12/4にMRI検査を受けた母。

入院している間に家族のグループLINEにメッセージを入れてくるのだがなんとなく様子がおかしい。

内容は帰りたいということと家の事務的な事の連絡なのだがなぜか「ですます」調。あと、意味は何となく通じるが言葉の選び方がおかしい。「退院する時」を「辞める時」と表現したり。

母の腫瘍は左脳にできており、左脳は言語を司るのでまず言語に障害が出ると後で言われていた。今思えばこのころから失語症の症状が出ていたのだろう。

 

検査結果が出るまでの数日、母のいない実家で父と色々話をした。

最初MRIを撮った時点で膠芽腫の疑いがあると言われていたので父もネットなどで調べていたようで「手術をしても余命が1年そこそこなのだとしたら何もしないで家で緩和ケアをしながら過ごさせたい」と初めて自宅介護を行いたいという気持ちを聞いた。

その時父は急速に病状が悪化するとは考えておらず、きっと数か月は母と散歩をしたり笑いあったりできるのだろうと甘く考えていたのだと思う。

そしていざ介護が始まってもご飯を食べさせてあげたりマッサージをしてあげたりとキレイな部分しか介護の想像ができていなかったのだと思う。

 

12/6検査結果を聞きに家族全員で病院へ。

先生より娘さん2人だけに先に話をしたいと言われていたので妹と二人で診察室へ。

検査結果はやはり悪性の脳腫瘍である膠芽腫でありグレード4。

このまま何も治療をしなければ予後は2~3か月。

医師として手術をすすめる。高齢だが体には悪いところがないから手術をすれば1年近くは好きな事が出来ると思われる。ただし完治はない。

先生は父が数年前に脳梗塞をおこしていたことと、話しをしてみた感じから「申し訳ないがお父さんには正常な判断ができないように思うのでお子さんお二人に判断してもらいたい。」とのことだった。

「とても進行の早い腫瘍なので手術を急いだ方が良い。最短で12/11の手術が準備できるので出来れば今日中にどうするか決めて欲しい。」とも言われる。

 

その後両親二人も診察室に入り病状の説明をうけ、別室に家族だけ移動し今後どうするかを相談。

妹と私は手術を受けるべきだと考えて話をすすめた。

母はまだ事の重大さを分かっていないのか「簡単な手術なんでしょ?じゃあ2週間ぐらいで帰れるわね」と。ただ手術は受けても良いという気持ちにはなったようだった。

父が何も言わないのが少し気になったが12/11で手術をお願いするということで話がまとまった。

と、簡単にまとまったように書いたが実際には母がすぐに自分の言いたいこと(「帰りたい」「腫瘍は消えているはず」等々)を言い始めるのでその都度話を元に戻さなければならずかなり時間がかかった・・・

 

病室に戻り手術に係る大量の同意書にもサインをし、少しだけ安心して帰宅した。