足がつりました

椎間板ヘルニアを発症して、すでに1か月半以上が経ちました。
右足には、まだ炎症による痛みがあります。とはいっても、整形外科で処方してもらった痛み止めを飲んでいるので、今はそれほど強い痛みを感じることはありません。

ただ、ふと考えてしまいます。

これは薬のおかげで痛みが抑えられているだけなのか。それとも、本当にヘルニアが治ってきているから痛みが軽くなっているのか。
自分では、まったくわかりません。

それでも、なんとか普通に歩けるところまでは回復してきました。

しかし、ここで少し焦りが出てきました。
このまま何もしないでいると、足腰の筋力まで衰えてしまうのではないか――。
というのも、私は来年も、今年と同じようにマスターズ陸上に出場したいと思っているからです。

もう一度、走りたい

私は2年前から、スプリントに取り組み始めました。
大腸がんの手術を受けて以来、大会に出場するなら、できるだけ結果を出したいという気持ちが強くなりました。

そして今年、地方の大会ではありますが、マスターズ陸上M70の200mと400mで優勝することができました。
あのときの爽快感は、今でも忘れられません。

「できれば、75歳くらいまでは、こんなふうに走り続けたい」
そう思うようになりました。

ところが、そんな矢先に椎間板ヘルニアを発症してしまったのです。
私は自分の体を信じて、手術をせず、自然治癒を目指す道を選びました。
今になって、「あのとき、手術を受けたほうがよかったのではないか」と、少し後悔することもあります。
それほど痛みがひどく、しかも症状が長引いたからです。

20歩だけ走ってみる

最近は、なんとかまともに歩けるようになってきました。
すると、少し調子に乗ってしまいます。
「もう少し走れるんじゃないか」
そう思って、20歩程度だけ、スプリントの真似事をしてみるのです。

しかし、まだ右足に全体重をかけることができません。
怖くなって、すぐに走るのをやめます。


そして、またウォーキングに戻ります。
現在は、1回に1万歩程度のウォーキングを続けています。

ただ、歩いていると、左右の足への体重移動のバランスが明らかに悪いのです。
自分では正確にはわかりませんが、右足をかばって歩いているため、左足に余計な負担がかかっているのかもしれません。
そして、その影響なのでしょうか。
先日、明け方に、これまで経験したことがないほど左足が激しくつりました。

「いててててててー!!」

心の中で叫びました。

あまりの痛さに、布団をはねのけ、ベッドから転がり落ちるようにして、フローリングの床に四つん這いになりました。
左足のふくらはぎを見ると、筋肉が明らかにカチンカチンに固まっています。
痛みに耐えながら、なんとか左足の指を思いっきり反らします。

 

 




しばらくその状態で耐えていると、ようやく少しずつ痛みが治まってきました。
その後、ふくらはぎに湿布(ロキソプロフェンテープ)を貼りました。
これで、なんとか落ち着きました。

 

 



あちらをかばえば、こちらが痛む

 

 




ところが、今日は今度は右足に異変が起きました。
左足がまたつってはいけないと思い、今日は意識的に右足に体重をかけて歩いていたのです。
すると今度は、もともと痛めていた右足の方の膝が痛み始めました。
「これは、やばい」
そう思いました。

すぐに足への負担を減らすため、ストライドもピッチも少し落として、ゆっくり歩いて帰りました。

あちらをかばえば、こちらが痛む。
こちらをかばえば、あちらが痛む。
まるで、いたちごっこです。

椎間板ヘルニアになってから、体のバランスがすっかり崩れてしまったように感じます。

「もう、体中がガタガタだな……」

そんな弱音を吐きたくもなります。

でも、無理をするのは、もうやめます。
焦って走って、また悪くなってしまっては元も子もありません。
今は、できることを一つずつやっていこうと思います。

そして――

絶対に、元の状態に戻します。
来年、もう一度、思い切り走るために。

 

 

 

神田うのさんのニュースを読んで

9月18日、Yahoo!ニュースで神田うのさん(51歳)が椎間板ヘルニアの治療のため、少なくとも年内は休養するという記事を読みました。

この記事を読んで、私は思わず「そうなのか」と興味を引かれました。

神田さんは、9年前にも椎間板ヘルニアを発症し、そのときは手術を受けたそうです。ところが今回は、以前とは反対側の脚やお尻にしびれと痛みが出て、MRI検査を受けたところ、再びヘルニアと診断されたとのことです。

そして今回は、神経根ブロック注射などの治療を受けながら、ヘルニアの「自然吸収(寛解)」を目指しているそうです。9年前には手術を受けたのに、今回は手術を避ける方向で治療している。この違いが、私にはとても興味深く感じられました。

このニュースを読んで、私には特に二つ気になることがありました。

一つ目は、「椎間板ヘルニアは一度治っても、またなることがある」ということです。

私は今回、あの猛烈な痛みを経験してから、「もう二度とこんな病気にはなりたくない」と心に誓いました。それほど、私にとってはつらい病気です。

 




自然治癒を選んだ私の現在

私は今回、手術をせず、自分の生命力を信じて自然治癒を目指す道を選びました。

しかし、実際に経験してみると、その道のりは想像以上に長く、そして痛いものでした。

発症から1か月半近くが経った現在、ようやく何とか普通に歩けるところまで回復してきました。一般に回復にはある程度の時間がかかると言われていますが、私はできれば2か月ほどでの復活を目指しています。

そのため、痛み止めの薬を飲みながら、2日に一度、1万歩余り歩いています。

まだ少しぎくしゃくした、我ながら無様な歩き方です。しかし、人の目など気にしてはいられません。

一歩一歩、できるだけ速足で歩きながら、少しでも正しい歩き方に戻れるよう、自分の歩き方を意識してチェックしています。背筋を伸ばして堂々と歩くこと。肩の力を抜き、腕を自然に振ること。そして何より気を付けているのが、左右の足への均等な体重移動です。

今はヘルニアの影響で、右半分のお尻から足腰にかけて痛みがあります。そのため、どうしても無意識のうちに右足をかばってしまいます。

左足なら、多少強く体重をかけても十分に耐えられます。しかし、右足にはまだそこまでの力が戻っていません。だから、どうしても左右のバランスが崩れ、ぎこちない歩き方になってしまうのです。

歩くことは少しずつ改善しています。

ところが、スプリントの動きを数歩だけ試してみると、現実を思い知らされます。

スプリントでは、左右それぞれの脚にしっかり体重を乗せ、地面からの反発を受けて前へ進まなければなりません。しかし今の私には、痛む右足に全体重を乗せることができません。

「こんなに走れなくなってしまったのか……」

正直、愕然とします。

情けない状態ではありますが、焦ってはいけません。少しずつでも回復するよう、努力を続けていくしかありません。


なぜ今回は手術をしないのか?

そして、もう一つ、神田さんのニュースを読んで気になったことがあります。

「9年前は手術をしたのに、なぜ今回は手術をしないのだろう?」

ということです。

報道では、今回の治療について神経根ブロック注射や鍼治療、トレーニングなどを行い、自然吸収による寛解を目指していることは紹介されています。しかし、「なぜ今回は手術を選ばなかったのか」という詳しい理由までは分かりませんでした。

ぜひ、その理由を知りたいものです。

私自身は、今回、手術というものが何となく怖かったこと、そして「自分の生命力を信じてみたい」という気持ちがあったため、自然治癒の道を選びました。

ところが、実際にやってみると、これが思った以上に大変でした。

行きつけの内科の先生がいます。以前、私の大腸がんの早期発見につながった内視鏡検査を強く勧めていただいた方です。私にとっては命の恩人とも言える先生です。

その先生からは、「そんなの、手術をすればいいんですよ。すぐに痛みも治まるし、手っ取り早く治せますよ」と言われました。

もちろん、誰にでも同じ経過になるわけではありません。それでも、長期間にわたって痛みと闘っている私としては、その言葉が妙に頭に残っています。


二度と再発させないために

今年の夏、甲子園に出場した智辯和歌山高校の野球部主将もヘルニアを発症したものの、手術を受けて半月ほどで練習に復帰したという話を聞きました。これは、ちょっと超人的で、私にはとても真似できませんが。

Yahoo!ニュースのコメントを読んでも、「手術を受けたら早く回復した」「その後は再発していない」という体験談が目につきました。

だからといって、手術が誰にとっても最善だという意味ではありません。

ただ、今回の経験をした私は、「もし万が一、またヘルニアになったら、そのときは手術という選択肢も真剣に考えてみよう」と思うようになりました。

もちろん、一番いいのは、二度とヘルニアにならないことです。

そのためにも、私は自分がなぜヘルニアになったのかを、徹底的に考えてみたいと思っています。

今のところ思い当たるのは、長時間パソコンの前に座っていたことです。それも、だらっとした姿勢で座っていたので、腰に良いはずがありません。

今は腰にお気に入りのクッションを挟み、背筋が自然に伸びるような姿勢を心掛けています。

 

 

だらけ始めたら、「いかん、いかん」と気を引き締めて姿勢を直します。
そして、長時間座り続けないこと。1時間ほど座ったら立ち上がり、軽い体操をするようにしています。

 

 



もう一つ、反省しているのが、アキレス腱が痛かったにもかかわらず、無理をしてスプリントの練習を続けたことです。
これにより、自分でも気づかないうちに、正しいランニングフォームが崩れて、ヘルニアにつながったのではないかと思うのです。

アキレス腱の痛みが完全になくなるまでは、強度の高い練習を控えるべきでした。

ヘルニアを発症して、3か月も走れなくなるくらいなら、1~2週間練習を休んででも、アキレス腱をしっかり治しておくべきだったのです。

後悔先に立たず、です。

とにかく、年齢を重ねたら、自分の体と相談しながら無理をしないこと。

それを今回のヘルニアから学びました。

そして、もう一度、走れる体を取り戻します。

来年5月には、再びマスターズ陸上の大会に出場したいと思っています。

必ずこの病を克服して、復活を遂げます。

今はまだ、右足に体重をかけることさえ怖い私ですが、焦らず、一歩ずつ前へ進んでいきます。

 

 

椎間板ヘルニアを発症して、ほぼ1か月が経ちました。

痛み止めの薬を飲んでいるからなのか、それともヘルニアそのものが少しずつ治ってきているのか。あるいは、その両方なのかもしれません。はっきりしたことは分かりませんが、あれほど苦しめられた右足の痛みは、ずいぶん和らいできました。

ところが、痛みが引いてくると、今度は別の問題が目につくようになりました。

腰からお尻にかけての筋肉が痛いのです。

そして、それ以上に気になっているのが、右足を引きずるような歩き方です。

もちろん、歩き方はかなり改善しました。1週間前と比べれば、右足に体重を乗せられるようになったことは、自分でもはっきり分かります。

 

 大濠公園を1周して来ました。

それでも、まだ右足をかばってしまいます。

「普通に歩こう」と意識すればするほど、かえって自分の歩き方の不自然さが分かるのです。右足と左足にかかる体重の違いが、まるで天秤のように感じられます。

そんなことを考えながらウォーキングをしていたとき、ふと思い出したのが、あるスプリント理論でした。

私はYouTubeで短距離走の練習方法を探すことがあります。すると、よく出てくるのが「走りの学校」です。数ある動画の中でも、私のお気に入りの一つです。

その中で、和田賢一校長が実に興味深い話をしていました。

和田さんは、なんとウサイン・ボルトを擁するジャマイカチームに単身で乗り込み、3か月間、一緒に練習したというすごい経験の持ち主です。

そんな和田さんによると、ジャマイカの選手が短距離走で強いのは、スプリントに特化した練習をしているだけではありません。その練習を支える優れた理論があり、それをコーチ陣が的確に指導しているからだというのです。

「なるほど、そういうことか」

最初は、その程度の軽い驚きでした。

ところが、その後に出てきた話には、思わず「まじか?」と耳を疑いました。

 

 イメージ画像です。

将来、スプリントが速くなる選手を見抜く方法の一つとして、左右の足の長さが等しい子どもを選ぶというのです。

えっ、本当にそんな選別をするの?

普通、左右の足の長さなんて、数ミリ、場合によっては数センチ程度の違いがあるものです。もちろん、左右ほぼ同じ人も当然いるでしょう。

しかし、それが将来のスプリント能力と、いったい何の関係があるのか。

そのときの私は、かなり疑問に思っていました。

ところが今、自分が右足をかばいながら歩いていると、なんとなく分かるような気がしてきたのです。

左右の足に同じように力を加えられなければ、歩くだけでも動きはぎこちなくなります。

ましてや、それが全力疾走となればどうでしょう。

無意識のうちに左右の足への力のかけ方が違っていれば、フォームにも必ず小さなズレが生じるはずです。それが一歩だけなら大した問題ではなくても、何千歩、何万歩、何年、何十年と積み重なれば、やがて大きな差になるのかもしれません。

町内会の運動会なら、そんなことは気にする必要もないでしょう。

しかし、100分の1秒、1000分の1秒を争う世界のトップスプリンターなら、その「ほんの小さな差」が勝敗を分けることだってあるのかもしれません。

もちろん、ジャマイカの選手が速い理由は、長年の鍛錬や優れた指導など、さまざまな要因があるのでしょう。

それでも、以前は「とんでもない理論だな」と思っていた話が、今では「うーん、ひょっとすると一理あるかも」と、妙に納得できるのです。

 



そんなことを考えながら、今日も私は歩いています。

今は、とにかく左右の足に無意識に均等な体重を乗せられるようになること。それを目標にしています。

これまで走ることが当たり前だった私にとって、歩くことさえ思うようにならないのは、なんとももどかしいものです。

それにしても、いったいいつになったら、元のように走れるのでしょうか。

走れるということは、本当に素晴らしいことです。

走りたくても、走ることのできない人がいる。

そのことを、今の私は身をもって感じています。

できれば1か月後。

その頃には、もう一度スプリント練習を始めたい。そして、再スタートしたときの最低限の目標である「100メートルを20秒で走る」状態まで、なんとか戻したいと思っています。

今はまだ、右足を引きずりながらのウォーキング。

でも、この一歩一歩が、もう一度走るためのスタートラインなのだと思っています。

 

私は、絶対に復活をします!

 

 

 

 

 

椎間板ヘルニアを発症して、3週間目に入っています。

ありがたいことに、足の痛みは少しずつ和らいできました。しかし、完全に痛みが消えたわけではありません。忘れたころに、突然「ズキッ!」とやってきます。

特に困るのが歩くときです。

歩けば当然、右足に体重がかかります。すると、その負担が腰にきたり、右足のふくらはぎにきたりします。ふくらはぎといっても筋肉が痛いのではありません。骨に沿って走っている神経を、ズキズキと直接刺激されるような痛みです。

「歩く」という、これまで何の苦労もなくやっていたことが、今では一つ一つの動作を意識しなければならなくなりました。

とはいえ、ずっと安静にしているわけにもいきません。

動かなければ体力も筋力も、刻一刻と落ちていくような気がします。今の体力を失ってしまえば、ヘルニアが治ったとしても、元の状態に戻すために、とんでもない努力が必要になるでしょう。

右足に体重をかけるのは怖い。

かといって、何もしないのも怖い。

そんなジレンマの中で、私は少しずつ運動を再開することにしました。もちろん、無理は禁物です。病院の先生からも、「少しぐらいの運動なら、血流もよくなるのでしてもいいですよ」と言われています。

ただし、私には一つ問題があります。

「少し」ができないのです。

運動を始めると、ついつい調子に乗ってしまいます。

そして今日も、大濠公園までウォーキングに出かけました。

「ちょっと歩いてみよう」

そのつもりだったのですが、気がつけば……。

10,756 歩です。

 

1時間半近く歩きました。




いや、これはもう「散歩」ではありません。

ウォーキングです。しかも、かなりの早歩きです。

実は私の場合、ゆっくり歩くより、ある程度スピードを上げたほうが右足への負担が少ないように感じます。ゆっくり歩くと右足に体重がかかる時間が長くなり、痛みも感じやすくなります。

その代わり、早歩きですから汗が出ます。

歩き始めると、これまた困ったことに、どんどんスピードを上げたくなってきます。

しかし、ここだけは絶対に譲れません。

フォームです。

腰を高くして、背筋をピンと伸ばし、美しく歩く。

これが私の理想です。

ところが、右足が痛い。

どんなに「美しく歩こう」と意識しても、無意識のうちに右足をかばってしまいます。そして、どうしても足を引きずるような歩き方になってしまうのです。

 




こんな経験は初めてです。

「普通に歩きたい」

ただ、それだけなのです。

頭の中では、颯爽と歩く自分の姿を描いています。

「そうじゃない。こうだろう!」

と自分に言い聞かせる。

しかし、現実の私は……右足を引きずっている。

なんとも、もどかしく、情けない気持ちになります。

そんなことを考えながら歩いていると、突然、頭の中に一つの歌が浮かんできました。

お笑いコンビ、COWCOWの「あたりまえ体操」です。

♪ あたりまえ~
♪ あたりまえ~
♪ あたりまえ体操!


 チャンチャン、

♪ 右足を出して~
♪ 左足出すと~

 

  チャンチャラチャチャチャン!

♪ 歩ける!


……そうです。

本当に「歩く」というのは、当たり前のことなのです。

ところが今の私は、その当たり前ができません。

「そんな当たり前のこと、お前はできないのか!」

自分で自分にツッコミを入れたくなります。

すると、頭の中の「あたりまえ体操」が、いつの間にか替え歌になって何度も繰り返されました。


♪ あたりまえ~
♪ あたりまえ~
♪ あたりまえ体操!

 

 チャンチャン

♪ 左足を出して~
♪ 右足出そうとしても~ (超字余り)

 

 チャンチャラチャチャチャン!

 

♪ 引きずる!
 

……。


もう、わけが分かりません。

自分で笑ってしまいました。


しかし、そんなくだらないことを考えながら歩いているうちに、一つの「法則」を発見しました。

私の場合、右足があまり痛まない歩き方があるのです。

一つは、ある程度の早足で歩くこと。

もう一つは、一本の線の上を歩くようなイメージで歩くこと。

この二つを意識すると、どうやら片足にかかる負担が少なくなるようです。

もちろん、まだ以前のようには歩けません。

それでも、1週間前と比べれば、歩き方はかなり良くなってきました。

もう、安静にしているつもりはありません。

無理をしない範囲で動きながら、リハビリを続けていきます。

そして、1日も早く走れるようになりたいと思っています。

今は、まだ走れません。

走れば右足への負担が、歩くときとは比べものにならないほど大きくなるからです。怖くて走れません。

本当に悲しいです。

1か月前の私は、歩くのは当たり前でした。

走るのも当たり前。

しかも、同年代の人より速く走れることが、私にとっては当たり前だったのです。

それが今では、普通に100メートル歩けるだけで、

「すごいことだな」

と思います。

「100メートル歩いてください」

以前の私なら、

「はあ? 何を言っているんですか。歩くのなんて当たり前でしょう」

と思っていたでしょう。

でも今は違います。

普通に歩けることは、決して当たり前ではない。

「あたりまえ」にできていたことが、ある日突然、できなくなることがあります。

その経験をしたからこそ、私は初めて気づきました。

歩ける。

走れる。

自分の足で自由に動ける。

それは、とても素晴らしいことなのです。

「あたりまえ」という言葉の中には、実は、とてつもなく大きな幸せが詰まっていたのです。

今の私は、そのことを――

痛いほど、実感しています。

 

 

椎間板ヘルニアを発症して2週間が過ぎました。

急性期、つまり痛みのピークは、一般的には2週間ほどだと聞いていました。

「2週間を過ぎれば、少しは楽になるだろう」

私は、その日をひそかに楽しみにしていました。

ところが――。

期待していた2週間を過ぎても、痛みは一向に治まりません。

もちろん、病院で処方していただいた痛み止めをきちんと飲んでいるので、日中はそれほど痛みを感じることなく、何とか生活できています。

問題は、朝です。

朝起きたときの右足のふくらはぎの痛みが、とにかく強烈なのです。

そんなある日のこと。

発症から18日目の午前4時、私は目を覚ましました。

「……あれ?」

いつもの目覚めとは、明らかに違います。

午前4時に目が覚めること自体は、決して健康的とは言えません。しかし最近は、「痛い!」という右足からのモーニングコールで起こされるのが当たり前になっていました。

ところが、この日は違う。

なんとなく体調がいい。

しかも、ものすごく寝汗をかいています。

寝汗なんて、いったいいつ以来でしょう。

「ひょっとして……治ってきた?」

寝汗によって体内の余分な水分が抜け、足のむくみまで取れているような気がします。

私は期待に胸を膨らませながら、ベッドから起き上がりました。

足の痛みも、いつもより少ないような気がします。

これは、ひょっとすると……。

明かりをつけ、恐る恐る足を見ました。

そして――がっかり。

「なんだ、全然変わってないじゃん!」

そこには、昨日までとほとんど変わらない「象の足」がありました。


象のような足

 


どう見てもむくんでいる



どうやら、爽やかな気分になったのは、単なる私の気のせいだったようです。

ただ、一つだけ変化がありました。

左足の指が、いつもより自由に動かせるのです。

一方、痛みの強い右足は、むくみのせいなのか、指を自由に動かすことができません。

「おっ、左足は少し前進。でも右足はまだ営業中か……」

などと考えているうちに、右足に再び、あの強烈な痛みが襲ってきました。

「全然、良くならないじゃん……」

まだ午前4時過ぎ。

朝食には早すぎます。当然、薬を飲むこともできません。

仕方なくトイレを済ませ、下着を着替えて再びベッドへ。

あまりにも痛いので、例の保冷剤をタオルで巻き、ふくらはぎに当てて、そのまま横になりました。

 



こうして私は、回復したり、悪化したり、期待したり、落胆したり――まるでジェットコースターのような毎日を送りながら、ついに発症から21日目、3週目に突入しました。


3週目、恐る恐るウォーキング再開

日中は何とか痛みが治まるようになってきたので、3週目からウォーキングを再開することにしました。

以前に比べれば、だいぶ普通の歩き方ができるようになっています。

歩いている間、私はいつも頭の中で、ある光景を思い浮かべています。

「白血球さん、頼むぞ!」

飛び出した椎間板を、白血球がパクパクと食べてくれている――そんなイメージです。


がんばれ!白血球

実際にはどうなのか分かりません。

でも、イメージするだけなら無料です。

それに、少しでも回復の助けになる気がします。

ただし、現実の私はというと……。

ギックシャク、ギックシャク。

やっぱり、まだ変な歩き方です。

周囲を歩いている人たちは、みんな平然としています。

テクテク、スタスタ。

何事もなかったかのように歩いています。

それに比べて私は、

「ギックシャク、ギックシャク……」

どうしても痛む右足をかばってしまい、無意識のうちに足を引きずっています。

「普通に歩けないって、こんなに情けないものなのか……」

そんな気持ちになりました。

そこで、ちょっと走ってみました。

ところが――ダメです。

走ると、軸足に体重が一気にかかります。

痛む右足を軸にした瞬間、転びそうになりました。

さらに、右足で着地しようとしても、麻痺しているのか、痛みをかばっているのか、自分でもよく分かりませんが、どうもきちんと着地できません。

20歩ほど走っては歩き、また20歩ほど走っては歩く。

そんなことを繰り返しましたが、

「これは、トレーニングというより転倒予行演習だな」

と思い、やめることにしました。

今は我慢して歩くだけ。

まずは、変な歩き方をしないこと。

それだけに意識を集中することにしました。

その場でベースポジションを取り、もも上げをすることはできます。

こちらの回数を少しずつ増やしていこうと思います。

ただのもも上げではありません。

腸腰筋をしっかり使うことを意識したトレーニングです。

腸腰筋の重要性については、言うまでもありません。

この話は、また後ほどじっくり書きたいと思います。



3週目の成果は「10,295歩」

そして、この日。

なんと、10,295歩も歩きました。

 

GARMIN によるステップ数


我ながら、よく歩いたものです。

そのおかげでしょうか。

歩いた後は、足のむくみも少し引いたような気がします。

シャワーを浴びた直後の足を見てみました。

「さて、今日はどうだ?」

まだまだ「象の足」ではあります。

でも、以前より少しはマシになっているようにも見えます。

痛む右足

 

 

反対側の左足



果たして、これは本当の回復なのか。

それとも、またしても私の「気のせい」なのか。

椎間板ヘルニアとの戦いは、まだまだ続きます。

3週目に入った今、私は焦らず、転ばず、そして白血球さんの働きに期待しながら、一歩ずつ前へ進んでいこうと思います。


 

2週間経っても、痛みは消えません

ついに、椎間板ヘルニアを発症して2週間が経ちました。

一般的に発症直後の時期は「急性期」と呼ばれ、炎症が強く、痛みのピークにあたるそうです。その後、薬などで痛みを抑えながら、通常は2~3か月ほどかけて徐々に症状が治まり、自然に治癒していくことも多いそうです。

ところが、私の場合はどうでしょう。

2週間も経ったというのに、激痛は一向に「そろそろ帰ります」と言ってくれません。むしろ、毎朝律儀にやって来て、右足のふくらはぎからすねにかけて、神経をジンジン、ビリビリと刺激してきます。

整形外科で処方された痛み止めがあるから、何とか耐えられています。しかし、薬がなければどうなっていることやら。今の私は、薬という小さな命綱にしがみついているような状態です。



「手術すればいいんですよ」と即答されました

先日、いつも血圧の薬をもらっている内科の先生に、ついでにヘルニアのことを相談してみました。

すると先生は、ほとんど間髪を入れずにこう言いました。

「そんなの、手術をすればいいんですよ。すぐに痛みも治まるし、手っ取り早く治せますよ」

あまりにも迷いのない言い方だったので、私は一瞬、言葉を失いました。

「いや、それが嫌だから、薬を飲みながら自然治癒を目指しているんですけど……」

心の中ではそう反論したのですが、口から出たのは、

「はあ、そうですか……」

の一言だけでした。

もっとも、先生は最後に「まあ、これは私の考えですから、整形外科の先生の指示に従って治療を進めてくださいね」とフォローしてくださいました。

もちろん、手術という選択肢があることは分かっています。ただ、今の私は、できることなら手術に頼らず、自分の身体が持っている治癒力に任せたいと思っています。



高校生は2週間で復帰、私は2週間でまだ激痛です

そんな私の気持ちを大きく揺さぶるニュースがありました。

今年、夏の甲子園に出場した智辯和歌山の主将が、和歌山大会の直前に椎間板ヘルニアを発症したというのです。足のしびれで歩くことも困難になり、すぐに手術を受けたそうです。

そして驚いたことに、なんと約2週間で練習に復帰したというではありませんか。

「えっ、2週間?」

思わず声が出そうになりました。

一般的には回復に2~3か月かかることもあるというのに、若い高校球児は手術からわずか2週間でグラウンドへ戻っていったのです。

一方、こちらは70歳です。

同じ「椎間板ヘルニア」という病名なのに、なんという違いでしょう。若さ恐るべし、です。

そんな話を聞くと、「ひょっとして手術したほうがよかったのかな」と、心が少し揺れます。しかし、私はもう少し自然治癒に賭けてみたいと思っています。



痛みに負けるな。白血球、頼んだぞ!

今朝も早朝に目が覚めました。

そして、いつものように右ふくらはぎに激痛が走りました。すねの骨に沿って神経がジンジン痛みます。2週間も毎日のようにこんな痛みを浴びせられていると、さすがに精神的にも参ってきます。

何もかもがうっとうしい。イライラします。

「もう、いい加減にしてくれ!」

壁を思いっきり殴って、目の前の壁ごと痛みをぶち破ってしまいたい気分になります。

しかし、ぐっとこらえました。

そして壁を軽く「ドンドン」と2回だけたたいて、気持ちを落ち着かせました。

 



痛みは、本当に人の心まで壊しかねません。

それでも、これは何かの試練なのだと思うことにしました。何かが私を試している。ここでイライラしたら、私の負けです。

そう自分に言い聞かせながら、朝食を取り、痛み止めの薬を飲みます。

そして、もう一人の「助っ人」にも声をかけます。

「白血球、お願いだ! 一刻も早く、骨の間から飛び出した椎間板をパクパク食い尽くしてくれ!」

 

椎間板を食べる白血球の想像図


これは、今の私の切実な願いです。

一日も早く、何事もなかったような普通の生活に戻りたい。この先、いったいいつまで、この痛みに耐えなければならないのでしょう。

朝から憂鬱な気分になります。

それでも、私は決めました。

必ず自然治癒させてやる。

手術やブロック注射という方法もあります。しかし今回は、意地でも自分の身体の力で治してみたいと思っています。この激しい痛みに屈することなく耐え抜き、精神力をもう一段高いところまで引き上げるための試練だと思っています。

困難は、乗り越えるためにあります。

だから最後に、これだけは言っておきます。

見とけよ、ヘルニア!

いつまでも、お前の好きにはさせないぞ。

 

 

 

椎間板ヘルニアを発症して、12日目になりました。

増量してもらった痛み止めのおかげなのか、日中の痛みは以前に比べるとかなり和らいできました。

しかし、その代償なのでしょうか。足のむくみがひどいのです。

右足はパンパンに腫れ上がり、まるで自分の足ではないような感じです。

それでも、痛みが和らいでいるのだから文句は言えません。

ところが、朝だけは別です。

目を覚ますと、相変わらず右足のふくらはぎに猛烈な痛みが襲ってきます。

ジンジン、ビリビリと神経を直接刺激されているような、耐えがたい痛みです。

「痛み」というものは、本当に人を落ち込ませます。

肉体を苦しめるだけではありません。

精神まで攻撃して、「もうダメなんじゃないか」と弱気にさせてくるのです。

だから私は、朝起きるたびに自分に言い聞かせます。

「絶対に痛みに押しつぶされるな!」

とにかく朝食を取る。

そして胃を荒らさないように胃薬を飲み、その後に数種類の痛み止めを飲む。

今の私にできることは、それくらいしかありません。

「70歳にもなると、やっぱり回復が遅いのだろうか?」

そんなことも考えてしまいます。

椎間板ヘルニアは、症状を薬などで抑えながら、時間をかけて自然に治っていくのを待つことが多いそうです。

では、70歳という年齢になると、その「自然治癒」も時間がかかるのでしょうか。

いつまでたっても痛みが消えないと、そんな不安も頭をよぎります。

そこで最近、私はある「妄想」を頭の中で繰り返しています。

それは――白血球に頑張ってもらうことです。

椎間板ヘルニアでは、飛び出した椎間板の組織を体が異物として認識し、免疫細胞がそれを処理していくことがあるそうです。

そこで私は、頭の中でこんな光景を思い描いています。

 


頑張る白血球の想像図

背骨の間から飛び出し、神経を圧迫している椎間板。

そこへ、パックマンのような姿をした白血球が現れます。

「見つけたぞ!」

と言わんばかりに、飛び出した椎間板をパクッ!

パクッ!

パクパクパクッ!

まるでゲームのパックマンのように、どんどん食べていくのです。

「白血球、頑張ってくれ!」

「飛び出した椎間板を食い尽くせ!」

そう祈りながら毎日を過ごしています。

しかし、私の願いが届いているのかどうか……。

なかなか痛みは治まりません。

だから今日も、まずは朝食。

そして薬です。

痛み止めを飲むと、日中は比較的痛みを抑えられるようになってきました。

そこで、ふと思いました。

「少し歩いてみようか」

全く運動をしていないので、体力は落ちる一方です。

ネットで調べると、最初は無理をせず、10~15分程度のウォーキングから始めるとよいという情報がありました。

よし、やってみよう。

いつものランニングウェアに着替え、シューズは一番厚底のナイキを選びました。

できるだけクッションの効いた靴のほうがいいだろう。

そう考えたのです。

ところが、足がパンパンにむくんでいるため、シューズを履くだけでも一苦労です。

ようやく履き終えて、いざ出発。

そして、歩き始めてすぐに驚きました。

「歩けない……」

まともに歩行ができないのです。

右足が少し痛むため、無意識のうちに右足を引きずってしまいます。

「普通に歩こう!」

そう意識しても、どうしてもぎこちない歩き方になってしまいます。

これは、スプリントどころの話ではありません。

「普通の歩きさえできないじゃないか」

そう思うと、なんとも情けない気持ちになりました。

しかし、ここで負けるわけにはいきません。

何とか普通の歩き方を取り戻そうと、歩き続けました。

ところが――。

10~15分のつもりが、気がつけば予定を大幅にオーバー。

なんと5.2km。

時間にすると1時間足らず歩いていました。

GARMINを見ると、歩数は6738歩。

 



「ちょっと歩きすぎたかな?」

とは思いましたが、さらに驚いたのは足でした。

外は猛暑。

大量の汗をかいたせいか、血行が良くなったのか、パンパンだったむくみが少し取れていたのです。

足の甲を見ると、うっすらと骨が確認できます。

象のようだった足首も、ほんの少しだけカモシカのような足首に戻っています。

……いや、それはさすがに言い過ぎですね。

でも、少しむくみが取れたことがうれしくて、すっかり気をよくしてしまいました。

そして翌日。

また歩いてしまいました。

しかも今度は前日以上です。

GARMINによると、距離は9.7km。

時間は1時間半近く。

歩数は、なんと11,917歩!

 



「おいおい、10~15分から始めるんじゃなかったのか?」

自分で自分にツッコミを入れたくなります。

どうやら私は、少し調子に乗りすぎたようです。

これからは、もう少し自分の体の様子を見ながら、慎重に体力を取り戻していこうと思います。

無理は禁物です。

焦ると、ろくなことがありません。

それにしても、70歳になって「まともに歩けない」という現実を突きつけられるのは、本当に情けないものです。

スプリントの練習どころか、普通に歩くことさえままならない。

今は、変な歩き方が癖にならないように注意しながら、一歩一歩進むしかありません。

それでも――。

ウォーキングを始めることができた。

これは、間違いなく一歩前進です。

明日もまた、白血球には頑張ってもらいましょう。

「白血球、頼んだぞ!」

そう心の中で声をかけながら、焦らず、慌てず、少しずつ前へ進んでいきたいと思います。





 

痛み止めの薬を、それまでの1.5倍に増やしてもらったおかげなのでしょうか。

椎間板ヘルニアを発症して9日目の夜、あれほど苦しんでいた痛みが、うそのように治まりました。

薬が効いたのか、それとも本当にヘルニアが急に良くなったのか。それは私には分かりません。

ただ、一つだけ確かなことがありました。

あの、ふくらはぎをジンジンと突き刺すような痛みが、消えていたのです。

恐る恐る立ち上がり、歩いてみました。

まだ完全に元通りというわけではありません。それでも、足を引きずることなく、ゆっくりなら歩くことができました。

「これは奇跡なのか?」

思わず、そう思いました。

痛みがないということが、こんなにも素晴らしいことだったのか――。

それまで当たり前だと思っていた「歩く」ということが、たまらなく嬉しく感じられました。

私は部屋の中を、ゆっくり、ゆっくりと歩き回りました。

一歩、また一歩。

その感触を確かめるように、何度も歩きました。

「歩ける……」

ジンジン、ズンズンと激痛が走り、憂鬱でたまらなかった午前中が、まるで遠い昔のことのようです。

夜になって、こんなにも気持ちが楽になるなんて。

あれほど苦痛にもだえ苦しんでいたことが、うそのようでした。

「どうか、このまま完治してほしい」

そう願いながら、私はベッドにもぐり込みました。

痛みがないということは、こんなにも幸せなことなのか。

「どうか、このまま椎間板ヘルニアとおさらばできますように」

しみじみと幸せをかみしめながら、その夜は眠りにつきました。

 



ところが――。

翌朝、発症から10日目。

午前6時前に目を覚ました瞬間、嫌な予感がしました。

右足に痛みを感じたのです。

いや、もしかすると、痛みで目が覚めたのかもしれません。

ズキン、ズキン……。

ズキ、ズキ……。

「これは、かなり痛いぞ」

寝ぼけ眼のままベッドから出て、立ち上がってみると、またしても、あの激痛が右足を襲いました。

今日は腰も痛みます。

そして、ふくらはぎもジンジンと痛みます。

「変わってないじゃないか……」

それどころか、昨日までより腰の痛みがひどくなっているように感じました。

朝から、気分はどん底です。

「まだ、治らないのか……」

私はすっかり落ち込んでしまいました。

 



これまでにも、アキレス腱や太もものハムストリングを痛めたことはあります。しかし、幸いにもいずれも軽症で、1週間もすればランニングの練習を再開することができました。

ところが、今回は明らかに違います。

結局、薬を増やしたことで、一時的に痛みが治まっていただけだったのでしょう。

昨日、痛みが消えたことで、「ヘルニアが治ったのではないか」と喜んでいた自分が、なんだか愚かに思えてきました。

それにしても、痛すぎます。

「とにかく薬だ!」

薬を飲むには、まず食事をしなければなりません。

すぐに朝食を作って、胃に何かを入れなければ……。

実は、今日、口から胃カメラを入れて胃の中にできた腫瘍らしきものを一部採取してもらいました。

これが悪性のものかそうでないものかを調べて9月初旬に結果を聞くことになっているのです。

大腸がんに続き、胃がんの恐れも出てきました。


検査の結果を聞くまではどうなるか、全くわかりません。

もう、あちこちガタがきています。

いずれにせよ、胃はあまり荒らしたくありませんでした。


そう思い、痛む右足を引きずりながら台所へ向かいました。

怒り、悔しさ、情けなさ。

さまざまな感情が頭の中を渦巻いていました。

それでも、急いで朝食を作り、食後に4種類の薬を飲みました。

そして、そのままベッドへ戻り、横になりました。

もう、ため息しか出ません。

ネットで調べると、椎間板ヘルニアの急性期、特に激痛を伴う期間は、一般的に2週間程度続くことがあるようです。

ならば、もう少しの辛抱です。

そう自分に言い聞かせました。

とにかく2週間。

薬で痛みを抑えながら、この椎間板ヘルニアと闘います。

そして、必ず治します。

必ずスプリントの練習に戻ります。

そして、マスターズ陸上の大会にも出場します。

M70という限られたカテゴリーの中ではありますが、「これなら堂々と誇れる」と自分自身が納得できるようなタイムを叩き出したい。

そこまで、必ず復活します。

今の私は、歩くことさえままならない体です。

しかし、焦ってはいけません。

無理をせず、一歩ずつ進んでいけばいい。

いつか必ず、また走れる日が来る。

そう信じています。

どん底まで落ちたのなら、あとは這い上がるだけです。

椎間板ヘルニアに負けるわけにはいきません。

必ず、もう一度、走ってみせます。

 

 

 

椎間板ヘルニアを発症してから8日目。

私は再び整形外科を訪ねました。

本来なら、「2週間後にまた来てください」と言われていました。しかし、とてもそこまで待ってはいられませんでした。

薬を飲めば痛みは和らぎます。

ところが、その一方で足がむくむ。

では、薬を減らしてみるとどうなるか。

今度はむくみこそ少し楽になるものの、痛みが強くなる。

まるで、どちらか一方を選ばなければならないような状態です。

「先生なら、この矛盾をどう打開してくれるのだろう」

そんな期待を胸に、朝一番で病院へ向かいました。

幸い、早く診察を受けることができました。

診察室で、私は足の痛みとむくみについて詳しく訴え、実際に患部を診てもらいました。

「これで何かいい方法を考えてもらえるかもしれない」

そんな期待を抱きながら、先生の診断を待ちました。

 



ところが、先生から返ってきた言葉は、私の期待とは少し違うものでした。

「痛みを抑えるのと、むくみを抑えるのとでは、どちらを優先しますか?」

えっ……。

思わず心の中で叫びました。

「やっぱり、両方を抑えるのは無理なのか!」

しばらく考えるまでもありません。

「痛みです!」

即答でした。

むくみもつらい。しかし、それ以上に耐えられないのが痛みです。

先生からすれば、このむくみは薬の副作用によるものなのでしょう。私が想像するほど深刻なものではなく、ある程度は「薬を飲めば起こり得る普通の反応」と考えているのかもしれません。

ところが、その後の先生のひと言には、さらに驚かされました。

「では、痛み止めの薬を1.5倍に増やしましょう」

「何ですと!」

私は心の中で思わず声を上げました。

痛み止めを増やせば、痛みは楽になる。

しかし、その分、足のむくみはますますひどくなるのではないか。

まさに、痛みとむくみの板挟みです。

私が不満そうな顔をしていたのでしょう。先生は、今度は足のむくみを抑える方法を教えてくださいました。

昼間は、着圧ストッキングを着用してみてはどうか。

そして夜、寝るときには、毛布などを足元に置いて、足を少し高い位置にしておくこと。

幸い、着圧ストッキングなら、すでに病気をしている妻が使っているものがありました。

まさか、こんなところで役に立つとは思いませんでした。

大腸がんの手術を受けたとき以来、久しぶりの着用です。

 


足全体が締め付けられます。

 


足首がパンパンにむくんでいます。


言われた通り、夜は毛布を使って足を少し高くしてみました。

 



そして、増やした痛み止めの薬を飲んでみると――。

薬の効果なのか、痛みはかなり治まりました。

ほっとしました。

しかし、足のむくみは相変わらず気になります。

痛みが楽になれば、むくみが気になる。

むくみを抑えようとすれば、今度は痛みが心配になる。

椎間板ヘルニアとは、なんとも厄介な病気です。

「こんな思いは、もう二度としたくない」

そう強く思いながら、その夜は眠りにつきました。

果たして、この痛みとむくみの闘いは、いつまで続くのでしょうか。

 

 

椎間板ヘルニアを発症して、1週間が経ちました。

 

薬でなんとか激痛を抑えながら、できるだけ安静にして、自然に回復するのを待っていました。

ところが、ここにきて思わぬ異変が起きました。

痛みを抑えるために飲んでいた「タリージェ」の副作用なのか、足が大変なことになってきたのです。

 



数日前から薄々感じてはいました。

「なんだか、足がむくんでいるな……」

そう思っているうちに、むくみは日に日にひどくなっていきました。

実は、数年前に腰痛でペインクリニックを受診したとき、「リリカ」という痛み止めを処方されたことがあります。そのときにも、同じように足がむくみました。

今回も、どうやら同じパターンのようです。

カモシカのように……と言いたいところですが、そこまで引き締まっていたかどうかはさておき、すっきりしていたはずの足首が、見る見るうちに象の足のように丸々と膨らんでいるではありませんか。

特にひどいのが、足首から足の甲にかけてです。

パンパンに張って、押さえると痛みまであります。

 



「これは、いったいどういうことなんだ?」

水がたまっているのか、血行が悪くなっているのか。医学的なことはよく分かりません。ただ、明らかに普通ではありません。

しかも、むくみの影響なのか、体重まで増えてきました。

恐る恐る体重計に乗ってみると――。

なんと、4kgも増えているではありませんか!

「ありえない!」

「勘弁してくれ!」

思わず叫びたくなりました。

むくみはさらにひどくなり、足首だけではなく、足全体へと広がっていきました。そして、両足ともむくんでいます。

 



さらに驚いたのは、寝ている間に何かが当たっていたのでしょうか。痛みのある右足ではなく、反対側の左足に、まるで指で押し込んだような穴が開いた跡が残っていたのです。

しばらく時間が経っても、その跡はなかなか元に戻りません。

 

くぼんで元にもどりません。

 

ここです。

「これは……異常事態だ!」

薬を飲みながら「2週間ほど様子を見ましょう」と言われていました。

しかし、もうそんな悠長なことを言っている場合ではありません。

私はすぐに病院へ電話をかけ、翌日に診察してもらえないかお願いしました。

例のごとく、担当の先生はすでに予約でいっぱいとのこと。

それでも、「来てもらえれば、予約の合間に順番に診ますよ」と言ってもらえました。

ありがたい。

しかし、診察では困ったお願いをしなければなりません。

「ヘルニアの痛みをなんとかしてください。でも、足のむくみもなんとかしてください」

痛みを抑えたいのに、その薬でむくみがひどくなっているのだとしたら、まさに矛盾したお願いです。

果たして、先生はどんな判断をするのか。

その夜は、ジンジンと痛む足を冷やしながら、パンパンにむくんだ足をさすっていました。

そして、頭の中を不安が駆け巡ります。

「この先、いったいどうなるんだ……」

聞けば、この激しい痛みが続く「急性期」は、一般的に2週間程度続くことが多いとのこと。

まだ1週間。

ということは……。

「あと1週間、この痛みに耐えるのか?」

そう考えると、もう不安しかありませんでした。