「絶対に」は、「絶対にない」ことがわかった日本人 | 走りながら、食べて、聞いて、考えて!

「絶対に」は、「絶対にない」ことがわかった日本人

福島原発事故のこと
小学校のとき、担任の先生が原子力発電所の話をこうしてくれました。
「福島の浜通り地方に作っている原子力発電所は、東京電力がつくっています。ですから、あそこで作られる電力は、この福島県に供給されることはないんです。福島は東北電力ですからね。
「で、東京電力や政府は、原子力発電所は安全だ といいます。そういって福島につくったのです。
「おかしいと思いませんか?もし安全だったら、わざわざ福島の土地で発電所をつくる必要はないはずです。そもそも電気を送電線でおくるなんてことは距離が長くなればなるほど電気も逃げてしまいますからね。
「だから、何も福島ではなくて、東京や千葉、神奈川につくればいいんですよ。本当は。だって安全って言っているんだから。でも、わざわざ、福島に作ったんですね。」

この時から、小学生ながらも私はずっと原子力発電所については不信感をもっていました。
でも、その反面、東京で生活をしていて、ずっとそこでつくられる電気をつかって生活してきました。

原子力発電所は「安全」だ。「クリーン」エネルギーだ、と言ってましたね。
この「安全」「クリーン」とはいったいどういう意味なんでしょうか?
「絶対に」安全とは言ってないし、「100%」クリーンとも言ってないので、いいじゃないかという考えもありますが、「安全」は100%安全を言うのでしょ?
クリーンは100%クリーンを言うんでしょ?
「安全」で「クリーン」だったら、一番電力の消費の大きい自分たちが使う場所にその発電所を作ればいいじゃないか?

まったくそのとおりです。
実際に、枝野幹事長がまだ新人議員のときにはそのように意見していたようです。
まさか、このような事態になり自分が反対していたことについて釈明、説明するような立場になろうとは皮肉な話です。

脱線しましたが、
「安心」「クリーン」な「原子力発電所」を、東京や、神奈川につくればいいじゃないか?という理屈はまさにそうです。
でも、そうだったら、正直、自分も東京や神奈川で仕事をして生活をするのは嫌です。
それに、現実的に今回のようなことになったら、やはり東京や神奈川ではもはや収拾のつかないことになって何よりもパニックで「秩序正しい日本人」なんて評判もあっという間に崩壊したでしょう。

とにかく、早くこの発電所をなんとかしなくちゃ何もスタートできません。
復興もできません。
せっかく支援にきてくれた諸外国の人たちも帰ってしまいますよ。当然です。

今回、「絶対に」ということは「絶対にない」ということを、私たち日本人は本当にわかったのではないでしょうか?

それにしても、このあとどうしたらよいのでしょうか?
私は、昨日までは、「ああ、『チェルノブイリ』や『HIROSHIMA』と同じように正解に『FUKUSHIMA』という地名が記憶されてしまうのか」と悲しくなりましたが、それどころじゃない状況です。

「人体に影響のある」ことがわかってしまいました。
どんなことがあっても、東電の社員だけでなく、この自己を食い止めてください。
お願いです。

もうそれしかない