次なる目標に向けて・・・
村上春樹氏は「走ることについて語るときに、僕の語ること」の中で、サロマウルトラマラソン完走後に、急激にマラソンそのものへの執着心をなくしている。彼は「ランニングブルー」という言葉でそれを表している。
ウルトラマラソンの尊敬すべきランナーとして著名な夜久弘氏は、サロマを10回以上完走した、いわばウルトラランナーの憧れである「サロマンブルー」の称号を獲得した人物であるが、彼は、サロマでのリタイアしたレースを最高のレースとして大切にしている。
この100kmという超長距離のマラソンは、多くの人に、さまざまな思いとさまざまな影響を与えている。
そういう自分は、実は、今回100kmを走ろうと思ったのは、なかなか更新できなかった42.195kmというフルマラソンの距離を、できるだけ負担を感じず走れ、そしてさらなる時間短縮を期待していたわけだ。そういう目的で100kmを走ろうと考えた。
今季(昨年秋からこの初夏までのマラソンシーズン)においては、非常にたくさんの収穫があった。
①フルで自己ベストをどんどん更新できたこと
②ハーフで国際大会に参加し、それも自己ベストを出せたこと
③ウルトラ100kmで感想できたこと
①については、初めて参加した「荒川市民マラソン」での3時間47分以降、なかなか自己ベスト更新ができないでいたのが、今年1月の館山若潮でステップアップし、そして、泉州国際で3時間31分という、目標まであと一歩までに近づけることができた。なかなか、サブスリーというのは本当に走力のあるかぎられた人しか勝ち得ないかもしれないが、サブ3.5は、なんとか手が届く目標かと思う。そういう自己実現がこの年齢でも可能であるという事自体が非常に嬉しいものなのである。
②については、これもひょんなことから、ベジー!の仲間が参加するし、たまたま、参加資格も緩和されたお陰で出走できたわけだ。その中でも、しばらく更新できなかった1時間34分を1分短縮することができた。
そして、いっしょに参加した仲間すべてが完走し、いい結果を出せたことはすばらしい出来事であった。
③については、もはやここで語るべきものはない。12時間5分という、初めてにしては自分としても嬉しい結果であったこと。それより何より、「隠岐の島」の町の人々のすばらしさ、自然のすばらしさに、今だ尾を引いている。
そういったたくさんの収穫があったのだが、ここにきて、次なる目標がちょっとぼやけてしまった。
当然、フルのサブ3.5も、ハーフの90分も、ウルトラのサブ10も、すべて目標にはなるのだが、なんかそういうスピードの記録を求めて走るだけでよいのか?という気持ちになっている。
「隠岐の島」を走っているときの、応援や運営体制については、いまだに忘れられない印象が残っている。
どうもウルトラというのは、そういう精神的なダメージを与えるもののようだ。
「サロマ」については3000人くらい参加したようだが、その参加料だけでも、約5千万円は収入がある。
しかし、「隠岐の島」については、たかだか500人。いいところ、500~600万円程度しか、参加料の収入はないのだが、あれだけの運営をどう「隠岐の島」町が決めて、市や県などが協力して実施されているのか?
当然、こういう大会を開催することで、町の知名度も上がるだろうし、宿泊などの観光収入も増えるとは思うが。
市民ランナーはただ、走らせてもらってるだけなのだが、いい大会はさらに継続してもらえるよう参加するほうの心構えやマナーなどやるべきこともたくさんあるような気がしている。
「隠岐の島」の完走記を書き終え、そして次からのレース参加計画をたてたのだが、まあ、秋からぼちぼちやっていくが今ひとつ熱意が失せている。
当然、タイムの目標はもつとしても、今ひとつ大きなものが見えてこないでいる。
今朝も、ちょっと早く目がさめたのだが、「よし、走ろう!」という気持ちになれなかった。
せっかくのいいお天気だったのに・・・今になってもったいないと思う。
でも、そこで、起き上がれなかった何かが、ある。
一度、六甲でも駆けてこないと あかんな~。