「なんとかなる」ことはないフルマラソン~つくばマラソン完走記 | 走りながら、食べて、聞いて、考えて!

「なんとかなる」ことはないフルマラソン~つくばマラソン完走記

2008年11月30日 第28回つくばマラソン
記録 3時間45分08秒


なんとかなる と思って参加した大会だった。
まだ今年の夏までは、大阪単身赴任であり、11月後半には大きなイベントがあり昨年もそのおかげで「つくば」には参加できなかったわけだ。
しかし、8月中旬に転勤が決まりそれで大阪の仕事ができなくなったおかげで、結局、イベントについても自分がかかわることはできなくなった。
その結果、自動的にこの週末の「つくば」に参加できることになったのだ。

「つくば」は単調なコースながらも、直線コースが多く記録がでるコースとして有名であったから、自己ベスト更新にはもってこいの大会だったわけで
それで、自分もエントリーしたわけだ。

しかし、急遽「つくば」を入れる前に、すでに、「湘南」と「那覇」を決めていたために、
結局、11月3週目の「湘南国際」と、5週目の「つくば」。そして翌週の12月第一週の「那覇」と、
なんと1ヶ月半に3度のフルマラソン参加という無謀な計画になってしまったわけだ。


でも、「なんとかなる」と思っていたのだ。
それは、やはり「隠岐の島ウルトラ完走」を根拠とした、実はまったく根拠のない自信過剰でしかなかったわけだ。


また、アルコールはグリコーゲンを分解してしまうので、レース直前は控えたほうがいい というのは、実体験でもわかっていたし、
また実際に、いい記録を出したときはアルコールを3日間程度控えたときであった。
しかし、今回、レース3日前の木曜日。会社での優秀営業社員の懇親会がありさすが酒を飲まないわけにはいかなかった。
さらに、やめりゃあいいのに、ビールに日本酒、さらに焼酎、ワインとけっこう呑んでその結果翌日は、完全のノックダウン状態。
とくに「飲んだ翌日は下痢」という今までの自分の体質はかわらずとんでもない状況になってしまった。


でも、「なんとかなる」と思っていたのだ。
たかが3日前の話さ。金、土と禁酒すれば大丈夫!なんてことを思っていたのだ。


さらに、先週末は事務作業が多くデスクワークが増えたせいか、腰痛がひどくなってしまった。
カイロプラティックで腰痛は治ったと思ったが、今回 肩のほうを中心に施術してもらったおかげで、肩はよくなったものの、また腰が・・・。
そしてデスクワークが重なり、結局、当日まで腰が重たい状況が続いた。


でも、「なんとかなる」と思っていたのだ。
最悪、痛み止めを飲めば大丈夫!なんてことを思っていたのだ。

しかし、
フルマラソンは、それらのまったく根拠のない自信を いとも簡単に崩してくれた。


さすが、2週間前のフルの疲れは抜けていない感じがあった。
さらに、スタート前に腰の痛みはやはり良くはなってなかった。
仕方なく、スタート直前に痛み止めを飲むことにした。

走りだして、すぐに腰からおしり、そして太ももへの張りがけっこうキツいことを感じた。
スピードが出る状況ではないと感じた。

さらに、「つくば」のキロ表示はあまりにも不正確で、これにはペースもつかめず難儀した。
湘南は5kmごとにしかなかったので、ある意味あきらめていたが、つくばは1kmごとに表示あり ということだった。
最初の1km地点はすぐわかった。
しかし、恐ろしく早いカンジがした。4分30秒程度・・・。ありえない。
2km地点は見つけられなかった。
3km地点も・・・そのうち、eddyさんが「runningさんですか?」とたずねてきた。そして颯爽と抜いていった。
自分は、凄く遅いのだろうか?と思ったのだが、しばらくして5km地点でようやく確認できた。
23分程度。
問題ないなあ。この程度であれば、もう少しゆっくりでもいいはず。

それから途中、なんどか表示を見たが、掲示されているものと道路のペインティングされている位置があまりにも違っていた。

あるときは、「え?4分20秒もきってるの?」と思えば、あるときは「5分30秒?」
ペースを把握することには相当ストレスになってしまった。

今思えばそんなことを気にしていなければ良かったのかもしれない。

まわりのランナーは凄く速いと感じた。自分は、後半粘ろうと思い無理してここでスピードを出さないように思って走っていたが、
それでもけっこうスピードが出ていたようだ。
結局、ハーフで100分を切れていた。

そして、折り返してきたじれちゃんと挨拶を交わす。
まだ、このときまでは調子はそう悪くなかった。
ただ、とにかく腰が痛かった。実は、筑波大学の構内を走っているときから、痛みがひどく、ちょっと汗も脂汗のようなものになっていた。
足が前に出そうにも軽い感じでは足が出ない。
踏み出すたびに、おしりの筋肉が吊る感じがして、どこまで持つかわからない感じがした。

でもなんとか、折り返しもできたし、だましだまし走り続けようと思った。

ところが、さすがどんどんスピードが落ちているようだった。
まわりのランナーがどんどん抜いていく。
あるとき、何人か塊で自分を抜いていった。
3時間30分のペースメーカーの集団であった。
約28km地点。

愕然とした。
それでも、そのペースメーカーについていけると思ったのだが・・・でもますます足は前に出なくなってしまった。

ただ、歩くのだけは絶対嫌だ。

それだけ。

途中、リタイアも考えた。もし腰の痛みがひどい状況であればリタイアしようとおもった。
ただ、本当にそれだけ痛いのかもわからなかった。

給水所が待ち遠しくなった。
スポーツドリンクはいっさいいらなかった。
水がほしかった。

今回ほど何度もやめようかと思ったことはなかった。
しかし、35km、37kmと徐々にゴールに近づくにしたがって、リタイアだけはやっぱりやめようと思った。
しょうがない。せめて4時間を切れるように。
せめて3時間50分を切れるように・・・。


ようやくゴールの陸上競技場。
時計をみたらあと1分で3時間45分。
ここでスパートしたかったが、やっぱり足は出なかった。

そしてゴール。
惨敗。


パース配分とか、練習不足とかいう前に、やはりこの大会設定の無謀さ。
さらに、腰痛がありながら無理に参加したこと。
3日前の飲酒、二日酔い。

まったく最悪のコンディションに自らしてしまった「負け試合」であった。

そういうわけで、今週末「NAHA」は完全にFUNRUNで、景色を眺めながらスロージョグと決め込んでいるが、そのあとは、「泉州国際」にむけ再度まじめに取り組んでいきたい。
まったく、何度も失敗している自分が情けない!