高橋尚子がランニング界に残したもの | 走りながら、食べて、聞いて、考えて!

高橋尚子がランニング界に残したもの

ランナーズ2009年1月号が自宅にとどいた。(今回は年間契約のおまけのカレンダーもいっしょ!)


そして、ページを早速めくってみる。

4ページめに、高橋尚子選手引退のトピックス記事が掲載されていた。


この記事の中で、高橋選手の功績として、いくつか指摘されている。


ひとつは、「マラソンランナーはなぜか悲しく見える」という沢木耕太郎の著書に対し、高橋選手の場合は暗いイメージがまったくないということ。自らの意志で走るのがすきだから走っているという強いメッセージを感じるということ。


ふたつめには、最も自分が高いパフォーマンスを発揮できる種目がマラソンであったのでマラソンに取り組んでいるアスリートは、走ることが好きだったり、楽しいからランナーになったのではなく、走るのが得意だから実業団に進んで勝つために苦しいトレーニングを行っている。そこには、市民ランナーなどとは見えない壁のようなものが存在した。しかし、高橋選手はその壁を一気に壊してしまった。

「とっても楽しい42.195kmでした!」というコメントはまったくもって市民ランナーの同じ気持ちを代表したものであった。そして、自分も高橋選手の応援を頂戴したが、一流アスリートであるはずの高橋選手が、自分が走り終わってから市民ランナーを迎えに走りだして応援してくれた。まったく高橋選手は市民ランナーの仲間であったように感じたのだ。


高橋選手は「50歳になっても、60歳になっても走っていたい」と、話したそうだ。

この思いは、普通の市民ランナーとまったく同じ思いである。


(まあ、まったくレベルは違う話ではあるが)自分が、初めてフルマラソンに挑戦し、そして途中でリタイアしたとき・・・。

このまま、無理して走っていれば、二度とマラソンなんて走りたくなくなる と思ってリタイアしたわけだが、もしかすると、高橋選手も今の自分の状態で、常にトップを目指して走り続けることに対して、疑問に感じたのかもしれない。それが、それだけが、自分の姿ではないと感じたのかもしれない。



「とっても楽しい42.195kmでした!」



そう思っていつまでも走っていきたい。


第一回湘南国際マラソンのときに、江の島の橋のうえで、高橋選手にハイタッチしていただいたことは忘れられない大切な思い出である。