私の最近のマイブームは、片足立ちです。
ちなみに、「マイブーム」という言葉は和製英語で、英語ではありません。

それはさておき、なぜ片足立ちなのか。
これは、スプリントの練習を始めたことが関係しています。

スプリント(全力疾走)と片足立ちには、極めて密接な関係があります。ウインク
片足立ちが安定してくると、「走行中の体幹が安定し、地面からの反発力を効率よく推進力に変える」ことができるようになります。

走るという動作は、本質的には「連続した高速の片足立ち(片足ジャンプ)」の繰り返しだからです。
つまり、片足立ちの能力(片足支持力)を高めることが、スプリントに良い影響を与えるというわけです。

では、具体的にどのような効果があるのでしょうか。キョロキョロ

1. 骨盤のブレを防ぎ、推進力を生み出す
片足立ちの際には、お尻の奥にある中臀筋(ちゅうでんきん)が働き、骨盤が外側へ逃げるのを防ぎます。

スプリント中、片足が着地した瞬間に骨盤が左右へブレると、前へ進むためのパワーが横方向へ逃げてしまいます。
片足立ちが安定していると、骨盤が水平に保たれ、地面を真っ直ぐ後ろへ押し出せるようになります。

2. 大きな衝撃をうまく受け止め、反発に変えられる
スプリント時の着地では、体重の約3〜4倍もの衝撃が片足にかかるそうです。

片足立ちでピタッと止まれない、つまり体幹や足首がグラつく状態では、着地の衝撃を骨や関節でダイレクトに受けてしまいます。
その結果、ブレーキがかかるだけでなく、怪我の原因にもなります。

3. 足裏の感覚(固有感覚)が発達する
安定した片足立ちには、大腿部などの大きな筋肉だけでなく、足の指で地面をつかむ力や、足裏の神経感覚も重要になります。

スプリントの着地時間は、わずか0.1秒前後。
その一瞬で地面の状態を捉え、適切なバランスを取るための「足裏のセンサー」は、静的な片足立ちのトレーニングによって養われます。

このように理屈を並べてみましたが、結局のところ、最後は動物的な感覚なのだと思います。

片足立ちがうまくできると、フォームが美しく保てる。
そして、速く走れそうな気がする。
そんな感覚があるので、片足立ちはすっかり習慣になってきました。

70歳の老人が、片足立ちをしながら服を着替えています。
しかも、それがどんどんエスカレートしてきました。

 


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最近では、片足立ちのまま靴下まで履いています。拍手
周囲から見れば、さぞ滑稽な光景だろうと思います。
それを自覚したうえで、やっています。

ただし、転倒して怪我をしないよう、すぐにつかまれる物が近くにある状態で行うよう心がけています。

まさに、「転ばぬ先の片足立ち」です。チョキ

 

大濠公園を走っていると、たまにテレビ局の人たちが街角インタビューのようなことをしている場面に遭遇します。

私は、これまでに2回、そのようなインタビューを受けたことがあります。

1回目は、異常な暑さになった日のことでした。

「暑さに慣れなければ」と思い、できるだけペースを落としてジョギングをしていました。
すると、ジョギングコースの先に、数名のテレビクルーの姿が見えました。
次第に近づいていくと、そのうちの一人と目が合ってしまいました。

「すみません。少しお話を伺ってもいいですか?」

急に暑くなったことについて、コメントを集めているのだろうと想像はつきました。

しかし私は、

「暑ければ暑いほど燃えるんですよ」

みたいな返答をしてしまいました。

今思えば、ちょっといかれたおじさんみたいに聞こえたかもしれません。
当然、没になったインタビューだったと思います。
暑い中がんばっていたクルーの皆さんには、少し申し訳ない気持ちになりました。

 


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ただ、もう1回は、「大濠公園でその質問をするの?」という内容のインタビューでした。

インターバルトレーニングの合間に、柔軟運動をしているときのことです。

「すみません。少しお話を伺ってもいいですか?」

ランニングに関するインタビューだろうと思い、気軽に応じました。

ところが突然、モバイルバッテリーが発火する映像を見せられたのです。
そのあと、次のような質問をされました。

「最近、こういった事例が増えているんですが、どう思われますか?」

インターバルの途中で、汗をぽたぽた流しながらの出来事でした。

私は、

「恐ろしいですね。改めて、十分気をつけて使う必要があると思いました」

といった感じの、無難な返答をしました。

その日の夕方、たまたまローカルテレビを見ていたら、自分のインタビューが流れていて驚きました。

よほど急ぎの仕事だったのでしょう。
急いでいなければ、取材場所は大濠公園ではなかった気がします。

そんなふうに、私はわりと人から話しかけられます。

しかし、自分から話しかけたいのに、どうしても話しかけられない人がいます。

「道下みっちゃん」こと、道下美里さんです。

福岡を拠点に活動する、世界的なブラインドマラソン(視覚障害)のランナーです。
パラリンピックでは金メダルを獲得し、銀メダル、銅メダルも手にした、日本を代表するトップアスリートです。

道下選手は、大濠公園で何度もお見かけしています。

たまたま平和台陸上競技場へ個人的にタイムトライアルに行ったときにも、姿を見かけました。
今年4月のことです。

その日は、ほとんど貸し切りのような状態で、他には数名しかいませんでした。

それでも、私は話しかけることができませんでした。

一昨日も、大濠公園で伴走の方や仲間のランナーたちと一緒にジョギングをされていました。

視覚障害者の方はビブスを付けて伴走者と走っているのですぐに目に付きます。
その中で道下さんは非常に小柄で、整ったランニングフォームなのですぐに分かります。
ジョギングを終えると、一般ランナーの方々が何人か駆け寄り、談笑したり、スマホで写真を撮ってもらったりしていました。

私も「声をかけたいな」と何度も思いました。

しかし結局、いつものように横目で見ながら、そのままジョギングで通り過ぎました。
一番の理由は、道下選手の練習の邪魔をしたくないからです。
リスペクトが強すぎて、ただ見かけるだけで十分なのです。

ポンコツランナーの私が気軽に声をかけるなんて、なんだか恐れ多い気がしてしまいます。

道下美里さんには、これからも元気に走り続けてほしいと思います。

陰ながら、ずっと応援しています。

 

私は、よく人から声をかけられる方だと思います。
特に外国人から話しかけられることが多い気がします。

 

話しかけやすい雰囲気があるのでしょうか。
それとも、隙だらけなのでしょうか。
よく分かりません。

 

天神を歩いているときに、話しかけられたことがあります。
バス停でバスを待っていたときです。

 

 

中国か台湾の人たちだと思われました。
大声で何か話していて、そのうち英語で私に話しかけてきました。

 

福岡空港に行きたいと言うのです。

 

絶対に地下鉄の方が分かりやすいし早いので、地下鉄の駅を案内しました。
地下鉄空港線の天神駅から福岡空港行きに乗れば、すぐに着きます。

 

天神から福岡空港行きのバスもあるとは思うのですが、私はバス停がどこにあるのか分かりません。

 

何度そう説明しても、「バスで行く」と言って、こちらの言うことを聞きません。
地下鉄の駅まで連れて行ってあげると言っているのに、「バスがいい」と言い張るのです。

 

結局、博多駅行きのバス番号を教えてあげました。
そして、博多駅で福岡空港行きのバスを探すように伝えました。

 

すると、喜んでそのバス停の方へ去って行きました。

 

絶対、地下鉄の方が分かりやすいのに。

 

西鉄バスに乗っていたとき、車内で外国人に話しかけられたこともあります。
中年の外国人女性でした。
ヨーロッパの人だと思いました。

 

「日本庭園が見たいので、縮景園に行きたい」と言うのです。

実は、その人はバスの後方から何人かに尋ねていたのですが、英語だったので、みんな返答に困っていました。

 

私は塾講師をしていて、英語を担当していました。
だから、少しは英語が話せます。

 

縮景園へ行くには、このバスで合っているのか。
どこで降りればいいのか。
そういった質問をしているのは聞こえていました。

 

そして、いよいよ私の順番になりました。

 

このバスで縮景園に行けること。
あと3停留所で「縮景園前」に着くこと。
それを教えてあげました。

 

コロナ禍のころ、韓国の人から話しかけられたこともあります。

 

スマホを見せながら、「このホテルを探しているのだが、地図アプリを見てもたどり着けない」と、困り果てた様子でした。

 

何だかよく分からないアプリの地図を見せてくれました。

 

その人は、少し日本語ができました。
英語も大丈夫でした。

 

「韓国人を嫌っている日本人が多いのでしょう」と、申し訳なさそうに話していました。

そんなことはありません。
韓国ドラマや韓流スターが好きな人は多いですよ――そんな話をしました。

 

私のスマホでホテルを検索し、ナビを使うことにしました。

 

「ホテルまで連れて行ってあげますよ」と言うと、申し訳なさそうに何度もお礼を言われました。

 

天神から親不孝通りの方へ5分ほど歩くと、ホテルに着きました。

 

私はすぐに帰ろうとしたのですが、お礼にコロナの検査キットとマスクをあげると言うのです。

韓国製で、何だか怪しかったので、「お気持ちだけで十分です」と断りました。

それでも、「どうしても受け取ってほしい」と何度も言われます。

 

仕方なく、コロナの検査キットを2つと、マスクを2枚もらって、その場を後にしました。

 

その後、検査キットを一つ使わせてもらいました。
ちゃんと役目を果たしてくれました。

 

もう一つは使わずに、今も手元に残っています。

 

仕事を辞めてからは、繁華街へ出かけることも少なくなりました。
それでも、話しかけられます。

 

最近は、外国人から話しかけられることは減りました。

しかし、相変わらず話しかけられるのです。
今度は日本人の高齢者が多いです。

しかも、ジョギングをしているときです。

 

 

おばあさんから、

「こげん暑か時に走って、大丈夫ね」

と言われたこともあります。

 

自転車で並走してきたおじいさんから、

「あんた、フォームのよかね。ビシッと決まっとる。ああ、こげんして走らやんばいね」

と褒められたこともあります。

 

町なかには、ランニングフォームをチェックしてくれる人がいます。
知らない人だけど。

 

大濠公園で100mの流しを何本か走っていたときにも、自転車に乗ったおじいさんに話しかけられました。

 

「あんた、いい走りしとるよ」
「ありがとうございます」
「あんた、何歳ね」
「69歳です」
「60代ね。私は82歳。60代なら、青春真っただ中やね」

60代で「青春真っただ中」なんて。


予想外の言葉に、大笑いしてしまいました。

 

午前6時にセットしていたスマホのアラームが鳴り、飛び起きました。

ついにこの日が来ました。
48年ぶりに、陸上競技の大会へ選手として出場するのです。
マスターズ陸上選手権大会の始まりです。

大学時代に出場して以来のことでした。
半端ない緊張感に襲われました。

妻は病気のため、応援に来ることができません。
子どもたちは遠方にいて忙しそうです。
たった一人での大会参加。
孤独のランナーです。

どこにも所属せず、ここまで一人でトレーニングを積んできました。
大濠公園と平和台陸上競技場で、一人黙々と走ってきました。
競う相手は、自分自身です。

午前中に400m、午後に200mの2種目にエントリーしていました。
今日の試合も、自分との闘いです。

目標は、400mで1分20秒を切ること。
200mで34秒を切ること。

できれば、自己ベスト(大学時代は除く)を出すことです。
もちろん、スプリントを再開した69歳以降の自己ベストを破ることです。

400mは、これまでに数回1分20秒を切ったことがあります。
しかし、ほとんどは1分25秒前後のタイムです。
上手なレース運びをしなければ、目標達成は到底無理な話でした。

200mは、一度も34秒を切ったことがありません。
こちらは、ウォーミングアップで疲れないように注意すること。
本番では、とにかくピッチを上げること。
足が後ろに流れないようにすること。
腕振りを意識して強く行うこと。
これらを意識して走る必要があります。

怪我をせずに大会へ出場すること。
なんとか、この最低限の目標はクリアできそうです。

次は、400mの招集に遅れず会場に着くこと。
会場に行き、走ることができれば、何らかの記録を残せます。
遅刻だけはしないようにしなければなりません。

急いで持ち物チェックをしました。

ユニフォーム、アスリートビブス(ゼッケン)、スパイクシューズ、着替え、タオル、スマホ、財布……。

朝食もしっかり摂る必要があります。
いつものように、パンとコーヒー、ベーコンエッグを用意しました。
バナナとヨーグルトも食べようかな。

急いで準備をしていると、やらかしてしまいました。

コーヒーメーカーに、前日に淹れたコーヒー豆が入ったままのフィルターが残っていました。
それを取り出してゴミ箱に捨てようとしたのですが、誤って手を滑らせてしまったのです。

床にコーヒーかすがドバーッと散らばりました。

「はあ?」

なんで今日に限って、こんな無様なことをやっているんだ。

しばらく呆然としていました。
なんとも幸先の悪い出来事でした。

今日の大会は大丈夫なんだろうか。

不安な気持ちでいっぱいになりました。

でも、ぐずぐずしている暇はありません。
気を取り直して、急いで床の掃除を済ませました。

すぐに朝食を済ませ、ジャージに着替えました。
バスカードを持ち、リュックを背負い、いつものランニングシューズを履いたら出陣です。

戦闘モードに入りました。

バスと地下鉄を乗り継ぎ、余裕をもって陸上競技場に到着することができました。
入口の受付で氏名確認を済ませ、パンフレットを受け取りました。

開会式は9時ごろからで、「できるだけ参加してください」と呼びかけがありました。
しかし、400mの開始が10時過ぎだったため、開会式への参加は遠慮させていただくことにしました。

とても、開会式に出ている心の余裕がなかったのです。

とにかくウォーミングアップをして、体調をチェックしたい。
その思いでいっぱいでした。

のんびりしている暇はありません。
スタジアムに入り、グラウンドを見ました。

「ウォー、ついにここで走るんだ」

胸が高鳴りました。

スタジアムの中をうろうろしながら、トイレやシャワー室をチェックしました。
更衣室もすぐに見つかりました。
そこには数多くのロッカーが設置されていました。

すぐに着替え、試合に必要なものだけを選別しました。
不要なものはロッカーにしまい、鍵をかけました。

必要なものを持って、サブグラウンドへ直行です。
すでに多くの人がウォーミングアップをしていました。

いつも通りにしよう。
でも、疲れないように量はいつもの半分程度で。

ジョグをして、アンクルホップをして、もも上げをして、バウンディングをして……。

最終的にスパイクシューズへ履き替え、スタートのチェックと100mの軽い流しをしてみました。

調子は悪くない。
どんどん気持ちは高ぶっていきます。

でも、無理はしないように。
アップで疲れないようにしよう。

そう、自分に言い聞かせていました。

スパイクを脱ぎ、ゼッケンの付いたユニフォームに着替えました。
あとは、招集に遅れないことだけです。

無事に招集も済み、400mのスタート地点には続々と選手たちが集まってきます。

走る前に何をすればいいのかよくわからず、手持ち無沙汰な感じでスタートを待ちました。

常連さんたちなのか、多くの人が声を掛け合っています。

「元気にしていましたか」
「頑張りましょう」
「体調はどうですか」
「次は〇〇の大会だね」

いろんな声が聞こえてきます。

私は知り合いもいないので、一人黙ってスタートを待つしかありません。

 



そんなとき、スタンドから声がかかったのです。

「〇〇くん(本名)、来たよ!」

上を見て驚きました。
大学時代の陸上部の同期が一人いたのです。

「来てくれたんだ!」

「なんとか400に間に合ったんよ。電車やバスの乗り継ぎが、信じられないほどうまくいってね」

400mのスタート直前のことでした。

孤独のランナーを応援してくれる人が現れました。
元気が湧いてきました。

続々とスタートしていき、あっという間に自分たちの組になりました。

急いでコースに出て、スターティングブロックを調整しました。
焦っているのか、ブロックがなかなかうまくはまりません。

「よくあることですよ。焦らず、しっかり固定してくださいね」

補助員の方に声をかけてもらいました。
そのおかげで、落ち着いて準備を完了することができました。

アウトコースの8レーンでした。

いよいよ出陣です。

オン・ユア・マーク。
セット。
ゴー!

飛び出しました。
出だしは完璧です。
ものすごくスムーズです。

 



アウトコースなので、他の選手が見えません。
とにかく、自分のペースを保つのみ。

トップスピード近くまで持っていき、それをしばらく維持するんだ。

いいぞ、いいぞ、この調子だ。

 



ところが、そのときです。

250~300mあたりで、突然足が思うように動かなくなったのです。

これって、やばくないか。あせる

前半、飛ばし過ぎです。
調子に乗っていました。
大失敗です。ガーン

最後の直線に入りました。
爆発的なスパートをかけなければならないところです。

さあ、今からだ。

でも、体は思うように動きませんでした。

完全に足にきていました。

頭の中は真っ白です。

やらかした。

 



まるでジョギングをしているように感じました。
もがいても、後の祭りです。
もう、どうしようもありません。

そのまま、ゆっくりとゴールインしました。

呆然としていました。
完全にレースのペース配分を誤りました。
後悔しかありません。

その場では、1位の人のタイムしかわかりませんでした。

久しぶりに再会した大学時代の友人が、スマホで動画を撮ってくれていました。

なんていい奴なんだ。

これは良い出場記念になります。

でも、動画を見ると、後半はスローモーションのような走りでした。
もう、がっかりです。

その後、友人と会話をしながら、楽しく昼食を取りました。

昼食後、200mのアップをする前に、400mの結果を確認しに行きました。

大会本部横の壁に、プリントアウトされた速報結果が張り出されていました。

結果は――なんと、1分18秒20。

やりました。

目標の1分20秒切り、達成です!
しかも、このタイムは自己ベストでした!

さらに、今日出場したM70(70歳~74歳)でトップのタイムでした。

初出場にして、初優勝。

これは、でき過ぎです。

レースの組み立てを失敗しなければ、もっと良いタイムが出せたはず。

いや、あんな失敗レースだったのに、このタイムが出たのです。
喜ぶべきことだと思い直しました。

気分を良くして、200mのアップのためにサブグラウンドへ向かいました。

ウォーミングアップでは、なるべく疲れないようにすること。
そのことを心がけました。

一度400mのスタートを経験していたので、200mの準備は非常にスムーズに行えました。
心の余裕も、400mの時とはまったく違いました。

200mには、特別なペース配分はありません。

うまくスタートを切ること。
100mまでに徐々にスピードを上げ、トップスピードへ持っていくこと。
そして、そのスピードを維持したまま駆け抜けるだけです。

ピッチを上げる。
弾む。
地面の反発をもらう。
腕をしっかり振る。

それらに意識を集中しました。

200mは最終組で、70歳代は3名の出場でした。
私はインコースの2レーン。

スタートから順調に走り出すことができました。

コーナーを曲がって直線に入るところで、残りの2人の姿が見えなくなりました。

あとは、ぶっ飛ばすだけです。

体幹をしっかり保ち、フォームを崩さないこと。

そう意識して、ゴールまで駆け抜けることができました。

 



今度はトップでゴールできました。
そのため、電光掲示板で自分のタイムを確認することができました。

33秒22。

なんと、200mも自己ベストでした。

こちらも、「34秒を切る」という目標を達成することができました。

終わってみれば、200mと400mの両方で自己ベストを出すことができました。

出来過ぎだと思います。
でも、とても嬉しいことでした。

大腸がんの手術から10か月後の大会出場でした。
さらに、洞不全症候群という心臓の不整脈の診断を受けてから5か月後でもありました。

それらを考えれば、上出来です。

出場できただけでも、喜ばなければならないと思います。

本当に、支えてくださった方々には感謝しかありません。

しかし、この結果に満足することなく、さらに上を目指します。

「生きる意味」を探し求めて、もう少し頑張ってみたいと思っています。

健康に気をつけ、無理をせず、できる範囲で頑張ります。



 

私は、自分のことを「凡人中の凡人」だと思っています。
これまで、ごく平凡な人生を送ってきました。

 

そんな私が70歳になって、マスターズ陸上に出場することを決めました。
自分でも驚いています。

 

それは、この2年余りの間に、いくつもの思いもよらない出来事を経験したからです。

その一つ一つが衝撃的で、簡単には言い表せません。

 

とりあえず、これまでに起きたことを時系列でまとめてみることにしました。
今後、これらのドタバタ劇とも言える経験について、少しずつお話ししていきたいと思います。

 

 


 

 

2023年(令和5年)67歳

 

・7月 禁煙に成功。正々堂々とランナーを名乗れるようになった。

 

いきさつは、noteの記事で。

→ 47年間吸い続けた私が7日で煙草をやめた本当の理由

 

 

2024年(令和6年)68歳

 

・1月 父親が亡くなる。父の死によって、「生きる意味とは何か」を考えさせられた。

 

・7月 妻の病気が発覚。家事全般が私にのしかかってくる。
個別指導塾の講師をしていたが、担当していた生徒を徐々に外してもらった。

 

・8月 久しぶりに陸上部のOB会に参加。先輩や後輩たちのマスターズ陸上での活躍に刺激を受けた。

noteの記事

→ 70歳を前に、私は再びスタートラインに立つ

 

・8月 遠方で一人暮らしをしていた95歳の母親が、「あなたのところへ行く」と突然言い出した。
しかし、妻の世話と母親の介護を両立するのは難しい。
そこで、母親に老人ホームへの入居をすすめた。

 

・8月 母親の引っ越しの準備を始める。10月に引っ越すことを決め、長距離を何度も往復した。

 

・10月 妻の通院をサポートしながら、母親を遠方から連れて帰り、老人ホームに入居させた。
途中、新幹線にスマホを置き忘れるなど、まさにてんやわんやだった。

 

・12月 母親が誤嚥による肺炎で入院。退院まで1か月かかった。

 

 

2025年(令和7年)69歳

 

・2月 個別指導塾を一つ辞めることにした。
最後の生徒を大学受験へ送り出したからである。

 

・4月 時間的な余裕ができ、マスターズ陸上への参加をより強く意識し始めた。
短距離が走れるのか試してみたくなり、100mを走ってタイムを計測した。

 

・5月 私自身の体調が悪化。血便が続いていたが、「たいしたことはない」と放置していた。

 

・6月 大腸がんが発覚。すぐに手術が必要な状態だった。

 

・7月 もう一つ残っていた個別指導塾も辞め、引退を決断した。

 

 

・7月 手術は無事に終了。なんと10日で退院できた。
かなり早い退院で、手術は大成功だった。

 

・8月 術後、半月ほどで恐る恐るランニングを再開。
ただし、長距離ではなく、スプリントのトレーニングを続けた。

 

・12月 心臓が一時的に止まる不整脈が見つかり、洞不全症候群と診断される。心臓も危ないのか。
 

 

 

2026年(令和8年)70歳

 

・2月 マスターズ陸上の登録申請を行った。

 

・4月 陸連に正式登録。
すぐに5月の大会へ、200mと400mの2種目にエントリーした。

目標は、200mで34秒を切ること。
400mでは1分20秒を切ること。

 

・5月 ついにマスターズ陸上の大会に出場。
怪我や故障もなく、無事に走り切ることができた。

 

 


 

こうした出来事を経験したことで、かつては想像もしていなかったマスターズ陸上に挑戦することになりました。

果たして、その結果は……?

 

次回は、大会当日のレースについてお伝えします。

 

 

去年の7月に大腸がんの手術を受けました。
手術は無事に成功しました。
腕のいい外科医や看護師さんたちのおかげです。拍手

 

普段から体を鍛えていたおかげなのか、比較的早く回復し、予定より早く退院することができました。

本当に運が良かったとしか言えません。


何より、内科や胃腸科の先生方が的確なアドバイスをしてくださったおかげで、がんを早期発見できたのです。
感謝しかありません。ハート

 

幸いなことに、肛門を残すこともできました。


腸を切除すると、人工肛門(ストーマ)になるリスクがあります。

手術によって直腸や肛門の機能が失われると、人工肛門にしなければならない場合があるのです。

そうなると、生活はかなり大変になります。
それを免れたのは、本当に幸運でした。チョキ

 

しかし、腸を切除した影響で、便をうまく保持できなくなりました。
その後は、頻便や便漏れに悩まされることになります。

以前と同じように過ごせると思ったら、大間違いでした。えーん

 

汚い話で恐縮ですが、実際に何度か便を漏らしてしまいました。
そのたびに、情けない気持ちになりました。ネガティブ

 

普通の便が出るようになるまでには、かなり時間がかかりました。
手術から1年経った今でも、便が漏れそうになることがたびたびあります。

 

それを少しでも防ぐため、日頃から肛門をきゅっと締める練習をしています。
漏れそうになったときに持ちこたえるためです。

術後の注意点をまとめた小冊子もいただきました。

 

 

 

肛門を締める鍛錬は、なかなか重要です。

その成果が出たのでしょうか。キョロキョロ

 

私は3か月に一度、術後検査を受けています。病院
一番の目的は、がんが転移していないかを確認することです。

 

その検査とあわせて、「肛門内圧検査」も受けています。
肛門に細い管を入れ、肛門括約筋の締める力や持続力を測定する検査です。

 

 

 

 

検査をしながら、看護師さんがこう言いました。

「70代さん(仮名です)、肛門の力が強いですね。前回よりさらに強くなっていますよ。すばらしいです」

 

横になってお尻を突き出したまま、私は答えます。

「はあ、ありがとうございます。日頃、運動しているせいですかね」

 

看護師さんに褒められてしまいました。

これは、喜ぶべきことなのでしょうか。
人に自慢できることなのでしょうか。はてなマーク

 

でも、だれに、何と言って自慢すればいいのでしょう。

 

私、肛門の力が強いんですよ!

そう言われても、相手は困りますよね。

 

「そうですか。肛門の力が強いんですか……」汗うさぎ

戸惑いながら、そんな反応をするしかないでしょう。

 

やはりこれは、心の中にこっそりしまっておくことにします。

 

 

5月5日(火・祝)に開催された福岡マスターズ陸上競技選手権に出場しました。
競技内容については、また後日あらためて詳しく書きたいと思います。
今回は、競技以外の面で気になったことや、覚え書きとして残しておきたいことをお伝えします。鉛筆

今回の会場は、博多の森陸上競技場でした。

「博多の森」とは、福岡市博多区にある東平尾公園(ひがしひらおこうえん)の愛称です。
福岡空港の東側に位置する、約90ヘクタールの広大な総合運動公園で、国際大会も開催可能なスポーツ施設が点在しています。
Jリーグ・アビスパ福岡の本拠地であるベスト電器スタジアム(球技場)をはじめ、陸上競技場、テニスコート、弓道場などが整備されています。
また、レクリエーションが楽しめる大谷広場もあり、とにかく自然が豊かです。
特に春はソメイヨシノが咲き誇るお花見の名所として知られています。
5月の今頃は、見渡す限り新緑の木々に包まれます。
公園への入園は無料です。

今回、生まれて初めてマスターズ陸上に参加しました。
そのため、不安なことばかりでした。

まず悩んだのが「どうやって行くか」です。

私は福岡市に住んでいるので大体の場所は分かりますし、所要時間も把握しています。
ただ、「博多の森までの一番分かりやすいルートはどれか」という点で少し迷いました。

県外から来る方は、なおさらだと思います。
そこで、私なりのおすすめルートを紹介します。

まず、新幹線や電車、地下鉄で来る方は博多駅を目指します。新幹線

博多駅から地下鉄空港線「福岡空港行き」に乗ります。
博多駅から2駅で福岡空港に到着します。

到着後は進行方向に進み、改札へ向かいます。

 


左側が国内線ターミナルへ出る改札で、エスカレーターがあります。
そこから1階へ上がり、西鉄バスのバス停を探すこともできます。

しかし、より分かりやすいのは右側の「国際線ターミナル行きバス乗り場方面」の改札を出るルートです。
エスカレーターを上がると踊り場があり、さらにもう一度上がると国際線ターミナル行きのバス停が見えます。
多くのスーツケースを持った外国人が向かう方向ですが、そこではありません。

その手前、エスカレーターを上がってすぐの場所にある西鉄バスのバス停です。
そこに時刻表があり、「イオンモール福岡行き」に乗ります。
本数が少ないので注意が必要です。

 



このバスはすぐに右折し、福岡空港沿いをしばらく南へ走ります。
途中、セブンイレブンのある交差点を左折します。
車で来る場合も、このセブンイレブンが重要な目印になります。

ここを通り過ぎて直進すると、「天ぷらのひらお空港店」や「牧のうどん」があります。
そこまで行くと行き過ぎです。

 



ちなみに祝日などは大行列ができる人気店です。
この日も、小倉から来た友人が「天ぷらのひらおに行きたい」と言うので、昼食時に競技場から歩いて向かってみました。
すると、店内満席はもちろん、ずらっと並ぶ待ち用の椅子も満席、券売機前も行列、さらに駐車場の中まで長蛇の列という光景でした。

 



すぐにあきらめて引き返し、先ほどのセブンイレブンでおにぎりと飲み物を買い、競技場に戻りました。
福岡空港の「ラーメン滑走路」で「豚そば」を食べる案もありましたが、午後の競技を考えて断念しました。

話を戻します。

「イオンモール福岡行き」のバスに乗ると、約10分で「博多の森競技場前」に到着します。
進行方向右手に陸上競技場が見えてきます。
なお、福岡空港から徒歩でも20~30分程度で到着します。
その場合も、セブンイレブンで左折することを覚えておくと安心です。

競技場入口付近の駐車場を見たところ、意外と空きがありました。
ただし、主催者は公共交通機関の利用を推奨しています。
大会によっては関係者以外の車利用を禁止している場合もあるため、事前確認が必要です。

入口では学生スタッフが受付をしており、氏名確認後にパンフレットを受け取ります。

 



出場者はそのまま進むと競技場に入れますが、そこから観客席へは上がれません。
観客席に行くには、一度外に出て、入口右側にある観客席に通じるレンガ色の階段を上る必要があります。

 


次に不安だったのが貴重品の管理です。
入口すぐのロビー左側の通路に更衣室があります。
トイレのとなりです。
そこに100円のコインロッカーが多数設置されています。
空きも十分ありました。

着替え後、必要なものと不要なものを分け、貴重品などはすべてロッカーへ。
ロッカーの鍵は持ち歩きます。
持ち出したのは、ゼッケン付きユニフォーム、スパイク、ピン回し、タオル、パンフレットなど。
これらを一つの袋にまとめ、ウォーミングアップ時も携帯しました。

晴天だったので問題ありませんでしたが、雨天時は大きめのビニール袋があると安心です。

選手たちはスタート地点付近にジャージやアップ用のシューズを置き、競技後に回収しています。
慣れている人の動きを参考にすると良いでしょう。

博多の森陸上競技場にはすぐ近くに立派なサブトラックがあり、自由にウォーミングアップが可能です。
スパイクも使用できます。

 



また、メインスタジアム内の階段を上がると、2階にタータンの練習用コースがあります。
こんなところでもウォーミングアップができるのかと少し驚きました。
ここは、外からは入れず、場内からのみアクセス可能です。

次に不安だったのは招集です。
競技場内には「招集所」「表彰場所」などの案内が明確に表示されており、非常に分かりやすかったです。


今回は韓国選手向けの特設ブースもありました。
韓国に近い土地柄だからなのか、今年韓国でマスターズの世界大会が開催されるからなのか詳しくは聞きませんでした。
韓国の方も何人か参加されていて、実際に韓国の選手と一緒に走りました。

招集はパンフレット通り、競技開始40分前から行われ、直前にも最終確認がありました。

きちんとアスリートビブス(ゼッケン)を見せます。
特に問題はありませんでした。

一方で、表彰には少し課題を感じました。
各年代の1位にはメダルと賞状、2位と3位には賞状が授与されます。
賞状は記録などが鉛筆で書かれ、その後自分でペン書きする形式でした。

問題は、その受け取りまでに長時間かかることです。
表彰場所には多くの人が集まり、「もう2時間待っているよ」と不満の声も聞かれました。
私も午前の分は受け取れましたが、午後の分は時間がなく、受け取らずに帰ることになりました。
人と合う約束をしていたのです。

運営の大変さは理解できますし、感謝の気持ちも大きいです。照れ
ただ、この表彰の仕組みは次回以降、改善の余地があると感じました。ショボーン

改善の方法はあるし、十分に改善は可能だと思います。

 

静岡国際陸上(5月3日、小笠山総合運動公園静岡スタジアム) 男子800メートルのグランプリタイムレース決勝で日本記録保持者の落合晃(おちあい こう)が同種目今季初戦で1分43秒90の日本新記録をマークしました。お祝い

落合晃選手と言えば、滋賀学園高校時代は、つるつるの坊主頭に鉢巻き姿というイメージが強いです。
気合い入りまくりの選手という印象です。
インターハイでも、ブイブイ言わせていました。まじかるクラウン


今は、駒澤大学の学生です。
髪を伸ばして、すっかり印象も変わりました。

変わらないのは、その爆走ぶりです。
ラスト200mをぐんぐん飛ばして行くパワーは圧倒的です。ランニング

今回の静岡国際のレースでは、ペースメーカーが付いていたので驚きました。
ペースメーカーとなったのは、800mで日本選手権優勝経験もある田母神一喜(たもがみかずよし)(28)さん。

マラソンではPM(ぺースメーカー)が付くのは当然のように思われるほど、よくあることです。

しかし、800mでPMとは意外でした。

それで、調べてみました。サーチ

1. 800mでペースメーカーが付くケース

記録挑戦会: 日本記録や世界記録、五輪参加標準記録などの更新を狙うレースでは、正確なラップタイムを刻むために導入されることがよくあります。

ハイレベルなトラックレース: ダイヤモンドリーグ(国際的な陸上競技大会シリーズ)などでは、序盤の混戦を避けつつ高速レースを展開するためにPMが配置されます。

2. 一般的なレースでの現状公認大会や選手権: インターハイ、日本選手権、一般の公認競技会などの「勝負」が目的のレースでは、PMを付けないのが一般的です。
選手同士の駆け引きやタクティカルな(戦略的な)展開が重視されるためです。

市民大会・学生の地方大会: 運営コストや人員確保の面からも、PMが付くことはほとんどありません。

3. PMが走る距離: 800mでPMが導入される場合、通常は400m(1周目)から500m付近までを引っ張り、その後コースアウトして選手に道を譲るのが一般的です。

今回のレースも500m辺りでPMはコースアウトしていました。

静岡国際陸上は、記録狙いのレースであったということなのでしょう。
そして、見事に日本記録を更新できたということです。拍手



国際大会でのファイナリストの夢にも少し近付いてきたのかもしれません。
とは言え、世界の壁は依然として高いのですが。汗うさぎ

2026年5月現在の現在の世界記録。

デイヴィッド・ルディシャ(ケニア)が、2012年8月9日にロンドンオリンピックで出した 1分40秒91 です。


2024年パリオリンピックの800mの優勝タイム。

金メダリストは、エマニュエル ワニョニ(ケニア)で、記録は、1分41秒19 でした。

陸上800mの世界大会(オリンピック・世界選手権)において、これまでに日本人でファイナリスト(決勝進出者)になった人はいるのでしょうか。
たった一人だけいます。

人見絹枝さんです。

1928年アムステルダムオリンピックの女子800mで銀メダルを獲得しました。
それ以降、オリンピックや世界選手権の同種目において決勝に進出した日本人はまだ現れていません。

人見絹枝さん、偉大なり!

今後、男子では落合晃選手、女子では久保凛選手がどこまで記録を伸ばせるのかが楽しみでなりません。
 

定期健診で、いつも異常を指摘されるのが高血圧です。グラサンハート

血圧が140/90mmHg以上(最高/最低)(診察室血圧)の場合、高血圧と診断されます。

家庭血圧では135/85mmHg以上(最高/最低)が高血圧の目安です。

放置すると、脳卒中や心筋梗塞のリスクが高まります。

そのため、私は毎日「エンレスト」という血圧を下げる薬を服用しています。

そして、朝と晩に血圧計で血圧を測定し、記録しています。

そのとき、同時に1分間の脈拍数も表示されます。

一般成人の平均は60~70回/分とされていますが、私の心拍数はほとんどが45回/分程度でした。

 


   実際の記録


「これって、スポーツ心臓だよね」
「やっぱり運動しているから、心臓が鍛えられているに違いない」

そんなふうに、心拍数の少なさをむしろ自慢にさえ思っていました。



スポーツ心臓とは


長期間の激しいトレーニングによって、心臓の構造や機能が変化した状態を指します。これは病気ではなく、激しい運動に適応して多くの血液を全身に送るための「生理的な変化」、いわば「鍛えられた心臓」です。

主な特徴
・心拍数の低下(徐脈):一般成人の平均が60~70回/分なのに対し、スポーツ心臓では45回/分を下回ることもあります。
・心臓の肥大・拡大:血液をためる容量が増えたり(心腔の拡大)、心筋が厚くなったりします。
・可逆的な変化:スポーツを中断すると、1年程度で元に戻ることが多いとされています。

水泳、自転車、サッカーなどの持久系競技のほか、高強度のウエイトトレーニングを行う人にも見られます。プロ選手だけでなく、毎日1時間以上のトレーニングを継続している場合にも起こり得ます。


ところが、定期健診の際、かかりつけの医師から思いもよらないことを言われました。びっくり

「スポーツ心臓ではないと思います。心臓に問題がある可能性があります。一度、ホルター心電図をつけてみませんか。24時間装着すれば、はっきり分かりますから」


ホルター心電図とは

小型の携帯型心電計を24時間(またはそれ以上)装着し、日常生活の中で心電図を連続的に記録・解析する検査です。不整脈や狭心症など、短時間の検査では捉えにくい一過性の異常を、仕事や睡眠中も含めて確認できます。別名「24時間心電図」とも呼ばれます。

そこまで言われるなら仕方がない、と装着することにしました。

 


   装着記念に撮りました

24時間後、ちょうど病院が休みだったため、指示どおり郵便受けに、測定を終えた携帯心電計一式を投函しました。

数日後、結果を聞きに行くと、思いもよらない結果が出ていました。タラー

医師はこう言いました。

「やはり、心臓に異常が見つかりました。心臓がときどき止まっていますね。何度も動いていない時間があります」

そう言って、プリントアウトされた心電図を見せられました。

波打つ線が描かれていましたが、素人の私にはよく分かりません。ただ、余白に書かれた文字だけは、はっきりと読めました。

洞不全症候群
最大4.7秒の心停止


「えっ……どういうことですか?」ガーン

とんでもないことが起きているように感じました。

その後、医師から詳しい説明を受けました。

 

お医者さんの説明によると、何度も心臓がさぼっているとのことでした。

 

そして、最長で、4.7秒も止まっている。

 

しかも、それが昼間の13時に起きていたとのことでした。

 

診断は、「洞不全症候群」。



洞不全症候群とは、心臓のリズムを作る司令塔である「洞結節」の機能が低下し、脈拍が1分間に50回未満になる(徐脈)、あるいは一時的に止まる不整脈のことです。主な症状は、めまい、失神、強い倦怠感、息切れなどです。

主に加齢が原因で高齢者に多く、症状がある場合にはペースメーカーの植え込みが一般的な治療法になります。

医師はペースメーカー治療を勧めてきました。

ペースメーカーという名前は聞いたことがあります。

「それで、ペースメーカーはどこに装着するんですか?」煽り

「鎖骨の下の皮膚を切開して、そこから心臓にリード(電極)を入れて、本体と接続します」

「なんですと……!」

衝撃でした。

ペースメーカーは胸に貼り付けるものだと思っていたのに、実際は体内に埋め込むものだったのです。

それを、いとも簡単に「つけましょう」と勧められている――。ガーン

医師は続けます。

「驚きますよね。最初は躊躇される方が多いです。でも、装着している方は意外と多いですよ。それに、ペースメーカーがあっても軽い運動はできますから」

「いやいや……突然言われても。体を切って埋め込むなんて、怖いです」えーん

私はそう答えました。

今のところ自覚症状はありません。しばらく考えさせてください、とお願いして病院を後にしました。

実際、めまいや失神、強い倦怠感、息切れといった症状は出ていません。

「もし症状が出たら、そのときは受け入れよう」ショボーン

そう決めて、医師にも伝えました。

今のところ、陸上大会に向けたトレーニングは順調に続けられています。

くれぐれも無理のないようにがんばります。グッ

 

 

 


70歳でマスターズ陸上に初挑戦します。

長距離やマラソンに挑む人は数多くいらっしゃいます。
それは本当にすごいことです。

私は、そこまで長い距離を走る気力がありません。

そこで、400mに挑むことにしました。
グラウンドを1周するだけでレースが終わるという気楽さがあります。

70歳で400mに挑戦するのは、どちらかと言えば少数派ではないかと思います。
短距離種目は、心肺・筋力・関節に一気に負荷がかかるからです。

間違った練習方法を取ると、故障する危険性が高まります。
準備の質が、結果と安全性を大きく左右します。

そこで、70代で初出場する人が押さえるべきポイントと、大会までの現実的なロードマップをまとめてみました。



■ 70代で大会出場までに気を付けること キラキラ

① ケガ予防が最優先

若い頃と違い、「回復力」が最大の制限要因です。

・ハムストリング(もも裏)・ふくらはぎの肉離れ
・アキレス腱のトラブル
・膝関節痛

→ 対策

・スピード練習は週2回まで
・ウォームアップは最低15~20分
・「違和感=中止」の判断を徹底

② 最大スピードより“持久的スピード”

400mは完全な短距離ではなく、「スピード持久種目」です。

100mの速さよりも、
→ 300m以降で落ちない力が重要です。

③ 筋力低下を前提にした補強

加齢により特に落ちやすいのは

・体幹
・股関節周り
・ハムストリング

→ 補強例

・ランジウォーク
・スクワット(自重でOK)
・立ち5段跳びやバウンディング
・軽い坂ダッシュ

④ 心臓・血圧のチェック グラサンハート

これは軽視できません。

・事前に健康診断または医師への相談
・練習中の「息苦しさ・胸の違和感」は即中止

⑤ 疲労管理(これが最重要)煽り

70代は「練習した日」よりも、
→ 休んだ日の質で強くなります。

 



■ 大会までのロードマップ(約8週間想定)キラキラ

【第1期】土台作り(1~2週)

目的:ケガをしない体を作る

・ジョグ(20~30分)週2~3回
・流し(50~80mを軽く)×3~5本
・補強トレーニング

→ この段階では「速く走らない」

【第2期】スピード導入(3~5週)

目的:動きを速くする

・100m × 3~5本(7~8割)
・200m × 2~3本(余裕を持って)
・坂ダッシュ(短め)

→ ポイント

・全力禁止(ケガの原因)
・フォーム重視

【第3期】400m対応(6~7週)

目的:レースに近づける

・200m × 2~3本(ややきつい)
・300m × 1~2本(レースを意識)
・100m流しで動き維持

→ この時期が一番きついが最重要

【第4期】調整(レース前1週間)

目的:疲労を抜いて仕上げる

・軽い流しのみ(50~100m)
・本数は少なめ
・完全休養日を増やす

→ 「不安なくらい軽い」でちょうど良い



■ レース当日のポイント キラキラ

● ペース配分(超重要)走る人

400mは人によって作戦が変わります。
私は後半重視型です。

・最初の100m:抑える(7~8割)
・200mまで:リズム重視
・300m:我慢して反発をもらう
・ラスト100m:粘る、腕を強く振って走り切る
・体幹をしっかり保ち、フォームを崩さない

→ 最初に飛ばすと確実に失速します

● ウォームアップ 走る人

・軽いジョグ
・動的ストレッチ
・流し2~3本

→ 「汗ばむ程度」でOK

● 目標設定 走る人

タイムよりも「最後まで走り切ること」。
成功体験を作ることが、次につながります。



■ 最後に(大事な考え方)

・継続できること
・ケガなく終えること
・最後まで走り抜き、記録を残すこと
・次のレースにつなげること

他人と比べないこと。
自分と競い合うこと。
今の自分の持てる力を最大限に発揮すること。

以上のことに注意して、初のマスターズ陸上に挑みます。

結果はまたご報告します。 ニコ