退院の付き添いを終えた私たち姉妹はそのまま実家へ泊り、宅配ピザを頼み一応退院祝い?をした。
久々に食べたピザは母の口には合わなかったようで「美味しくないね」と言っていた。
実家からバスで5分程の駅まで行き、20分ほど歩いた所に地域包括支援センターの分所のような「相談室」というものがあると分かった。
退院の翌日、姉妹で行って来ようかと話していると母も同行すると言う。
少し心配だったが脳以外は元気だし歩くのも運動になるので一緒に行くことにした。
相談室に到着し、どういった病気か聞かれ「膠芽腫」だと伝えたがやはり耳慣れない病名のようで「?」という顔をされる。
しかも介護を受けようという本人は杖もせず普通に歩いていて、受け答えもある程度はまともに出来ているため相談員の方はかなり困惑している様子。
実際には介護申請してすぐ認定されるわけではなく後日、介護保険調査員との面接がありその時の状況によって介護度が決まるとのことだった。
ただ、今の母の状態は要介護1(一番介護度が低いランク)にもならないかもしれないと言われたので「母の病気はとても進行が早く1週間先にはどうなってるか分からないので早めに介護申請をしておくようにと大学病院で言われた。」と説明をした。
その説明を横で聞いている母は何を思っているのだろうと少し胸が痛かった。
申請手続きを終え歩き疲れたので駅前の喫茶店で休憩をすることに。
母がここに父を呼ぶと言って電話をかける。
母が「時々寄ってる喫茶店」と言うとすぐに父は分かったようで15分ほどして合流した。
しばらく他愛もない話をしていると先ほどの相談室から電話がかかってきた。
「聞きなれない病名だったのでインターネットで調べました。大変なご病気ですね。大変失礼しました。すぐに申請をしてできるだけ早く認定されるよう動くので安心してください。」と言っていただいた。
喫茶店を出て途中でスーパーに寄って帰る事に。
4人でスーパーで買い物をするなんて私が中学生の頃ぶりなのではないだろうか。
休日の昼ごはんで母がよくワンタンを作ってくれたのを思い出し、材料を買って帰る。
母の作り方を思い出しながらワンタンを作りみんなで食べた。
母にどう?と聞くと「ちょっとしょっぱいね」との感想だった。
少しはほめてくれもいいのになぁ・・・まあ母らしいか。
(父がつけていたメモを今日から最後に残します。)
【父メモ】
12/9 長女、次女がK安心相談室へ。本人(母)もバスと歩きで同行。失語症状あるが会話できる。自力で全て行える。