翌日省三は父に連れられ秀男の会社に行った。

秀男は大阪の心斎橋で渡瀬貿易㈱という会社を経営していて社員は百五十人くらいいた。

白鳥町で出来る手袋の五割以上が渡瀬貿易㈱を通して日本全国及び世界各国に販売されていた。

心斎橋の六階建てビルを見上げて省三は父の偉大さが想像もつかないほど大きく感じていた。

省三は五階の社長室の大きな応接用のソファーに座って父の仕事ぶりを見ていた。

いろいろな社員が入れ替わり入ってきて父と相談したり書類に決裁の印鑑を貰ったりしていた。

蝶ネクタイに鼻ひげを蓄えた父はテキパキと大きな声でそれらの社員に指示を出していた。

 

やがて隼人がやってきて父と仕事の打ち合わせをして、省三の座っているソファーのところへ来た。

「省ちゃん、退屈だろう、何か飲む?日本茶か、紅茶か、コーヒーかなにがいい?」

黒いスーツに蝶ネクタイの隼人はいつも笑みを絶やさず際立ってスマートに見えた。

「紅茶お願いします」

省三も改まった口調で答え<自分も隼人兄ちゃんのようにスマートな接客が出来るような人間になりたいなー>と感じていた。

 

隼人が社長室から出て行ってしばらくして黒のタイトスカートに白のブラウスを着た背の高い女性がお盆に紅茶と羊羹とスポーツ新聞を持って来てくれた。

「秘書の梅川明美です。なんでも御用があったら言ってね」省三に優しく微笑みかけた。

 

スポーツ新聞には昨日の巨人阪神戦が第一面で大きく載っていた。

別所が完封し、川上が七回にタイムリーヒットを打って1対0で巨人が勝っていた。

昨日の早朝、公園でサインをもらった別所、川上の写真が一面に大きく載っており

省三は「ヤッター!」と叫んで新聞を持って父のデスクの方に走って行った。

 

「どうした省三」父は省三のはしゃぎふりに驚いて顔を上げ声をかけた。

「この新聞見て。別所と川上の写真が大きく載っているよ。昨日サイン貰った日の写真だよ」

「なるほどいい写真だ。サインの色紙と一緒にこの新聞も大事にとって置きなさい」

「わしは昼は会合があるから隼人にどこかおいしいものを食べに連れて行ってもらいなさい」

「それからあさって、二十八日じゃがわしは用が出来たけん白鳥の工場に行く。省三も一緒に帰るか」

「はいそうします。今回は非常に大きな収穫がありました。早く帰って皆にこのサインを見せてやらなくちゃ」

「わっははははは、現金なやっちゃな」父は大きな口をあけて笑った。