手術の同意書にサインし提出をした翌日、父から「大切な話がある。お母さんはやはり手術は受けない。同意書は撤回できるとあるので撤回を申し出る。」とLINEがくる。

はあ!?と思っているところで病院から着信。担当医だった。

「お母さんと再度よく話をしたが手術はやはり受けないとのことだった。最後は本人の希望が一番なので無理強いはできない。手術、治療をしないということであれば入院している必要はない。明日、自分は出張でいないが同じチームの別の医師と話しをした後退院してもらって構わない。」というような話だった。

元々12/11に入っていた別の手術を母のために他の日に変更し、手術に向けての準備が進んでいた中、突然の申し出だったが怒ることもなく淡々と話される先生に申し訳ない気持ちと「ああ、これでもうこの大学病院は頼れない・・・」と不安な気持ちが押し寄せて思わず電話をしながら涙が出てしまった。

昨日あれだけ長時間話し合ったのはなんだったのか・・・

 

医師から「K大学病院内に退院後のサポートを行うセンターがあるので今後介護するにあたっての相談に行って」と言われた。

 

母の介護が急に現実味を帯びてくる。

 

12/8退院手続きで病院へ。

退院前に両親抜きで医師と面談。

手術を受けない場合どのような症状がどのくらいの期間で出てくるかを聞く。

「確実なことは言えないが3か月から半年の間でまずしゃべれなくなり、右手足が麻痺し寝たきりとなり、嚥下障害を起こし、意識障害で食事がとれなくなると思われる。」との答え。

その医師から「言い方は良くないかもしれないが終わりの見える介護で良かったかもしれない」と言われた。

この言葉は介護生活に入ってから何度も思い出した。

 

退院手続きを行う中で、母の認知機能を調べる簡単なテストがあった。

絵を見てそれが何か、何をしているところか等を答えるものだが7割程度は正解していた。

ただ簡単な名詞が出てこない母が苦笑いしながら「やんなっちゃうわ」と言うのを見てなぜか切なくなった。

手続きが終わるまで病室で待機していると前述のサポートセンターの方が来てくれ、まず早急に「地域包括支援センター」を調べて介護申請をするようにと言われる。

その後ケアマネージャーが決定すれば色々なことはそのケアマネさんが行ってくれるので任せると良いとのことだった。

 

退院手続きが完了し、タクシーに乗って実家へ。

タクシーの運転手さんに「退院ですか?良かったですね」と言われ微妙な空気が家族間で流れた。

これから始まる色々な事を考えると頭が痛い・・・