16km革靴走行
トレーニングではありませんが、普段のトレーニング成果を試すものです。
京王線若葉台駅を過ぎたところで電車は大きくゆれ、とまりました。
地震発生。
そのとき電車内は思いのほか冷静でした。
ほぼ全員がシートに腰をかけられていたこともあったのだとは思います。
何度も車内アナウンスで「地震のために停止しており安全確認をして再開するのは4時ころ」ということで、約1時間閉じ込められました。
その間、若い学生風の男子だけが、なぜか携帯電話で恋人と話しをしているらしく、まわりがつながらないのでイライラしているのにも関わらず、「一度きるとつながらない」とかいいながら話を続けていたのは、非常に不快でした。
しかし、そのほかのかたがたはとても親切で、1時間後に車内アナウンスで車輌からでて駅に非難する誘導があったときに、乳母車や赤ちゃんをだいたわかいお母さんを手助けしておりていく姿がありました。私も荷物をもってあげたのですが、もう一人のスーツ姿の男性はこれから就職の面接であったと言っておりました。
その若者に、「大丈夫、オレなら君を採用にするよ。」と慰めともならないようなことをいいました。
駅について、赤ちゃんとお母さんに別れをいい、若者ともわかれ、そして自分は早速歩いて帰社することにしました。
なんとか、鶴川まで行けば と思い歩きだしました。
革靴であったのでさすが長い距離は厳しいと思いましたが、しかし、現実はそう甘くなく、だんだん雲行きも怪しくなり、また、暗くなってきました。
歩きだした際には、コンビニはまだ混雑しておらず、水とスミッカーズを購入したのですが、その後、暗くなることを考え、懐中電灯を購入しようといくつかのコンビニによってみましたが、真っ暗。そしてレジ待ちのお客様で混雑。
待ってはいられないので、鶴川方面にガシガシ歩いていきました。
なんとか鶴川について、会社の別の事業所のショップがあったのでそこで景品につかった懐中電灯をいただき再び歩きました。
鶴川に誰か迎えにきてほしいとメールしましたが、まったく通じず仕方なく長いアスファルトの道を革靴で歩くしかありませんでした。
外気の寒さとは異なりコートの中は暑さで汗もびっしょりです。
インナーシャツだけでなく、ワイシャツ、ネクタイ。そして帰社してみたらウールのジャケットまで汗でびっしょりでした。
途中、町田付近は停電で真っ暗。
信号もついておらず、おそろおそる車が動いているところ、大きな交差点では一般の方まで交通整理をしていました。涙があふれるような光景でした。
だんだん暗くなるなか、会社のある町が見えてきたときに、灯りが見えました。
停電にはなっていなかったのです。
灯りというものがこんなにうれしく、元気付けられるものとは・・・。
なんとか、会社にたどりつき従業員全員の安否を確認し、最後は、会社の車を利用して自宅まで帰ることができました。
約16km。革靴の痛みもひどかったのですが、足の裏の痛み、ふくらはぎがこんなに痛むとは。
まだまだ、鍛錬が足りないようです。
でも、何よりも、生きていてよかった。
家族も全員無事でした。
20階建ての自宅マンションもほとんど問題なく、エレベータも動いていました。
生きていることに感謝。
Pray for Japan
京王線若葉台駅を過ぎたところで電車は大きくゆれ、とまりました。
地震発生。
そのとき電車内は思いのほか冷静でした。
ほぼ全員がシートに腰をかけられていたこともあったのだとは思います。
何度も車内アナウンスで「地震のために停止しており安全確認をして再開するのは4時ころ」ということで、約1時間閉じ込められました。
その間、若い学生風の男子だけが、なぜか携帯電話で恋人と話しをしているらしく、まわりがつながらないのでイライラしているのにも関わらず、「一度きるとつながらない」とかいいながら話を続けていたのは、非常に不快でした。
しかし、そのほかのかたがたはとても親切で、1時間後に車内アナウンスで車輌からでて駅に非難する誘導があったときに、乳母車や赤ちゃんをだいたわかいお母さんを手助けしておりていく姿がありました。私も荷物をもってあげたのですが、もう一人のスーツ姿の男性はこれから就職の面接であったと言っておりました。
その若者に、「大丈夫、オレなら君を採用にするよ。」と慰めともならないようなことをいいました。
駅について、赤ちゃんとお母さんに別れをいい、若者ともわかれ、そして自分は早速歩いて帰社することにしました。
なんとか、鶴川まで行けば と思い歩きだしました。
革靴であったのでさすが長い距離は厳しいと思いましたが、しかし、現実はそう甘くなく、だんだん雲行きも怪しくなり、また、暗くなってきました。
歩きだした際には、コンビニはまだ混雑しておらず、水とスミッカーズを購入したのですが、その後、暗くなることを考え、懐中電灯を購入しようといくつかのコンビニによってみましたが、真っ暗。そしてレジ待ちのお客様で混雑。
待ってはいられないので、鶴川方面にガシガシ歩いていきました。
なんとか鶴川について、会社の別の事業所のショップがあったのでそこで景品につかった懐中電灯をいただき再び歩きました。
鶴川に誰か迎えにきてほしいとメールしましたが、まったく通じず仕方なく長いアスファルトの道を革靴で歩くしかありませんでした。
外気の寒さとは異なりコートの中は暑さで汗もびっしょりです。
インナーシャツだけでなく、ワイシャツ、ネクタイ。そして帰社してみたらウールのジャケットまで汗でびっしょりでした。
途中、町田付近は停電で真っ暗。
信号もついておらず、おそろおそる車が動いているところ、大きな交差点では一般の方まで交通整理をしていました。涙があふれるような光景でした。
だんだん暗くなるなか、会社のある町が見えてきたときに、灯りが見えました。
停電にはなっていなかったのです。
灯りというものがこんなにうれしく、元気付けられるものとは・・・。
なんとか、会社にたどりつき従業員全員の安否を確認し、最後は、会社の車を利用して自宅まで帰ることができました。
約16km。革靴の痛みもひどかったのですが、足の裏の痛み、ふくらはぎがこんなに痛むとは。
まだまだ、鍛錬が足りないようです。
でも、何よりも、生きていてよかった。
家族も全員無事でした。
20階建ての自宅マンションもほとんど問題なく、エレベータも動いていました。
生きていることに感謝。
Pray for Japan