毎月恒例の表現アートセラピーワークショップでした。
表現アートセラピーでは、出来上がった作品はもちろんですが、
その作品ができるまでのプロセスにいろいろ発見があります。
感情や体の感覚に注意をむけて、
自分と作品を含めた周りとの関係の中でプロセスを進めていきます。
なので、実のところ最終的な作品を紹介するのはすごく表面的な感じがして、
多分あまり伝わらないだろうなと思うので、
時々しか紹介していないのです。
加えて、表現アートはドラマだったり、音楽だったり、
ムーブメントも含まれるので、
作品として残らないものがたくさんあります。
絵を書くだけのワークショップは基本的にないので(そういうアートセラピーもあります)す。
さて、昨日の粘土を中心としたワークショップ、
今回も粘土のほかに、いろいろ動いたり、書いたりもしました。
今回は、珍しく何度も参加していただいているリピーターさんだけでしたが、
自由に動き回って、粘土を作って、楽しんでいただけたようです。
さてさて、わたしも参加者の皆さんと一緒に動いたり、
粘土を作りました。
後半の私のプロセスを少し紹介したいなと思います。
今回使用したのは土粘土です。(焼き物に使うもの)
粘土を触りながら、目を閉じて(必要であれば目を開けて)作品を作っていきます。
手が動くのに任せて、粘土をさわります。
最初は、粘土の塊は、
冷たくて自分の体温を奪われる気分がしました。
ちょっと嫌な感じです。
でも、柔らかくて自分の触ったように形を変えていくのは心地よいです。
しばらく触っていいると、冷たさも気にならなくなりました。
大きな塊を握っていると、棒状になってきたので、
端と端をつないでドーナツ状態にしてみました。
ドーナツを握ると(電車のつり革のように)
余分な粘土が手の間からツルリと逃げます。
その感覚が気持ちよかったので、場所をづらして握り続けると、
どんどん輪っかが大きくなっていきました。
しばらく、その感触が気持ちよくて続けます。
もういいかなと思い、その輪っかは一旦机に置きます。
ちらっと薄目を開けると、粘土の塊がもう一つ転がっていたので、
それを握ります。
大きさはちょうどおにぎり大。
おにぎりを作ってみました。(また食べ物だな。)
お腹がすいていたのかもしれません。
おにぎりは、何だかエネルギーが詰まってる感じだなとか、
手はいろんなものを創造するからすごいなとか思いながら。
力を入れすぎると、角がとんがってきました。
何だかエッフェル塔が思い浮かんだので、
そこからエッフェル塔を作ることにしました。
何だか、創造性の象徴のように思われてきました。
このあたりからは目を開けています。
粘土が柔らかく、ほそ~く長くというのはちょっと難しいようなので、適当な高さに調整。
残りの粘土がお団子大ぐらいあったのでまるめてみました。
粘土の輪っかをおいて、その中心にエッフェル塔?をおいて、
その間に丸いのをおいてみます。
何だか丸いのは少し物足りない気がして、
エッフェル塔の先をちょっとちぎって(笑)、
目と鼻と口を作って、丸い粘土にくっつけました。
出来上がったら、しばらく作品を見て動いてみます。
その作品になって動いてみてもいいし、
その作品をみて受けるイメージを動いてもいいですし、
自由です。
その後、粘土と会話をします。
それをライティングします。あるいはフリーライティング。
フリーライティングで次の文章が出てきました。
☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡
【創造性と歴史の間の「わたし」】
握る。半分逃げる
握る。半分逃げる
握る。半分逃げる
大きくなる、大きくなる、大きくなる。
踏ん張る、踏ん張る、踏ん張る。
高くなるために、踏ん張る。
三角は、創造性の扉
上にしか行かない、上にしか、上にしか、、、。
握って掴んで逃げたものは線路になった。
同じことの繰り返し
グルグル回る。
歴史は繰り返す。
美しい円を描いてぐるぐる回る。
星は回る、地球も回る、宇宙に線を描いてぐるぐる回る。
歴史はぐるぐるの中で、わたしもその中。
エッフェル塔はそこにある。
今も昔もこれからも。
これからも? これからも?
エッフェル塔と線路の距離はいつだって同じ。
私は歴史の中にいる。
創造性の中にもいる。
その間にもいる。
そして、私は新しい線路を創る。
新しい歴史を創る。
握る、半分逃げる
握る、半分逃げる
握る、半分逃げる
握って掴むのは半分だけでいい。
握って離さなければ、線路は伸びない。
私の新しい線路は広くて大きい。
2014,03,15 tomomi
