あきる野。 | 東京里山日記

東京里山日記

上野 純が東京の多摩地方で撮影した里山風景や、そこに暮らす生き物の写真を中心に載せています。


あきる野は
なんだかすごい土地みたい!

先日、通勤中に
赤字で『あきるの!』と書かれた段ボール箱があった。
中には、「真説『あきるの』地名考」と書かれたプリントが。

読んでみたら、、、


そもそも武蔵国多摩郡西部の小川(乎加波)郷(現在のあきる野市、日の出町一帯)というのは
律令時代から記録がある土地だそう。
日本霊異記(822年)には、
約120話に渡って百済・高麗のこと、
日本では越前~肥後までの国名が出ているけれど、
そのうち関東のことを書いたのは3話のみで
さらにそのうちの2話は小川郷の秋川流域に関係するらしい。

「あきるの」の 
「秋」という漢字は
「実る」という意味を持つ「穐(あき)」が、本来の字。
漢字が渡来した当初、秋は「稲が実る」という意味だった・・・つまり、「秋るの里」は「実りの里」

あき
という字はそもそも京言葉であって多摩弁ではないから、
この土地は、霊異記が編纂されたお上の土地で
遠い瑞穂の国の豊かな土地として認識されていたのだろう。

さらに二宮神社という格式の高い社や、
阿伎留神社という、多摩郡式内八社筆頭の神社もある。


とか
書いてあって

あきる野
こんなに面白い場所だったとは、と
尚更興味が湧く。


土地の名前も、普通では読めないような字が多いのも
なにかネイティブや縄文や渡来人の歴史につながる扉なのかもしれない。


有史以来の
人々を育ててきたあきる野の地。

わたしたちは、
知恵や歴史や願いや悲しみが染込んだ
豊かな土地に住まわせていただいてる。


この森に住んでいいだかー!
この木を切っていいだかー!
この土を耕してもいいだかー!


すべて、その本人(森、木、土)にお伺いをたてるという
宮澤賢治の話の中にあった
こんなような言葉を思い出す。


わたしたちだけの土地ではないんだ。