走れる喜び
この前の週末は、東京国際女子マラソンや湘南国際マラソンなど、マンモス大会やメモリアル的な大会もあり、いろんな人がいろんな気持ちをもってはしっていたようだ。
自分も、今年のシーズンスタート時ではあるが、もし、昨年の自己ベスト更新をここでできればさらに弾みがついていいなあ・・・とは思っていたが、なかなかそうはならなかった。
また、今年のこの11月中旬までの年間走行距離も、すでに3000kmを超過して、またこれまで、一日10kmの目標や、ウルトラ100kmの目標達成。そして、そのためのロング走(京都~大阪、京都~奈良、三崎口~江の島など)などもいろいろ実施してきたことで、自分自身にも自信がついてきたと思っていた。
しかし、実際に、フルの大会が近づくに従い、不安が増してくる。
「本当に、走りきれるだろうか?満足な走りができるかな?」など。
また、来年もウルトラを走りたいと思うは、それを考えるたびに、
「来年、100kmを走れるようなからだでkられるだろうか?故障だけでなくとんでもない病気になったりしないだろうか?」
など、不安を感じてしまう。
そして、今日。
久々の最高の快晴!
冷たい風を感じながら、秋のやわらかい陽を感じながら、そして、枯れ草の匂いを感じて走っていると、こうして走っていることそのものがとっても嬉しく感じてしまうのだ。
こんなことになっているなんて、5年前は想像していなかった。
最後の東京国際女子マラソンに参加した方々も、同じように、走れる喜びというものを本当に感じていたようだ。
走ることを始めなかったら、
走ることを続けなかったら、
湘南国際マラソンで、素晴らしい富士山を眺めながら西湘バイパスを走りぬけることはなかったわけだ。
オリンピック選手が走ったあとでも、同じコースを走ることはなかったわけだ。
大会に参加して、沿道の多くの方から「応援」を頂戴することなんてなかったわけだ。
記録を更新することも確かに向上心を持って進むために必要だし、長い距離を走る目標も重要だ。
でも、もういちど、「走れる喜び」そのものを、忘れないようにしたいと思っている。
あと、何年走れるかわかりませんが、どれだけ歳を老いても、きっとそのとき感じるのは、記録ではなく「走れる喜び」そのものではないか?
この大切なものを失わず、いつまでも、大事にしていきたいと思う。