隠岐の島 ウルトラマラソン 完走記 完結編 | 走りながら、食べて、聞いて、考えて!

隠岐の島 ウルトラマラソン 完走記 完結編

サロマは、天候も厳しく完走も難しかったようだ。

まだ、chamaさんの報告はないが、Ogamanさんは残念ながらリタイアとのこと。

ウルトラを何度も完走したとしても、次が必ず完走できるとはかぎらないのが、この競技の厳しさでありまただからこそチャレンジしたくなるものなのかもしれない。



さて、なんとか、「隠岐の島ウルトラマラソン完走記」の最後を、完走後一週間で終えることができるようだ。

やはり、100kmというのは長いものだとつくづく感じてしまう。

フルマラソンであれば2,3回書けば終わってしまうものの、100kmは一週間もかかってしまった。

それだけ、ドラマがあるのが、ウルトラの魅力なのかもしれない。


さて、最後の章は、ゴール後から ということになる。


スタッフはゴールするランナーのたびに、テープを張ってゴールを祝福してくれた。

今までゴールテープを切るなんてことは、幼稚園か小学校の運動会以来なかっただろう。

会場アナウンサーが、「笑顔で!」と叫んでくれた。

なんとか、笑顔も取り戻し、ゴール。

すぐに首に感想メダルがかけられた。


そして、その瞬間、自分は倒れこんだり、泣き崩れるかもしれない と

走る前までは思っていたのだが・・・

意外に、こんなことを言ってしまうと、ゴールして感動いっぱいになったランナーには申し訳ない気もするが、実は、「ああ、こんなもんか」と思ったのが素直な感想だった。

ゴールテープを切ったあとも、まだ、何キロか走れる余裕があった。

でも、もう走らなくてもいい という安堵感がすべてだった。

今から考えると、自分の力を出し尽くしたのだろうか?と考えてしまう。

精一杯力を出し尽くしたか?といえば、そうだったかもしれないし、そうでなかったかもしれない。

確かに、天候が味方した。

コンディションは最高だったと思う。

しかし、体調は、腹の具合が悪くかなり精神的にはその点に気がまわっていたと思う。

その結果かもしれない。

結局、走ることについて、大きな「苦痛」はなかったのだ。

さらに、熟練者と走ることで、坂道を無理せずスタミナを温存する術をおぼえた。

だから、本当はもっとしっかり走って力を出し尽くすべきだったかもしれない。

しかし、だからこそ、余裕をもって走りきったのかもしれない。

脚を冷やしながら、妻に電話をした。

「ゴールしたよ」

「おめでとう。どうだった?」

「まあ、こんなもんかな?って感じ」

「へえ、そんなにタイヘンじゃなかったんだ?」

などと・・・

いや、タイヘンだった。いろいろと。

でも、思い返せば、ハーフだろうが、フルだろうが、100kmだろうが、タイヘンさはそれぞれ違う理由でも同じようにあるわけで、ただ、100kmについては、走った直後にはまだわからない というのが正直な気持ちだ。

意識も100kmを走る12時間の間に、おかしくなっているのかもしれないと思うのだ。

だから、100kmというのは、走ったあと、しばらくしてからそのダメージなどを感じるのかもしれない。



ゴールしたあと、アイシングのためのプールが用意され、氷をいれた袋も頂戴した。

またコーラもたっぷりいただいた。

そして、しばらくして、荷物を引き取りに立ち上がったが・・・ここで、脚がひどく疲れているのに気付いた。

脚が動かない。

ずるずるという感じだった。

脚を引きずり荷物の引き取り会場に行こうとすると・・・なんと、ボランティアの学生が、シューズを脱ぐ前に、持ってきてくれた。

ナンバーカードを見て、荷物を用意してくれるわけだ。

なんてこった。

とにかく、心憎いまでのサービスなのだ。

選手は、好きで走っているだけなのに、この町のボランティアの人たちは、ランナーの気持ちの先をどんどん準備してくれるんだ。

100kmで約200人。50kmでも同じくらいだろう。それだけの小さな規模の大会に、この島の全員が応援してくれているように思った。


何度も目頭が熱くなった。

走っていてとにかく、なんどもそういう歓迎をうけた。

何度もいうけれど、ランナーは好きで走っているのです。決して皆さんに招待されたわけではないのです。

でも、お客様というか、ランナーへの尊敬というか、そういう気持がとんでもなくあふれ帰っているのです。

その気持ちを100kmという距離を12時間走り続けている間に、十二分に頂戴することができました。

これだけで、本当にゴールしたことよりも、感動しています。



ゴール会場から、ホテルにバスで帰ったとき、相当脚はひどくなっていた。特に左足は腫れている感じもした。

ホテルに帰り、まずウエアを脱いで、すぐシャワー。それも水で。

しばらくずっとシャワーをかけていた。

ようやく、100kmの感動があふれ出してきたのだ。

100kmなんてよく走ったものだ。つくづくそう感じた。

でも100kmを走ったのではなく、まさに隠岐の島の皆さんに「走らせて」いただいたのだと思った。


その夜、ホテルでビールを2杯のみ、同じように走りきったランナーと祝杯をあげそしてベッドに倒れこんだ。


しかし、なかなか熟睡できなかった。

自分が走ったあの道、あの景色、あの顔・・・頭の中で、いろんな景色が廻っていた。


100kmウルトラマラソンは、からだへのダメージ以上に、脳へのダメージが大きいように思われた。


(完結しようとおもったけれど、スペシャルが追加されました・・・ということで、つづく)