「悔いを残さず」よりも「限界に挑戦」して! | 走りながら、食べて、聞いて、考えて!

「悔いを残さず」よりも「限界に挑戦」して!

スポーツの世界では常にトップを獲るか、対戦相手に勝つか、要は「弱肉強食」の世界である。

そして、その結果、勝てば「悔いはない」といえることが多いだろうが、負ければやはり「悔いは残る」のは不自然ではないと思う。


ただ、自分の持てる力を全て100%出し切って、そしてミスもまったくなくやりきれた結果であれば、「悔い」というようりは、「これ以上、どうしようもない」というのが素直な感情なのではないか?


自分の場合は、自己記録をどれだけ伸ばせたかが常に戦いであるので、アスリートたちとは全然異なるレベルではあるが、それでも、記録を更新しても常に「悔い」は残ってしまう。

「最初にペースあげすぎた」とか

「あそこで給水をゆっくりとったのが失敗だ」とか

「なぜ、もう少し脚を早く動かせなかったのか?」など、自己ベストを更新してももっともっとという欲は消えない。

ただ、走りきったときに力を出しきったなあ という思いや、もう自分のからだの限界だなあ と感じると、「悔い」よりも「これ以上は無理だ」という気持ちになる。


きっと、トップアスリートたちは、常に、「もうこれ以上は無理だ」という思いを打ち消し、「悔い」ながら練習に励み大舞台に登場してきたのだと思う。

常に自分の限界を作らず塗り替えてきたからこそ、世界のNo.1、トップに躍り出られるのだろう。


たった今、鈴木明子の演技が終わった。終わった瞬間の彼女の表情には、「悔い」よりも「やった」という気持ちのほうが現れていた。


結果は結果。最後は受け入れるしかない。だって、勝者がいれば敗者はいるのだから。それをなんらかの基準で評価するのだから。


でも、たぶん、彼女たちは「限界に挑戦できた」という、すさまじい疲労感を感じた瞬間が「悔い」を弾き返す瞬間なのではないかと思った。