞けばこの日、某寺院では大きな水道管が凍って破裂し水浸しになったとのことであった。
そういえば家の外にある水道のパイプには何やら金属の細い線が巻かれていた。聞けば「熱線」だという。こちらの家庭はみなこういうふうになっていて冬には電気を通しておくのだそうだ。
因みに翌年も同じように水道が凍ってしまった。熱線の存在は知っていたのだが、スイッチを入れ忘れたから何の役にも立たなかった。
 
雪もすごかった。こちらでは一度降るとなかなか溶けない。そのうち、次の雪がまた降る。メインストリートの除雪のため、町では毎年1000万円以上の予算を計上して土建業者に雪かきをしてもらっていた。冬の公共事業である。
ある朝、外に出ると私の車が見えない。何とすっぽり雪に埋もれ姿が確認できないようになっていた。職場へ向けてスタートするまでに1時間ほど必要であった。スタッドレスタイヤは必需品。それにフロントガラスの氷を溶かす液体とか、下界では考えられない寒さ対策、雪対策、凍結対策装備が必要だった。
寒さに慣れている山内の子は元気。小学校では雪上運動会があって元気に走り回っていた。締めの餅まきでは白い餅が雪と同化してどこにあるのかわからなくなる。これもすごい体験であった。